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「アンポの安倍」「経済の甘利」で中国に反転攻勢だ【安倍首相訪欧】

木村正人在英国際ジャーナリスト

筆者が産経新聞政治部時代に毎夜のようにご自宅におじゃましていた甘利明経済財政・再生相が7日、ロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)にやってきた。

早期の舌がんで手術を受けたこともあってか、英語での講演は少し聞き取りにくいところがあったが、質疑応答になっていぶし銀の重みを見せた。

チャタムハウスで質疑に応える甘利氏(筆者撮影)
チャタムハウスで質疑に応える甘利氏(筆者撮影)

英語で言えば「ノー・ナンセンス」。日本の本気を見せた。自信と確信に満ちた答弁で、「安倍晋三首相の経済政策アベノミクスについて一番の問題は懐疑的なマスコミだ」と述べ、国際市場を覆い始めた懐疑論を一掃した。

筆者は質疑応答でいの一番に、甘利氏が担当する環太平洋経済連携協定(TPP)の日米協議と日本・欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)について質問した。

甘利氏はTPPの日米協議で、ある公式に従って解決することで大筋合意したことを初めて公に認めた。

筆者「アベノミクス最大の成果はこれまでのところTPPと日本・EUのEPAの進展だと思います。米通商代表部(USTR)のフロマン代表がTPPの日米協議について重要なヤマを越えたと発言しましたが、日本の立場はどうなのでしょう。日本・EUのEPA交渉で焦点だった鉄道分野の非関税障壁の撤廃についてEUの信頼は得られたのでしょうか」

甘利氏「TPPに関して大きなブレークスルーがあったと米国が発表しています。日本と米国の2国間交渉をこのところやっていたわけですが、2国間の最大の案件が農産品の特に重要な5品目、コメ、ムギ、牛肉・豚肉、乳製品、サトウキビなど甘味資源作物ですが、それと米国の自動車の扱いについて集中的に話し合いを行いました」

「このことで決着がついたということではありませんが、どう決着をつけるかという公式が決まりました。ある公式に従って合意するということが日米で共有されました。これは日米で初めて出てきたことです。いわば一つの方程式にいろいろな数字を入れて解決ができると日米間は大筋合意したということになります」

「日本・EUのEPAに関してはお互いのリクエスト・オファーの検証をしておりまして、EU側は日本のオファーについて評価をしています。その評価が良ければ次のステップに進むことになっているが、今のところ好印象だということを聞いています。鉄道分野もその中に入っています」

甘利氏がここまで踏み込んで発言するとは筆者も思わなかった。日経新聞も6日にパリ発で次のように報じているだけだ。

【パリ=竹内康雄】甘利明経済財政・再生相は6日、パリでニュージーランドのグローサー貿易相と会談した。甘利氏はTPPを巡る日米協議について、グローサー氏に「大きな前進はあったが、大筋合意にまでは届いていない」と説明。今後の交渉は「事務レベルの議論を積み上げて、閣僚会合を開けるだけの間合いに詰めていくことが大事」と伝えたという。

次に驚いたのは、「中国はいずれTPPに入らざるを得ない」と断言した甘利氏の対中経済戦略である。チャタムハウスのロビン・ニブレッド所長が政治問題とは切り離して日中の経済関係について質問した。

甘利氏「日本は経済と政治を切り離すことを中国に提案していますが、中国はノーベル平和賞も政治と絡めてしまうぐらいでありますから、向こうがすべて政治に絡めたがっています。なかなか経済を切り離して日中関係を進めていくのが難しいところがあります」

「TPPは、中国はいずれ入らざるを得ません。なぜTPPが大事かと言いますと、関税に国際ルールをつくろうとしている。外資が例えば中国に投資をした場合、突然、わけの分からない政府の規制で罰金をとられたり、途中から地方の税金が上がったりとか、多々あります」

「突然、罰金をとられたりとか、予見性のない国に対して予見性を持たせるという国際ルールをつくっています。これは日米が中心になってやっています。日米とEUで、投資に関するルール作りをきっちりやって行く。日米欧の三極で世界のルールを作ることが大事だ。投資する側にとっては不透明性が払拭されていくと思っています」

「中国は世界第二の経済大国ですが、経済に関するルールが極めて不透明だということが世界中の心配事ですから、それをなくすということもTPP、日本・EUのEPAの役割だと思います」

法人税減税の財源について、甘利氏は「2020年までに基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化する試算をしている。インプットされている数値を超えた部分を原資にして法人税減税にあてようと考えている。これからもどれだけ上振れしていくかは未知数の部分もある。現状では昨年度の法人税収は予算を組んでいた金額よりもかなり上振れをしている。われわれはそれを、経済を押し上げるために使おうと主張しており、財務省とはぶつかっています」と説明した。

日本のGWを利用して安倍首相、甘利氏、木原稔防衛大臣政務官がロンドンで講演したが、3人とも堂々としていて、日本の考え方を自分の言葉で直接、発信したのは非常に大きいと思う。

筆者は安倍首相の靖国神社参拝や従軍慰安婦をめぐる河野談話の見直し論、NHK会長や経営委員の人事は支持しないが、安倍政権のイメージは日本のメディア、そして欧米のメディアを通じて必要以上に歪められて伝えられている。

安倍政権の「本気」と「自信」、「確信」、中国の不当な圧力に屈しない「強い日本」を、世界中のメディアが集まる国際都市ロンドンで示したことで、安倍政権への誤解と偏見が晴れたように感じるのは筆者だけだろうか。

講演後、甘利氏に送られた拍手はいつもより、かなり長く続いた。甘利氏とお会いするのは2009年に改革担当特命大臣として訪英されて以来だが、この日の質疑応答にはお世辞抜きで「すごみ」と「気迫」が感じられた。

中でも、TPP、日本・EUのEPAで日本が主導権を握ることで、米国・EUの環大西洋貿易投資協定(TTIP)に弾みをつけ、中国が入らざるを得ない「日米欧の土俵」を作っていこうというリーダーシップを見せたのは圧巻だった。

中国は圧倒的に有利な2国間関係という「中国の土俵」で相撲を取ろうとしている。その策略にはまって「中国の土俵」の上でブルブルと震えてみせたのが民主党政権だった。

ベルギー訪問中の安倍首相は7日の内外記者会見で、日中関係について「様々な分野で対話や交流を積み上げ、より高い政治レベルでの対話につなげるべきだ。戦略的互恵関係の原点に立ち戻って、大局的観点から関係改善を図っていく立場には変わりはない」「お互いに前提条件をつけずに胸襟を開いて話し合うべきであり、私の対話のドアは常にオープンだ。中国側も同様の姿勢を取ってほしい」と強調した。

【TPPの日米協議】

TPPの日米協議では、米国は牛肉関税について原則撤廃から9%以下に、豚肉(1キログラム約65円以下)の関税482円を当初のゼロから50円以下まで容認する譲歩案を提示。

日本側が豚肉関税を短期間で120円程度に下げたあと、10年以上かけて段階的に「50円」に圧縮、牛肉関税も10年以上かけて9%に引き下げる案で調整に入っていると報道された。

【日本・EUのEPA交渉】

ロイター通信は5日、EUは「日本の市場開放への取り組みに概ね満足」しており、交渉を継続する見通しだと伝えている。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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