Yahoo!ニュース

中国軍が米軍に対抗する2050年までに日本がやらねばならぬこと

木村正人在英国際ジャーナリスト

英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)が5日、世界の軍事情勢をまとめた2014年版「ミリタリー・バランス」を発表した。ミリタリー・バランスの発表はIISSにとってメインイベントの一つである。

「ミリタリー・バランス」の記者会見(筆者撮影)
「ミリタリー・バランス」の記者会見(筆者撮影)

今年は報道陣向けにIISSスタッフとのネットワーキング(人脈づくり)タイムが設けられていたので、新しいスタッフと名刺交換したり、研究内容をうかがったりすることができた。「発表の記者会見で質問してね」と人懐っこく話しかけてきた国防経済学の研究準会員ギリ・ラジェンドラン氏はシンガポール出身。

記者会見では、中国の軍備増強、東シナ海と南シナ海の緊張に関する質問が圧倒的に多かった。

2008年の世界金融危機以降、欧米の国防支出は横ばい、減少を強いられているが、これに対し、中国の国防費は40%以上も増えた。インドの3倍、日本、韓国、台湾、ベトナムを合わせたより大きい。

中国は極超音速ミサイルの実験を実施。これは米ミサイル防衛(MD)網の突破を目的としたものだ。極超音速ミサイルをテストしているのは米国とロシアだけだ。

財政再建中の欧州では4.5世代型のタイフーンや仏ラファールを最後に有人戦闘機の開発が止まっているが、中国は第5世代双発ステルス機J20、J31と大型輸送機Y20 の開発を進めている。

ラジェンドラン氏は「過去5~10年の経済成長ペースなら一時的な停滞があっても2030年代の半ばには中国の国防費は米国に追いつく」と分析した。

これまでのエントリーでも紹介した海事専門家クリスチャン・レミュア氏は「今後10年内に中国の空母は3隻になるだろう。米国は11隻(このうち3隻が削減されるという最悪シナリオもある)。欧米の前方展開能力はこれから10~20年の間は中国を圧倒し続ける。あまり先のことまで正確に見通すのは難しいが、中国が軍事力で米国に対抗するのは2050年ごろ」と予測した。

ラジェンドラン氏との約束を守って、筆者は「先日、IISSで講演したケビン・ラッド前オーストラリア首相は、中国は2049年の中華人民共和国の建国100周年に軍事力で米国に肩を並べることを目標に掲げていると指摘しました。ギリとクリスチャンとラッド前首相、この3つの考えをどう理解すれば良いのでしょう」と質問した。

ラジェンドラン氏は「2030年代半ばに中国が米国に追いつくのはあくまで単年度の国防予算。過去数十年にわたって米国の国防費は中国を圧倒してきたので、その蓄積がある」と説明した。

レミュア氏も「米軍は経験でも中国の人民解放軍を上回っており、米国の軍事的優位は続く」と補足した。

ソ連が設計した空母ヴァリャーグを完成させた遼寧(りょうねい)を中心にした機動部隊編成には数年かかるという。しかし、昨年12月には米イージス巡洋艦カウペンスが南シナ海の公海上で中国海軍の艦船と異常接近、衝突を防ぐ回避行動を取る事件が発生した。

東シナ海の尖閣諸島をめぐって中国と日本が衝突するリスクについては、レミュア氏は「中国の政策は領土問題を解決するのではなく、管理することだ。軍事衝突を避けながら、できるだけ現状を変更しようというのが戦略だ。衝突の可能性は低いだろう」と分析した。

米国に対する中国の接近阻止・領域拒否能力について、同氏は「中国は潜水艦を約60隻保有しており、対艦ミサイル能力を向上させている。東シナ海で中国が接近阻止・領域拒否能力を行使しようとした場合、米軍や日本の自衛隊は予防する攻撃能力を持っている」と解説した。

南シナ海で中国が防空識別圏(ADIZ)を設定する可能性について、レミュア氏は「東シナ海では日本、韓国、台湾がADIZを設定しており、中国にはそれに対抗する意味合いがあった。南シナ海の場合はそれがないので、ADIZを設定する動機は小さいと思う。絶対にないとは言えないが、すぐにはないと思う」と指摘した。

中国の関係者はまったく質問しなかったが、日本の大手紙のローカルスタッフが「安倍晋三首相の靖国神社参拝はアジア地域の安定にダメージを与えますか」と質問した。

レミュア氏は「日本のソフトパワーを損なったと思う。折角、尖閣を含む東シナ海上空へのADIZ設定で日本への大きな同情が集まったのに、安倍首相の靖国参拝で帳消しになってしまった。日本と韓国の間には初代韓国統監の伊藤博文を暗殺した独立運動家、安重根の石碑を暗殺現場の中国黒竜江省のハルビン駅に建てる計画や、従軍慰安婦、教科書といった歴史問題が横たわっている」と説明した。

日本は中国の挑発に浮足立つことなく、日米同盟の絆を強めることが肝要だ。

国家安全保障会議(日本版NSC)、特定秘密保護法もその一環だ。集団的自衛権の限定的行使容認も避けては通れない。そのためにも世論が極端に右に振れるのは日本の国益にとってマイナスにしかならない。

前出のラジェンドラン氏はネットワーキングタイムで筆者にこっそり耳打ちした。「今の英国の国家戦略はシンガポールの学校で20年前に教えてもらったこととまったく同じなのでびっくりしました」

世界最高の戦略家といわれるリー・クアンユー初代首相に率いられたシンガポール。その教育が生み出したラジェンドラン氏は若くて聡明だった。

籾井勝人NHK会長の従軍慰安婦発言、ベストセラー作家・百田尚樹経営委員の「南京大虐殺はなかった」発言。さらにネット上に氾濫する書き込みを読んでいると背筋が寒くなる。これがナショナリズムの怖さだろう。

今、日本に求められるのは「愛国教育」や「偏った愛国心」ではない。日米同盟の軍事的優位が保たれている間に、国際社会に通用する次世代の人材や才能を戦略的に育ていくことだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事