大統領に愛人がいて当たり前のフランスに起きた変化とは
オランド仏大統領と女優ジュリー・ガイエさんの密会騒動は、大統領に愛人がいるのは当たり前で、それを騒ぎ立てるのは野暮というフランスの「古き良き伝統」に大きな変化が現れていることを浮き彫りにした。
英国の報道ぶりをまず見てみよう。
いわゆる高級紙から大衆紙まで一斉に取り上げた。パンツをおろした男の姿は滑稽なので、この手のニュースはゴシップ好きの英国では間違いなく受ける。
しかし、欧州単一通貨ユーロ圏(18カ国)で2番目の規模を持つフランス経済の舵取りがうまくいかなくなると、ユーロ危機が再燃する恐れがある。オランド大統領の下ネタはユーロ圏経済、引いては英国経済を揺るがしかねない。
国際的な経済紙フィナンシャル・タイムズも1ページを割いて「痛ましいプライベートライフへの関心がオランドから笑顔を奪った」と報じた。
タイムズ紙「困憊のオランド、痛ましい時間であることを認める」
デーリー・テレグラフ紙「最大の敬意を払っても、そこには隠し切れないものがある」
ガーディアン紙「とってもフランス的だ。オランドはたくさんのことを話した。たった1つのことを除いて」
(いずれも15日付朝刊)
次に、フランスの報道ぶりは?というと。
有力紙も1面で取り上げている。いわゆるタブロイド・ネタ(ゴシップ)を取り上げることが少なかったフランスもこの10年で徐々に変わってきている。しかし、「各紙が一面というのは驚き」(パリの外交筋)という声が上がる。
保守系紙フィガロ(15日付)「大統領は2月に(ファーストレディーがだれなのか)明らかにすると宣言」
左派系紙リベラシオン(14日付)「オランドは記者会見から逃れられない」
中立系紙ルモンド(15日付)「大統領に私生活は認められるか?」
フランスのミッテラン大統領にもシラク大統領にも愛人がいたのに、今回のように騒がれなかったのはなぜ?
ミッテラン、シラク両大統領に愛人がいるのは「公然の秘密」だった。ミッテラン大統領には隠し子までいたが、政権末期の1994年に報じられるまで、一切、表沙汰にはならなかった。報道する際も、本人の了解を取ったといわれている。
シラク大統領は最近になって本の中で「出来る限り思慮深く愛した女性はたくさんいた」とようやく愛人の存在を公に認めた。
国営テレビ・フランス2の元特派員Jean Marc Illouz氏は英BBC放送の報道番組ニューズナイトに出演し、「フランスでは愛人を持たないと政治的には成功しないといわれている」という珍説を紹介。
Illouz氏は知人の外交官から「フランスで愛人のいなかった政治家は2人だけ。1人はミッテラン大統領の下で1993~95年に首相を務めたエドゥアール・バラデュール氏とルイ16世。いずれも再選されなかった。ルイ16世はギロチンにかけられた」と聞いたという。
サルコジ大統領も女性関係がずいぶん派手だった?
「ファーストレディーなんて真っ平ゴメン」と言って、サルコジ大統領と離婚したセシリアさん。その後、再婚したカーラ・ブルーニさんとキャラの立った妻たちが登場し、ファーストレディーに注目が集まった。
ミッテラン、シラク時代は愛人だったので「公共の利益」とまったく関係がなかったが、サルコジ、オランド時代になると、まさに、誰がファーストレディーというのが問題の核心になっている。
オランド大統領の場合、社会党の前大統領候補セゴレーヌ・ロワイヤルさん、ジャーナリストのバレリー・トリルベレールさんとも籍を入れていなかった。
オランド大統領の支持率が史上最低の20%台を低迷しているのはなぜ?
もともと先の仏大統領選はサルコジ大統領を再選させるか否かが争点となり、「嫌いなサルコジ」か「疑問のオランド」の二者択一になった。
フランスにとって大統領とは英国のエリザベス女王とキャメロン首相を合わせたような存在で、政治手腕はもちろんのこと、威厳を保ちながら、フランスの価値を体現していなければならない。
サルコジ大統領はセレブのような派手な私生活を見せびらかし、ユーロ危機ではドイツのメルケル首相のご機嫌をとる場面が多くなり、フランス国民にそっぽを向かれてしまった。
それで「疑問のオランド」を選んだのだが、出てくるのはセゴレーヌさん、バレリーさんの確執、そしてジュリーさんとの密会発覚。三角関係の修羅場が次から次へと明るみに出た。
ミッテラン大統領やシラク大統領と違って、オランド大統領の場合、混線する女性関係と仕事の無能ぶりがダブって見える。失業率は10%以上と高止まりしたままで、昨年の成長率も0.2%。
オランド大統領は「女性関係も仕事もダメなのが問題。2つともオランド大統領のキャラクターに由来する」「大統領就任から1年半以上経っても失業率を改善できない。仕事ができないのが致命傷」という厳しい批判が向けられている。
ミッテラン、シラク、サルコジ大統領の政治手腕とオランド大統領の違いは?
ミッテラン、シラク、サルコジの3大統領は良きにつけ悪しきにつけ、「中央集権型」の大統領で、仕事ができた。
オランド大統領はアフリカへの軍事介入では勇ましいが、内政では実行力が疑問視されている。
年収100万ユーロ超の富裕層に社会保障費を含めて最大75%を課税する所得増税を実施したのが話題を呼んだ程度で、欧州連合(EU)では、メルケル首相の影にすっかり隠れてしまった。
これまでマスコミや国民が大統領の愛人問題にあまり騒がなかったのはなぜ?
国営テレビ・フランス2の元特派員Illouz氏は「フランス人は他人の銀行口座を詮索するのが嫌いなのと同じように、他人の愛人についても詮索したいとは思わない」と説明する。
要するに他人のプライバシーに踏み込まないので、自分のプライバシーについてもとやかく言われたくないという意識が働いているようだ。それに対して、英メディアはとにかく詮索好きだ。
革命でルイ16世をギロチンにかけ、絶対君主を葬り去ったフランスに比べて、王政復古した英国では君主や貴族が生き残り、英メディアには庶民階級を代表して特権階級をいろいろ詮索して回るのが仕事という意識が強い。
また、愛人ならプライベートの問題で済まされるが、ファーストレディーの問題になってくると、さすがの仏メディアも取り上げざるを得なくなってくる。
フランスでは政治家、官僚、財界人、大手メディアのジャーナリストは同じエリート校の出身者が多く、政治家の愛人問題についてこれまで見て見ぬふりをしてきた。
英メディアの中には「仏メディアは特権階級のサークルにどっぷりつかっている」と冷ややかな目を向ける人もいる。
しかし、クローサーのような大衆向けの芸能誌が登場。さらに、ソーシャル・メディアの発達で、大手メディアがだんまりを決め込んでいても、情報が拡散するようになった。
ジュリーさんとの密会もインターネット上では昨年3月から話題になっていた。
ジュリーさんの妊娠はホント?
英国では高級紙デーリー・テレグラフ、大衆紙のデーリー・メール、デーリー・ミラーがフランスのブロガーのツィートを引用する形で紹介。
ソーシャル・メディアでうわさが拡散しているため、オーストラリア紙シドニー・モーニング・ヘラルド、国際誌フォーブスなど世界中のメディアが取り上げる騒ぎになっている。妊娠の事実はまだ確認されていない。
(おわり)