ユーロ拡大の陰で広がる暗雲
ラトビアが18カ国目のユーロ導入国に
旧ソ連諸国・バルト3国の一つ、ラトビアが1月1日から欧州単一通貨ユーロ圏に仲間入りする。ユーロ圏はこれで18カ国。隣国リトアニアも2015年1月のユーロ導入を目指している。
債務危機国アイルランドが欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)の支援から卒業し、イタリアやスペインの10年物国債利回りは4%前半に落ち着いた。欧州は危機から脱したようにも見える。
血のにじむような緊縮財政と賃下げのおかげで財政収支や経済収支が改善、米国の景気回復もあって市場の攻勢はひとまず収まった。
しかし、失業率は高止まりし、EUやユーロへの不信感が増幅。「民主主義の赤字」は破裂寸前まで膨らんでいる。ラトビアのユーロ導入は果たして福音なのかを探ってみた。
緊縮は成長を促す?
米メリーランド大学のラインハルト教授とハーバード大学のロゴフ教授は「政府債務が対国内総生産(GDP)比の90%を超えると成長力が衰える」という説を唱えた。
これまで景気が後退すると財政出動して雇用を生み出し、成長を取り戻すのがケインズ理論の定石だった。ところが、債務危機に陥ったユーロ圏は「財政赤字を減らせば、成長を取り戻せる」と考えた。
財政赤字とインフレが死ぬほど嫌いなドイツのメルケル首相は、「キリギリス」のように放漫なギリシャなど南欧諸国の目の前に「支援」というエサをぶら下げて、ムチを振り回し、財政健全化を迫った。
「財政と経済の改革なくして成長なし」。こう信じるメルケル首相にとって、異次元の金融緩和を原動力にする安倍晋三首相の経済政策アベノミクスは「愚者のギャンブル」にしか見えない。
ラトビアはメルケルの優等生
しかし、メルケル首相のような緊縮原理主義者は極めて少数派だ。米国、日本、英国も金融を緩め、ユーロの番人、欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁も金融危機から脱するため大幅に金融を緩和した。
「緊縮の女王アリ」メルケル首相が泣いて喜びそうなのが、ラトビアのユーロ導入なのだ。ラトビアは世界金融危機の衝撃を受け、08年末、EUとIMFから75億ユーロの緊急支援を受けた。
ラトビアのGDPは08~10年にかけ20%以上も縮小し、失業率は20%弱に達した。若者を中心に人口の1割に相当する約20万人が新しい生活を求めて国外に飛び出した。
ラトビアでは旧ソ連から独立した1991年以降、人口流出が止まっていない。
それでもユーロを目指す
ラトビアにとってEU、北大西洋条約機構(NATO)加盟に続くユーロ導入は悲願だった。しかし、世界金融危機で国内の不動産バブルが崩壊、自国通貨ラトを切り下げる決断を迫られた。
通貨を切り下げれば輸出ドライブがかかり、経済回復がスムーズに進む。反面、ユーロへの道は遠のき、海外資本を呼び戻すのが難しくなってしまうかもしれない。
ユーロ建てで住宅ローンを組んでいた国民にとってラト切り下げは、借金が急膨張し「破産」を意味する。ラトビアの選択は、ラトを切り下げず、ユーロへの道を突き進むことだった。
緊縮財政と賃下げを進めた結果、2011~12年に5%以上の成長を遂げ、IMFのラガルド専務理事から「ラトビアから学ぶべきだ」と持ち上げられた。
IMFのエコノミストも「緊縮は成長をもたらすとまでは言えないが、少なくとも成長は妨げない」と結論づけた。確かに構造改革でラトビアの生産性は改善された。
ロシアの影
ラトビアは実戦で使える戦車や戦闘機を何一つ持っていない。旧ソ連から独立した際、「冷戦終結で欧州では戦車や戦闘機が余るのでそれを買えばいい」という米国の助言に従って調達を取りやめた。
その後、米国がロシアの機嫌を損ねるのを心配して、そのまま放置された。08年のグルジア紛争でロシアへの警戒感が再び強まり、NATOがラトビアの防空活動を行うようになった。
軍事力をほとんど持たないラトビアにとってユーロ導入は安全保障強化の一環である。ドイツやフランスと同じ通貨を持つ国には、さすがのロシアも手は出せない。
ラトビアはロシア系人口が26%。公用語はラトビア語だが、ロシア語を話す人も多い。ロシアとの経済的なつながりが皮肉にもラトビア経済の強みになっている。
ウクライナがEUとの連合協定を破棄してロシアから支援を受けた。ラトビアはロシアよりも欧州寄りだが、「ユーロは旧ソ連時代に逆戻りすることを防ぐイカリになる」との声も聞かれる。
タックスヘイブン
13年、ロシアのオリガルヒ(新興寡占資本家)の秘密金庫になっていたキプロスで金融危機が発生。EUは支援の見返りに大口預金者に損失負担を強制し、プーチン露大統領を激怒させた。
ロシア・マネーは次の隠れ家を求めて流出。その行き先がラトビアだった。預金の4割はロシア、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナなど旧ソ連圏からだ。
筆者が12年9月、日本企業の視察団に参加してラトビアを訪れた際、ドムブロフスキス首相は「世界銀行の投資環境調査でラトビアはドイツ、日本に次ぐ21位にランクされた」と胸を張った。
13年10月、ロンドンの欧州復興開発銀行(EBRD)で講演、「ラトビアは第2のキプロス?」と質問された際、「ラトビアの銀行資産はGDPの128%。EU平均の359%よりはるかに低い」と強調した。
法人税が15%(EU平均23.5%)と低く、株式の配当や譲渡益など外国収入への優遇税制もある。銀行ではロシア語も通じる。独誌シュピーゲルは「新たなタックスヘイブン(租税回避地)」と皮肉った。
EUは銀行監督や破綻処理の一元化で合意したものの、ラトビアが将来の時限爆弾にならないという保証はないというのが現状だ。
膨らむ民主主義の赤字
欧州統計局の世論調査によると、13年秋時点でラトビアでは53%がユーロを支持し、反対は40%。自分の声はEUに反映されているかでは77%が「ノー」と答え、「イエス」はわずか15%だった。
英紙フィナンシャル・タイムズの著名コラムニスト、ギデオン・ラクマン記者は新年5月の欧州議会選について「極右や極左など反ユーロ・EU勢力が25%以上の議席を獲得するだろう」と予測する。
フランスの極右政党・国民戦線、オランダの極右政党・自由党、英国の保守政党・英国独立党(UKIP)がそれぞれの国で第1党になる可能性が強まっている。
このため、欧州議会では中道右派・欧州人民民主党、中道左派・欧州社会・進歩連盟が協力しなければ、反ユーロ・EU勢力に対抗できなくなる恐れがある。
中道右派と中道左派の連立は有権者から「政権選択」という権利を奪うことになり、長期的に見れば民主主義の衰退につながる。
しかし、欧州債務危機でこうした大連立がギリシャ、イタリア、ドイツにも広がっている。
世界最大の貿易黒字を積み上げるドイツは次から次へと支援を強いられ、南欧諸国では緊縮と低成長、失業、賃下げに国民の不満は膨らんでいる。
欧州復興開発銀行(EBRD)は13年の年次報告書で「多くの旧共産圏諸国ではこの10年、構造改革が進まなかった。西欧レベルの収入に追いつけないリスクがある」と指摘した。
ハンガリー生まれの著名投資家ジョージ・ソロス氏は年次報告書の発表に参加し、「統合と変革のプロセスとして始まった欧州プロジェクトは現実には逆回転を始めている。今や崩壊のプロセスだ。生活格差は縮まらず、逆に開き始めている」と警鐘を鳴らした。
EUやユーロ・プロジェクトは経済的な繁栄と民主主義の発展を約束することはできなくなった。リトアニアのユーロ導入が15年に実現した後、しばらく新規導入国が途絶えるのは必至だ。
ユーロ導入を強力に推進してきたドムブロフスキス首相は、54人が死亡したスーパーマーケットの屋根崩落事故で辞任を表明。次の首相が同じようなリーダーシップを発揮できるかどうかは未知数だ。
(おわり)