Yahoo!ニュース

シリアの化学兵器製造設備を破壊 OPCW発表の意味

木村正人在英国際ジャーナリスト

シリアが全面協力

化学兵器禁止機関(OPCW、本部オランダ・ハーグ)は31日、シリアが申告した化学兵器関連施設ですべての製造能力を破壊したと発表した。期限の11月1日より1日早い目標達成だ。

来年前半までの化学兵器全廃に向け、11月15日までにシリアが化学兵器の全廃計画を提出、OPCWの承認を受ける予定になっている。

この日の発表によると、シリアから化学兵器に関連していると申告があった23カ所41施設のうち21カ所39施設についてOPCWは査察と製造設備の破壊を完了した。

残り2カ所2施設は反政府勢力の支配地域にあり、OPCWのチームは近づくことさえできなかったが、シリア側は「すでに施設は閉鎖され、化学兵器や原材料は別の場所に移されている」と説明した。

シリアの化学兵器関連施設(NTIのHPより)
シリアの化学兵器関連施設(NTIのHPより)

先日のエントリーでも報告したが、OPCW戦略・政策アドバイザー、Daniel Feakes氏はロンドンにあるシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)での講演で「シリアのアサド政権からはこれまでのところ広範囲の協力を得られている」と評価していた。

来年前半にシリアの化学兵器を全廃するという目標についても「戦闘地域で行う初めての作業だ。目標達成には困難を伴うが、米国やロシア、国連、OPCWなど関係国・機関の協力は構築できている」との手応えを示した。

1300トンの化学兵器

シリアがどれぐらい化学兵器を持っているか、真相は藪の中だ。

フランスの情報機関は、びらん剤のマスタードガス数百トン、神経ガスのサリン数百トン、VX数百トンの計1000トン以上を備蓄していると推定。OPCWは報告書で1300トンと指摘している。

シリアの化学兵器はもともとイスラエルの侵攻に備え、1972~73年にエジプトから提供されたといわれている。73年にはイスラエルと、エジプト、シリアなどとの間で第4次中東戦争が勃発している。

衛星写真の分析では2009年に化学兵器の製造設備が再構築されたという。

化学兵器の運搬手段は長距離、短距離の弾道ミサイル、航空機、ロケット砲で、シリア国内の化学兵器関連施設は50の都市や街に分散しているとの見方も出ていた。

これに対し、シリアがOPCWに申告したのは23カ所で、大きな開きがある。

IISSでの講演では「シリアの化学兵器はどこから提供されたのか」「すでに化学兵器は国外に持ちだされ、密かに保管されているのではないか」という質問に対し、Feakes氏は明確には答えようとはしなかった。

信じる者は救われるのか

化学兵器全廃はシリアの協力が前提となる。まず、シリアのアサド大統領を信じなければ話は始まらない。

英メディアによれば、アサド大統領は「かなり複雑な作業になるため、少なくとも1年の時間を要する。10億ドル(約980億円)程度の費用も必要になる」と話した。

アサド大統領は化学兵器全廃に伴って1年近い時間を稼ぐことができるため、その間に反政府勢力を抑え込みたい思惑がちらつく。ロシアのプーチン大統領は親露のアサド政権を維持するのが最大の目的だ。

米国のオバマ大統領にとっては、中東への介入を回避しながら、アサド政権に対してレッドラインに掲げた化学兵器使用を「全廃」という形で防ぐことができる。

シリア内戦ではすでに11万人以上が死亡したとされる。化学兵器使用による死者は1%強にすぎない。仮に化学兵器が全廃されたとしても、それでシリアに平和が訪れると安易に考えるのは大間違いなのだ。

国際軍事情報会社IHSジェーンズ・コンサルティングのディビッド・リース所長は「シリアの化学兵器全廃に向けた一里塚になるが、シリアが自主申告した施設の設備を破壊しただけなので、まだ多くの不確実性が残されている。しかもOPCWがシリアの申告と自ら持っている情報を検証する時間も極めて限られている」と指摘。

「化学兵器は大量に残されたままで、査察が済んだ施設の周辺で戦闘が始まる恐れも十分にある。申告のあった施設の製造設備を破壊したからと言ってもシリアの化学兵器能力にはほとんどなんのインパクトも持たない」と厳しい見方を示した。

画像

OPCWは1997年4月に発効した化学兵器禁止条約に基づき、化学兵器の全面禁止及び不拡散のための活動を展開。これまでに加盟国が申告した化学兵器のうち82%を廃棄している。

英BBC放送によると、化学兵器保有大国である米国は90%、ロシアは74%の廃棄を完了。2003年に大量破壊兵器の開発計画放棄を約束したリビアでは85%まで廃棄が進んでいる。

世界の軍事力を分析したIISSの年次報告書「ミリタリー・バランス2011」では、北朝鮮が最大で約5千トンの化学兵器を保有している可能性を指摘している。

ミャンマー、アンゴラ、南スーダンに加盟の兆し

未加盟の6カ国は、すでに化学兵器禁止条約に署名しているイスラエル、ミャンマー、署名もしていないアンゴラ、北朝鮮、エジプト、南スーダン。

Feakes氏はこのうちミャンマー、アンゴラ、南スーダンの3カ国について「極めて近いうちにOPCWに加盟するかもしれない前向きな反応が返ってきている」との見方を示した。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事