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ベイルのレアル移籍 史上最高の移籍金の意味?

木村正人在英国際ジャーナリスト

131億円の移籍金は高いか安いか

サッカーの英イングランド・プレミアリーグのトッテナムからスペイン1部リーグのレアル・マドリードに6年契約で移籍したウェールズ代表ギャレス・ベイルの移籍金は英BBC放送によると、史上最高額となる8530万ポンド(約131億7000万円)と推定されている。

スペインの失業率は27.6%、若者の失業率は55%に達する中、同国のMiguel Cardenalスポーツ相は英紙ガーディアンに「国が不況に苦しんでいる時に、こんなに高額な移籍金がどのようにして正当化されるのかレアルは説明する義務を負う」と話したほどだ。

これまで史上最高だった移籍金は2009年、プレミアのマンチェスター・ユナイテッドからレアル・マドリードに移籍したポルトガル代表クリスティアーノ・ロナウドの8000万ポンド(約123億5000万円)。

「俺がチーム・ナンバーワン」というロナウドの自尊心に配慮して、ベイルの移籍金はロナウドのそれより少し低めに抑えたとスペインのスポーツ紙は報じている。英通貨ポンドと欧州単一通貨ユーロの為替レートも4年間で変動している。移籍金の正式な金額は公表されないので、真相はヤブの中だ。

ベイルの実力

ベイルは速さとうまさに加え、上背と強さを兼ね備えた大型ウィンガーだ。昨シーズン、計44試合に出場、26点を挙げ、イングランド・プロサッカー選手協会の年間最優秀選手とイングランド・フットボール記者協会の年間最優秀選手に選出された。

「プレミアで一番スリリングなプレーヤー」と評されるだけにトッテナムはベイルを放出するつもりはなかった。しかし、ベイル本人がUEFA(欧州サッカー連盟)チャンピオンズリーグなど欧州の主要大会で戦う機会を逃したくないと、強くレアルへの移籍を希望した。

レアルの宿敵バルセロナのメッシ、ロナウドとベイルの実力を比べてみよう(BBC)。パス成功率はメッシ85%、ベイル79%、ロナウド77%。ドリブル成功率はメッシ60%、ロナウド46%、ベイル38%。

クロスパスを試みた回数はベイル272回、ロナウド74回、メッシ41回。チームメイトのためにチャンスをつくった回数はベイル75回、ロナウド63回、メッシ47回。

得点力では過去3シーズンで53点、73点、60点を記録したメッシ、53点、60点、55点のロナウドに遠く及ばないものの、ベイルは突出したチャンスメーカーなのだ。

マラドーナでも500万ポンド

それでも8530万ポンドは高すぎないか。移籍金が1000ポンドを超えたのは1905年、トータルフットボールでセンセーションを巻き起こした「空飛ぶオランダ人」クライフの移籍金は92万2000ポンド(1973年)、マラドーナでも500万ポンド(84年)だった。

ベイルが良い選手であることは間違いないが、クライフやマラドーナと同じレベルかというと決してそうではない。移籍金が高騰し始めたのは90年代以降だ。

華麗なプレーで現役時代に「将軍」と呼ばれたプラティニUEFA会長は「現在の移籍金のレベルは強奪に等しい」と批判している。

プレミアの移籍金総額も史上最高

イングランド・プレミアリーグでも2日午後11時(英国時間)に締め切られる夏の移籍市場で、これまでの最高額5億ポンド(約770億円)を上回る巨額マネーが動いた。前年の移籍金総額を1億ポンド(約154億円)以上も上回る大盤振る舞いだ。

欧州経済が不況から抜け出すのは2014年とみられているが、プレミアはひと足先にトンネルを抜けだした。優勝請負人モウリーニョも古巣のチェルシーに復帰、先のUEFAスーパー・カップでドイツの強豪バイエルン・ミュンヘンと激闘を繰り広げるなど、プレミアは低迷期を抜け出そうとしている。

「その秘密は?」と聞かれれば、答えは「BT」となる。

BTは日本のNTTに当たる英国の大手電気通信事業者。そのBTが最近、電話とインターネットのブロードバンド回線とセットになった有料テレビサービスを開始した。

その目玉としてBTはプレミアの年間38試合を3年間にわたって放映する権利を7億3800万ポンド(約1139億円)で購入した。一方、衛星放送スカイは年間116試合に対して年23億ポンド(約3550億円)を支払っている。

こうした放映権料はいったんプレミアリーグに入ってから一定の割合に基づいて各クラブに分配される。7億3800万ポンドの思わぬ収入がプレミアを再び欧州のトップリーグに押し上げる原動力となっているのだ。

これに対して、スペイン1部リーグは各クラブが試合の放映権料を販売しているため、レアル・マドリードとバルセロナの2強チームが放映権料の4割以上を独占する仕組みになっている。

稼ぎ頭の銀河軍団

国際会計事務所デロイトの報告書「フットボール・マネー・リーグ」によると、2011/12年に欧州で最も稼いだクラブはレアル・マドリードで収入5億1260万ユーロ(約671億円)。2位はバルセロナで4億8300万ユーロ(約632億円)。3位はマンUの3億9590万ユーロ(約518億円)だった。

放映権料でみると、レアル・マドリードが1億9920万ユーロ、バルセロナが1億7980万ユーロ、マンUは1億2850万ユーロだった。

サッカー選手の移籍はクラブにとってもはや高いか安いかと問題ではなくなり、どれだけ収入に跳ね返ってくるかの投資になった。

レアル・マドリードのペレス会長は2000年以降、ライバルのバルセロナからフィーゴを獲得、毎年、ジダン、ロナウド、ベッカムらスーパースターをそろえて「銀河軍団」をつくった。

再び会長に返り咲いた09年以降、カカ、ロナウド、アロンソ、ベンゼマなどビッグネームを次々と獲得。ベイル移籍も「銀河軍団」路線の延長線上にある。

衛星放送やインターネット放送が普及し、欧州サッカーの市場は欧州にとどまらず、米州、アジア、アフリカに拡大。巨額の放映権料だけでなく、関連グッズの販売収入も期待できる。

「史上最高の移籍金」という見出しが世界を駆け巡り、ベイルの商品価値は実力以上に増した。ピッチでの活躍を期待して、有料テレビの契約者が増えればペレス会長の思惑通りだ。借金が増えたところで銀行は将来性を見込んで融資枠を広げてくれる。

これはもはやスペイン国内リーグやサッカー選手移籍の話ではない。グローバルビジネスに関わるインベストメント(投資)のニュースなのだ。しかし、仕事にあぶれ、酒場でゲームを観戦するしかない欧州、特にスペインのサッカーファンはベイルの巨額移籍金に世の中の矛盾や悲哀を味わうことになるだろう。(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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