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オバマ大統領の後退 シリア攻撃、米議会の承認求める

木村正人在英国際ジャーナリスト

驚きの展開だった。オバマ米大統領は8月31日、ホワイトハウスのローズガーデンで声明を発表し、シリア軍事介入について米議会の承認を求める考えを明らかにした。オバマ政権は当初、軍事介入が限定的で48時間で終了することから議会の承認は必要ないとの立場を強調していた。

夏期休会中の米議会が再開されるのは9月9日。早ければ8月31日か9月1日とみられていたシリア軍事介入は後退を強いられた格好だ。

オバマ大統領は「アサド政権が化学兵器を使用したのは明らかだ。シリアはわれわれの安全保障上の脅威だ」と述べ、軍事介入に強い決意をにじませた。しかし、介入の時期について「明日、来週か、1カ月後」と言葉を濁した。

民主党と共和党が激しく対立する米議会での議論は予断を許さず、シリア軍事介入がいつ承認されるかは流動的だ。米国の軍事日程を優先させて、政治的な墓穴を掘ったキャメロン英政権にとっては何のために議会承認を急いだのかわからない展開となった。

ロシア・サンクトペテルブルクで9月5~6日に開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議で、オバマ大統領はシリア軍事介入について理解を求めることになるが、ロシア、中国との溝を埋めるのは不可能だ。

他国への攻撃は原則として自国が攻撃された時か国連安全保障理事会の決議がある時に限り認められている。しかし、安保理ではシリアのアサド政権を支持する常任理事国のロシアと中国が強硬にシリア軍事介入に反対しており、拒否権を発動する構え。

このため、オバマ大統領は安保理決議を避け、米英仏の有志連合による「人道的介入」に踏み切る予定だったが、最も頼りにする英国の議会が軍事介入の動議を否決するまさかの展開となった。

戦争権限法

米国では憲法上、宣戦布告の権限は議会にある。しかし、第二次大戦後、大統領職の権限が拡大し、ベトナム戦争は議会の宣戦布告なしに開戦され、泥沼に陥った。

この反省から1973年に戦争権限法が定められた。大統領が外国に派兵する時は48時間以内に議会に報告、議会の承認が得られなかった場合は60日以内に軍事行動を停止しなければならないという制約が加えられた。

安保理決議を得た後、リビアのカダフィ大佐を打倒した2011年の軍事介入は米議会の承認なしで行われた。「議会の承認のないまま軍事介入が60日を過ぎた」として超党派の下院議員10人がオバマ大統領を訴えたことがある。

この時、オバマ政権は、リビアへの軍事介入は規模が限られており、戦争権限法にいう「戦争」には当たらないと自己弁護した。シリア軍事介入はリビアに比べ規模ははるかに小さく、期間も短い。これまでの理屈で言えば、議会の承認は当然、要らない。

しかし、シリア軍事介入をめぐっては安保理決議もなく、同盟国・英国が有志連合から脱落。オバマ大統領も軍事介入の正当性を自国議会の承認に求めざるを得なかったとみられる。

予想できない軍事介入の影響

イラク戦争の直前、筆者は米コロンビア大学に留学していた。安全保障の授業で、米英など有志連合とイラクの戦力を比較し、戦闘が何日で集結するかというシミュレーションが行われた。

その時、イラク人学生が立ち上がり、「イラクはスンニ派、シーア派、クルド人勢力のバランスが微妙で、宗派間の対立を押さえ込むにはサダム・フセイン大統領のような鉄拳が必要だ。鉄拳がなくなったら大変なことになる」と訴えた。

講師は「この授業は戦力を比較するのが狙いだ」とイラク人学生の発言を遮ったが、戦闘は43日で終了したイラク戦争は、この学生が懸念した通りの展開となった。バース党のアラブ・ナショナリズムというタガがなくなると、イラクは宗派抗争の血の海に一変した。

旧ユーゴスラビアでも1990年代、チトーが遺したユーゴ・ナショナリズムが崩壊すると、セルビア人、クロアチア人、ボスニア人が凄絶な三つ巴の争いを繰り広げた。

シリアでは「アラブの春」以降、少数派イスラム教アラウィ派出身であるアサド政権のバース党体制が大きく揺らぎ、ロシア、イラン、レバノンのシーア派組織ヒズボラがアサド政権を支えている。

これに対して、欧米諸国が支持する反政府勢力は分裂と対立を繰り返し、イスラム原理主義組織ムスリム同胞団や、国際テロ組織アルカイダとの関連が疑われるイスラム過激派ヌスラ戦線が影響力を強めている。

デンプシー米統合参謀本部議長は7月に上院軍事委員会のレビン委員長に宛てた書簡で「軍事介入でアサド政権と反政府勢力の軍事バランスを変えることはできる。しかし、この紛争を悪化させている歴史的な宗教、民族、部族の問題を解決することはできない」という慎重な見方を示している。

これだけ状況が複雑化しているシリアに軍事介入するのには相当な覚悟が求められる。しかし、アサド政権の化学兵器使用に目をつぶれば、核・ミサイル開発を進めるイランや北朝鮮、イスラム過激派組織に対するにらみが利かなくなる恐れがある。

もっと早く腰を上げるチャンスがあったオバマ大統領はギリギリまで追い込まれて、ようやく軍事介入を決断した。しかし、一番難しい最終判断を議会に委ねてしまった。(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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