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ロイヤルベビー誕生へ(2)逆子だったエリザベス女王

木村正人在英国際ジャーナリスト
セント・メアリー病院リンド病棟(木村正人撮影)

英国のキャサリン妃はどうして出産場所をダイアナ元皇太子妃(故人)がウィリアム王子とヘンリー王子を生んだロンドン市内のセント・メアリー病院リンド病棟にしたのか。

セント・メアリー病院はNHS(National Health Service)と呼ばれる国民医療制度の病院の1つ。第二次大戦で疲弊した英国は戦後、「揺りかごから墓場まで」の福祉国家を目指し、すべての医療システムをNHSに組み入れて、全額税金でまかなう仕組みをつくり上げた。

NHSのセント・メアリー病院にはしかし、プライベート診療(全額自己負担)の病棟もあり、キャサリン妃が出産するデラックス・ルームの料金は出産費込みで5500ポンド(約82万5千円)。

帝王切開や特別な診療が必要な場合は7500ポンド(約112万5千円)、入院が1日増えるたびに1000ポンド(約15万円)の追加となる。英紙ガーディアンによると、分娩室というよりホテルのスイートに近いらしい。分娩用のプールもあり、子供の出産を祝うためシャンパンも注文できる。

庶民向けのNHSというより、「1937年以来、産婦人科としては最高のプライベート診療を母親と乳児に提供しています」というのがセント・メアリー病院のセールスポイントになっている。

セント・メアリー病院では、チャールズ皇太子の妹のアン王女もピーターとザラ・フィリップさんを出産。エリザベス女王の従弟リチャード王子夫妻、マイケル・オブ・ケント王子夫妻も出産に利用するなどセント・メアリー病院と王室のゆかりは深い。

将来、君主になることが確実なお世継ぎを外部の病院で生んだのはダイアナ元妃が初めてだった。

王位継承をめぐって王子のすり替え疑惑が1688年に浮上。王子の誕生は一瞬にしてロイヤルファミリーの権力構造を変えるため、ロイヤルファミリーの出産は宮中が原則、隣の部屋では私設秘書や女官が大挙して耳をそばだて、お世継ぎの誕生を確認した。

故エリザベス王太后(クィーン・マザー)がエリザベス女王を出産したのは実家・ストラスモア家のロンドン屋敷。出産には政府から内相が派遣され、隣室で控え、産声を確認した。ロイヤルファミリーのメンバーが出産するときの古くからの習慣だったが、エリザベス女王がチャールズ皇太子を出産する前に「法令の求めも憲法上の必要もない」と宣言し、内相の立ち会いを廃止した。

エリザベス女王は逆子で出産に時間がかかったため、小柄な母体の安全を考えて帝王切開が行われた。

ダイアナ元妃は英王室の伝統にならって宮中で出産することを望んだが、エリザベス女王の婦人科医のジョージ・ピンカー氏(故人)がセント・メアリー病院リンド病棟での出産をアドバイスした。

病院がロイヤルファミリーの出産のため宮中に来る時代は終わり、ロイヤルファミリーが病院を訪れる時代になったのだ。お世継ぎや母体のことを考えると、バッキンガム宮殿よりも病院の方がはるかに安全で衛生的といえるからだ。

しかし、ダイアナ元妃の出産も困難を極めた。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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