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憎悪と愛国(4)拡散する極右

木村正人在英国際ジャーナリスト

「ジプシーは動物だ」

2012年の大晦日、ハンガリーのペシュト県で、17歳のロマ系ハンガリー人が口論になった若者2人をナイフで殺傷した。若者2人はボクサーとレスリング選手だった。

同国の社会主義を崩壊させた民主化組織フィデス創設メンバーの1人、バイエル氏は全国紙へ投稿し、「ツィガーニ(ロマのこと)の大半は私たちの社会と共存するのにふさわしくない。彼らは動物だ。動物の存在を許してはならない」とロマ排斥を公然と訴えた。

ロマはかつて「ジプシー」と呼ばれ、欧州全体で1千万~1500万人いるといわれる。10世紀ごろインド北西部から西方に移動し、トルコなどを経て14世紀ごろ欧州に流入した。

言語、文化、生活習慣の違いから迫害され、ナチス・ドイツにより少なくとも20万人が虐殺されたとされる。東欧の共産体制下では強制的な同化や人口調整のため不妊手術が行われた。冷戦終結後も差別は残っている。

非人道的なナチスや共産体制を彷彿させるバイエル氏の発言に、排外主義を掲げる極右政党ヨッビクは党大会で「ツィガーニとハンガリー人の共生は危機的状況にある。ツィガーニの犯罪を解決できるのはヨッビクが政権をとった時だけだ」と、市民の心に潜む反ロマ感情をあおった。

ハンガリーが右傾化している理由について、ファシズムの研究で知られる英オックスフォード・ブルックス大学のグリフィン教授はこう語る。

「ハンガリーはアジア系のマジャール人が建国し、独特の言語を持っている。オスマン帝国、オーストリア帝国、旧ソ連の圧力を受けてきた。ハンガリーはEUの中の孤島だ。他の加盟国が気づかないうちに右傾化が進んでいた」

ヒトラー誕生前夜

「(ヒトラーの登場で終わりを告げた)ドイツ・ワイマール共和国の末期に近づいている」。12年10月、新民主主義党(ND)のサマラス首相は国民の忍耐が限界に近づいていると強調した。

1929年、世界恐慌で米国がドイツに融資していた資金を引き上げたため、ドイツの経済は急激に悪化し、金本位制から離脱せざるをえなくなった。

翌30年にはナチスが18%を獲得して第2党に躍進。32年に37%を得て第1党になり、翌年ついにヒトラーは政権を手中にした。

大恐慌の衝撃でドイツの銀行が破綻したのと同じように、ギリシャの銀行は欧州債務危機で国有化された。1931~32年にかけ、ドイツの国内総生産(GDP)が7%縮小したように、ギリシャのGDPも2011年に7.1%減少した。

ナチスが政権を奪取したときの失業率は30%、現在ギリシャの失業率は27%だ。

歴史の相似はいくつも見受けられる。1933年、ドイツではユダヤ系作曲家クルト・ワイルのミュージカル「銀の湖」が弾圧された。2012年、ギリシャでも極右政党が同性愛を助長するとして演劇の舞台をぶち壊しにする事件が起きた。

極右とアナキスト

現在、アテネでは店仕舞いする店が増え、1940年代の内戦を称賛するポスターが街角にはられ、黒いフード姿の極右やアナキストが跋扈する。ギリシャはヒトラー政権誕生前夜のドイツに近づいてきているというのが、サマラス首相の抱く危惧である。

2012年総選挙では急進左派連合(SYRIZA)と極右政党・黄金の夜明けがともに躍進した。財政緊縮策に反対し、自立を取り戻そうという訴えが支持を得ている。

同年1~9月にかけて、ギリシャでは人種差別絡みの嫌悪犯罪が87件も発生している。うち50件で被害者が重傷を負っている。

犯行グループは黒い戦闘服に覆面やヘルメットを着用し、こん棒やチェーン、ナイフ、メリケンサック、バール、割れたビンで武装していたという。驚くのはうち15件に警察が関与し、22件は警察に通報しても取り合ってくれなかったということだ。

警察官の45%が「黄金の夜明け」に投票したといわれるが、移民排斥を公言している極右政党の躍進と無縁ではないだろう。

もともと、極右や左派が支持率を伸ばしている背景には、ギリシャ民主政治を担ってきた既存政党への失望がある。

極右ポピュリズム

先のフランス大統領選では、移民排斥、EU脱退、ユーロ離脱を唱える極右・国民戦線のマリーヌ・ルペンが健闘した。マリーヌは02年大統領選で決選投票に進んだジャンマリ・ルペンの三女である。

極右は頑迷固陋な男ではなく、トレンディーなキャリア・ウーマンがシンボルになった。

欧州統合とグローバル化でイスラム系住民や移民が増えたことをきっかけに排外主義の傾向が顕著になっている。極右・右翼政党が政策決定に影響力を持ち始めたケースも目立つ。

フェースブックやツイッターなどソーシャルメディアが普及し、ネット上で極右ポピュリズムが拡散を始めている。

英シンクタンク「デモス」は11年にフェースブックを通じて欧州12カ国で約1万人の極右・右翼政党支持者を対象にアンケートを行った。

それによると、ネット上の支持者の63%が30歳未満、75%が男性で、3分の1は学生だった。彼らの67%は直近の国政選挙で支持する極右・右翼政党に投票しており、26%は街頭で抗議活動に参加していた。

極右・右翼政党の支持者の多くは移民や多文化主義がそれぞれの国の価値観や文化を壊しているとの懸念を抱いている。こうしたネット右翼はそれぞれの国や欧州の政治的な機関をまったく信用していない。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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