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日本の国家安全保障会議が抱える課題

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本版NSC

北朝鮮の核・ミサイル、沖縄県・尖閣諸島への中国の圧力など、日本の安全保障環境が厳しくなる中、米国の国家安全保障会議(National Security Council、NSC)をモデルに、外交・安全保障政策の司令塔となる日本版NSCが実現に向け動き始めた。

報道によると、首相と官房長官、外相、防衛相による「4人会合」を月1~2回開き、官邸主導で外交・安保政策を立案、テロや災害など危機対応の初期方針も決定する。政府は今国会に法案を提出、参院選後の臨時国会で成立を目指す。

4人会合に国交相、国家公安委員長、総務相、財務相、経産相を加えた現行の安全保障会議の「9人会合」も併存させるという。

事務局は100人規模を目指すが、当初は数十人で来春に発足させる。情報の集約・分析、政策調整、首相への助言にとどまらず、政策決定まで踏み込んで行われる。まさに、外交・安全保障で官邸機能・首相の指導力強化を図る大胆な改革だ。

英国版NSC

英保守党のキャメロン首相は2010年総選挙で自由民主党と連立を組んだあと、真っ先に米国のNSCを原型に英国版NSCを発足させた。英国版NSCは毎週開催され、首相が議長を務める。

英国版NSCは通常の閣議よりメンバーを絞り込んで専門的な政策を議論する内閣委員会の1つと位置づけられている。

常任メンバーは議長の首相、副首相、財務相、外相、内相、国防相、国際開発相、安全保障担当国務大臣。エネルギー・気候変動相をはじめとする他の閣僚、国防参謀長、諜報局長、その他の高官は必要に応じて出席する。

NSCの下には、(1)脅威・災害・災害耐性および非常事態小委員会(2)核抑止および安全保障小委員会(3)新興国小委員会がぶら下げられている。

例えば、アフガニスタンでは、国防省が担当する治安維持だけでなく、学校建設など復興支援を受け持つ国際開発省の関与が求められる。英国版NSCは1つの省庁で対応できなくなった外交・安全保障案件を扱っている。

メンバー構成は日本の安全保障会議に近いが、毎週開催というのは日本版NSCの月1~2回を上回る頻度だ。省庁から権限を奪うのではなく、省庁の能力を最大限に活用するのが英国版NSCの目的だ。

サイバー攻撃など将来の課題より目先の問題に重点を置きすぎだという指摘もあるが、評判は上々だ。

「省庁間の垣根が取り払われた」「閣僚の視野が広がった」「外務省出身の実務家、情報機関や国防、官僚トップがブリフィーングを行うので、議論の中身が濃くなった」という声が聞かれる。

東日本大震災など危機に対応する首相のリーダーシップについて、2001年の米中枢同時テロ後に初代英内閣安全保障・情報問題委員会議長を務めたデービッド・オマンド氏は「英国では首相が議長を務めるNSCを通じて緊急時のリーダーシップが常に磨かれている」と指摘した。

NSCは使いこなして首相のリーダーシップが緊急事態でも円滑に発揮できるようにしておくことが重要だ。

秘密主義、情報と政策の分離

「国家安全保障会議の創設に関する有識者会議」でも何度も指摘されていたが、「情報と政策」の分離には細心の注意が必要だ。

イラク戦争では労働党のブレア英首相(当時)は、外交政策アドバイザーや「スピン・ドクター」と呼ばれるマスコミ対策担当者が首相官邸のソファに座って重要政策を独断的に決めた。「ソファ内閣」と非難を浴びた。日本版NSCも安倍首相のインナー・サークルで運営された場合、秘密主義の弊害に陥る危険性がある。

2002年9月、ブレア政権は「イラクの大量破壊兵器は45分以内に配備可能」という間違った情報を公表し、イラク戦争開戦に向けて世論をミスリードした。「45分以内に配備可能」という誤情報は意図的に脚色されたと指摘されている。

情報と政策の分離をおろそかにした場合、意図的な情報操作が行われたり、政策決定者の意向に沿った情報だけを報告したりするなどの恐れが生じる。

英国版NSCには野党党首が参加することも

キャメロン首相が英国版NSCを発足させた背景には、官邸機能を強化させる以上に、首相の独裁的な権力を抑制し、意思決定の透明性を担保する狙いがあった。イラク戦争で米国の国力が著しく衰えたように、英国も国防費の削減を強いられ、空母の前方展開能力、核ミサイルを搭載した原潜による核抑止力を維持するのがやっとの状態になっている。

外交・安全保障政策での判断ミスは文字通り、国の命運を左右する。

「チェック・アンド・バランス」の三権分立をとる米大統領制より、上院の権限が制限されている英議院内閣制における首相の権限は絶対的だ。これに対して、日本は強力な拒否権を有する参院が首相と政府を牽制するといういびつな構造になっている。

絶対的な権限は抑制的に使わなければならないことを知っている英国では必要に応じてNSCに野党・労働党のミリバンド党首を招いている。第二次大戦ではチャーチル首相率いる保守党は労働党と戦時連立内閣を組んだ伝統がある。

米国と二人三脚で遂行したイラク戦争でもブレア英首相は野党・保守党のダンカンスミス党首と1対1で会談し、状況を説明して協力を求めた。もちろん政府の政策を間違っていると判断すれば野党党首は首相との会談やNSCへの出席を拒否できる。

国民の生命・安全に直結する外交・安全保障では党派を越えて、コンセンサスが求められるという考えが英国には根付いている。

キッシンジャー型補佐官は必要ない

米国でNSCが重視される程度は、時の大統領と国家安全保障問題担当大統領補佐官によって大きく異なっている。

ちなみにクリントン政権時代の1993~99年までNSCの公式会議は1回しか開かれなかった。その代わりに大統領、国務長官、国防長官、同補佐官やその代理による朝食会、昼食会が開催されていた。

国会図書館の「調査と情報・日本版NSCの課題」(等雄一郎氏)によると、米国でNSCを重視したのはニクソン大統領とカーター大統領。ニクソン大統領時代のキッシンジャー同補佐官はニクソン電撃訪中を準備し、カーター大統領時代のブレジンスキー同補佐官は大統領令の署名まで行ったと言われている。

同補佐官の独断専行は議会の召喚に応じる立場にないため秘密主義に陥り、政策決定過程から排除された国務省の士気を損ねる恐れがあるという。

日本版NSCでも国家安全保障問題担当首相補佐官が常設される見通しだ。同首相補佐官が政策決定にどれだけの影響力を持つのかは、まったくの未知数だ。

キャメロン首相は、NSCの要となる同首相補佐官に外務省出身者を任命。補佐官はNSCの体系を確立し、政府の安全保障の基本方針の調整・達成を担当している。

英国も日本も職業外交官が中心で、大統領が大使を任命する米国式外交とは明確に一線を画する。その意味でも経験豊富なベテラン外交官が首相補佐官としてNSCをリードするのが適当だろう。

NSCと、外務省、防衛省のだぶりをどう防ぐのか。国家安全保障には国民の理解が不可欠だ。国家機密漏洩の防止と同様に、政策決定プロセスの透明性を保つ必要がある。日本版NSCの課題は山積している。

最近、日本から伝わってくる在日外国人に対するヘイト・スピーチやヘイト・デモを見るにつけ、すでに日本社会に亀裂が入り始めていることに大きな危惧を抱く。嫌悪は社会を分断させ、緊急事態にパニックの引き金になるリスクをはらんでいる。

緊急事態にはトップ・ダウンの迅速な意思決定も必要だが、それ以前に、パニックを起こさないという社会の結束を保っておくことが重要だ。

国家安全保障の10原則

前出のオマンド初代英内閣安全保障・情報問題委員会議長は国家安全保障の10原則を挙げている。

(1)安全保障とは国民が疑念を持たずに自由に生活できる普通の状態をさす。

(2)リスクの境界は国境だけではなく、地球上のあらゆるところに広がっている。

(3)自国だけで十分な安全保障を達成できる国家は1つもない。

(4)敵対国家などを念頭に置いた国家主体の安全保障観より、市民目線の安全保障観を持つべきだ。安全保障は心理的な面を伴う。

(5)政府は将来のリスクを予期するよう努めるべきだ。

(6)政府は科学技術、国際関係などの分野における潜在的な進展に対して戦略的な警告を発する能力を磨くべきだ。

(7)人や商品、移民が移動する際の国境管理が国内安全保障の基本となる。

(8)平時の国内の安全保障は主に文民サイドが責任を負うが、軍は文民サイドを支援する態勢を整えておくべきだ。

(9)中央政府、地方政府と同様に地域社会、ボランティア・グループ、民間企業を含めたすべてのレベルで、国家の弾力性、不屈さが国内安全保障のカギを握る。

(10)国家はすべてにおいて、安全保障とプライバシーのバランスを保つため、正当性、必要性、比例の原則を適用すべきだ。

日本版NSCも、国家主体の安全保障観にとどまらず、市民目線の安全保障観まで視野を広げれば、自ずと国民の理解を得られるのではないだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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