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「日米安保は中国に対するヘッジだ」知日派ナイ教授語る

木村正人在英国際ジャーナリスト
「一体化とヘッジ」という対中政策を唱える知日派の重鎮、ナイ教授(木村正人撮影)

オバマ米政権にアジア政策を提言している米民主党系知日派の重鎮、ハーバード大学ケネディスクールのジョセフ・ナイ教授(76)が8日、ロンドンにある英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演した。そのあと、僕の質問に3つだけ答えてくれた。

ナイ教授はカーター政権で国務次官補、クリントン政権で国防次官補などを歴任した。ナイ教授の対中政策は基本的には「敵にするより友だちになろう。でも保険は忘れない」という関与政策だ。

「解釈改憲で十分」

一つ目の質問は日本の憲法改正について。「日本の安倍晋三首相は憲法を改正しようとしている。集団的自衛権を行使できるようにするのが狙いと思われるが」と尋ねてみた。

ナイ教授は「集団的自衛権は日本の現行憲法でも認められている。もし、そのためだったら、わざわざ憲法を改正する必要はないだろう。憲法解釈によって集団的自衛権(の行使)は可能になる。たとえばアフリカ・ソマリア沖の海賊対策のために海上自衛隊は護衛艦を派遣し、国際軍事協力に参加している」との見方を示した。

国際法上、国家は、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利(集団的自衛権)を有しているとされる。

しかし、戦争放棄を定めた憲法9条で認められている自衛権の行使は「わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまる」とされ、集団的自衛権の行使はこれを超えるもので憲法上許されないと考えられている。

ナイ教授は内閣法制局の憲法解釈を変更すれば、このハードルはクリアできると指摘している。正規の憲法改正を経ない、いわゆる「解釈改憲」で十分だと考えているわけだ。

「封じ込めは間違っている」

二つ目は安倍外交について。「安倍首相はベトナム、モンゴル、ロシアを訪問した。対中包囲網を築こうとしているように見えるが」と質問した。

ナイ教授は「米紙ニューヨーク・タイムズに寄稿したように、中国とは協働すべきであって、封じ込めるべきではない。封じ込め政策は冷戦時代の概念だ」と指摘した。そして、

「冷戦時代、欧米とソ連の貿易は事実上なく、社会的な交流も本当に限られていた。われわれは中国との貿易、社会的な交流をさらに拡大することを望んでいる。封じ込めは間違ったメタファー(暗喩)だ」

「しかし、その一方で中国がいじめっ子になるシナリオに備えて、日米同盟を維持することは重要なことだ。米国が東南アジアの国々と良好な関係を持つことは現実的な政策だ」と続けた。

「封じ込め」は米外交官ジョージ・ケナンが提唱した外交政策だ。西側諸国の経済発展を図って、ソ連の勢力拡張を防ぐ狙いがあった。

しかし、軍事的封じ込めの色彩が強くなり、ベトナム戦争がエスカレートするに伴って、戦略的に重要な国が共産主義化すれば隣接する国が次々と共産主義化していくというドミノ理論を生み出す。

米国はベトナム戦争の泥沼にはまり込み、国力の衰退を招く。

対中政策は両掛けで

ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿で、ナイ教授は「(尖閣諸島のある)東シナ海で緊張が高まっているが、中国を敵として扱えば、本当の敵をつくることになる。友だちにすれば平和な未来につながる」と主張している。

クリントン政権下の1990年代、国防総省で東アジア政策を担当していたナイ教授は中国に対する封じ込め政策を否定した。

クリントン政権は中国のWTO(世界貿易機関)加盟を支持する一方で、96年、日米首脳会談(橋本龍太郎首相、クリントン大統領)で「日米安全保障条約共同宣言」を発表した。

共同宣言は(1)日米安保条約に基づく同盟関係が21世紀に向けてアジア太平洋地域の安定にとっての基礎である(2)米軍のプレゼンスの維持が同地域の安定にとり不可欠であることなどを確認した。

ナイ教授は寄稿で、米国の対中政策について「一体化しながらも、両掛けして損失を防ぐ(integrate but hedge)」と表現している。

ケナンの封じ込め政策が軍事的な色彩を強め、ソ連との軍拡競争を招いた。その反省から、中国に包囲され、自分たちは危険にさらされていると感じさせるのは得策ではないとナイ教授は指摘している。

安倍首相はプラグマティスト

最後の質問で「欧米メディアは安倍首相にナショナリストの形容詞を使用しているが」と尋ねてみた。

ナイ教授は「これまでのところ安倍首相は非常にプラグマティック(現実的)にふるまっている。しかし、慰安婦に関する河野洋平官房長官談話などをひっくり返したりすると、日本の国益やソフトパワーを損ねることになる。安倍首相はこれからもプラグマティックに行動し続けるべきだ」とアドバイスした。

オバマ米大統領は「G2(米中で交渉する)」から、アジアに軸足を置く「ピボット」政策に対中外交を変更した。海軍力を太平洋に再配分する一方で、対中貿易を拡大、外交を活発化させるとみられている。ドニロン米国家安全保障担当大統領補佐官は対中政策を「協力と競争」と位置づける。

南シナ海や東シナ海での中国の傍若無人な振る舞いは、「バランス・オブ・パワー」を確保しようとする日本、インド、ベトナムの結束を強化させている。

米大統領のリーダーシップ

ナイ教授は新著「大統領のリーダーシップとアメリカの時代の創造(仮訳)」で、20世紀以降の歴代米大統領について、大きなビジョンを掲げて組織を引っ張る「transformational leadership(トランスフォーメイショナル・リーダーシップ)」と、実務的に対応する「transactional leadership(トランザクショナル・リーダーシップ)」に分類して検証している。

ナイ教授はチャタムハウスでの講演で、「transformational leadership」の好例としてルーズベルトとトルーマンを、「transactional leadership」の好例としてアイゼンハワーとブッシュ(父)各大統領を挙げた。

その上で、「イラク戦争に突き進んだブッシュ(息子)は大きなビジョンを掲げたが、マネジメントがまったくなかった。ブッシュ(父)はビジョンを持っていなかったが、マネジメント能力に長けていた」とわかりやすく説明した。

オバマ大統領は「transformational」な目標を掲げる一方で、「transactional」に問題に対処しているという。米国が唯一のスーパー・パワーだった時代は過ぎ去り、米大統領はネットワークを構築する能力を求められるようになっている。

シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)は、中国の国防費は早ければ2025年に米国の国防費を追い抜くと予測している。ナイ教授が指摘するように、日米同盟がいつまで中国の軍事的な冒険を思いとどませる役割を果たせるのか。今のところ、誰にも答えることはできない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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