Yahoo!ニュース

自ら瀬戸際に突き進む北朝鮮・金正恩 水鳥真美のしなやか外交術(3)

木村正人在英国際ジャーナリスト

主要8カ国(G8)外相会合が10、11日、ロンドンで開かれ、挑発をエスカレートさせる北朝鮮を厳しく非難する声明を発表した。外務省に27年間勤務し、日米関係に詳しい元外交官の水鳥真美さん=英国在住=にインタビューした。

――G8の声明は北朝鮮を厳しく非難しました

「今回のG8外相会合の議長声明は、北朝鮮を相当厳しく非難しており、この種の文書としては強い内容のものですが、中国が入っていないG8がこのような声明を出すことは北朝鮮も織り込みずみでしょう。この声明の発出をもって、北朝鮮に何か行動を促すことができるということにはならないと思います」

――金正恩の「瀬戸際戦略」をどう分析されますか

「これまでも北朝鮮は核実験やミサイル発射実験を行い、2010年には46人が死亡した哨戒艇沈没事件や延坪島砲撃事件を起こしています。しかし、今回は停戦協定無効、戦時状態宣言、南北・朝米間連絡線の遮断などすべてのカードを切って、世界に向かって騒ぎ立てています」

「北朝鮮南部・開城(ケソン)工業団地への韓国側関係者の立ち入りを禁止しましたが、これは外貨獲得の貴重な機会を自ら放棄したのと同じで、随分と金正恩は割に合わないことをしています。今後、開城への投資が戻ってくるかどうかもわかりません」

「日米韓がどう出てくるか、それに対して北朝鮮がどう対応して、次に何を獲得しようとしているのか。金正恩が戦略的に深く考えているようにはとても見えません」

――金正恩の資質不足、経験不足でしょうか

「金正日の場合は後継者に指名されてから随分長く金日成の下で『帝王教育』が施されました。金正恩の場合はある日突然、後継者に指名され、ほどなくして金正日が亡くなりました。仮に、金正恩に資質が備わっていたとしても、準備期間が短すぎたと思います」

「金正恩は年齢も30歳かそれより下とみられており、とにかく若い。金日成の孫として金王朝の絶対的な地位を得ているとは言え、儒教思想の名残も強かろう北朝鮮において年齢が倍も違う人民軍の幹部から見れば頼りないと映っても仕方がないと思います。報道されている写真からは、無理をしてもっともらしい顔をつくっているのがひと目でわかります」

「瀬戸際戦略もここまで来れば常軌を逸しています。外に向かってどうこうするというよりも、国内の軍部や朝鮮労働党の幹部に自分が大将であることを示そうとして自ら瀬戸際まで突き進んでいるような印象を受けます」

――2月、英紙フィナンシャル・タイムズに中国共産党幹部養成機関、中央党校の機関紙「学習時報」のトウ聿文副編集長が「中国は北朝鮮を切り捨て、朝鮮半島統一を支援すべきだ」との寄稿を行い、そのあと副編集長は処分されました。中国の対北朝鮮政策は変わったのでしょうか

「その副編集長は以前から革新的なことを発表する傾向があると聞いています。中国共産党のお墨付きをもらって意見を発表したというよりは、今回も自分の考えで突っ走ってしまって、制裁されたとの見方もあります」

――中国の習近平国家主席は「いかなる国も混乱を引き起こしてはならない」と名指しは避けながらも北朝鮮を牽制しました

「中国にとって望ましい状況は、朝鮮半島が統一せず、国際社会が扱いに困る程度の暴れん坊の北朝鮮が緩衝(バッファー)地帯として存在することです。さすがに北朝鮮の威嚇で状況がここまで緊張すると、中国が何も言わなければ『中国って相当変な国ね』と思われることになります。中国も何か言わなければならない状況であると感じていると思います」

「しかし、本当に中国の対北朝鮮政策が変わったかどうかは、エネルギー輸出を一気に止めるとか、国連安保理の制裁決議を実行に移すために最大限協力するとか、今後の中国の行動を見ないと何とも言えないと思います」

「水面下で米国は中国に働きかけ、北朝鮮と外交関係のある欧州もいろんなルートを使って話しているはずですが、もう、中国が動かなければならないとみんなが思っています。しかし、北朝鮮が最後の一線を越えた時、どう対応するかについては、中国も決めかねていると思います」

――国連安保理の制裁決議は本当に効き目があるのでしょうか

「中国もロシアも北朝鮮の核・ミサイル問題に対して、日本や韓国ほど危機感を持っていません。多国間で協議した制裁内容はどうしても甘くなってしまいます。これまでも、米国の金融制裁などの方が国連安保理の制裁決議よりも効き目がありました」

――ヘーゲル米国防長官は就任前の公聴会で「北朝鮮は核保有国だ」と発言しましたが、ケリー米国務長官は「北朝鮮を核保有国と認めるつもりはない」と記者会見で言いました。見解が食い違っていますが

「ヘーゲルは彼個人の意見として核保有国だと発言したのでしょう。ヘーゲルの公聴会は、北朝鮮に関する発言に限らず全体的に評判が悪かった。この人に国防長官が勤まるのだろうか国という疑問の声もあったほどです」

「ヘーゲルは以前にもイランに対して融和的なことを言ったり、米国のイラク政策を相当厳しく批判したりして米国内でも論議を呼んでいました。ヘーゲルの『核保有国』発言は就任前のものです。ケリーの『核保有国とは認めない』という記者会見が米国の公的な立場です」

「北朝鮮をいったん核保有国として認めてしまうと、核保有国としてのステイタスを踏まえて対応しなければならなくなります。しかし、米国を含めてすべての国が核保有国と認めるべきではないと考えています」

――米国は「空の要塞」と呼ばれる爆撃機B52や「空の幽霊」と呼ばれるステルス製爆撃機B2を韓国に展開しました。いずれも核爆弾を搭載できる攻撃機です

「1996年の台湾海峡危機でクリントン米政権が空母を派遣した時と同じで、同盟国を安心させることと相手方に対する示威行動が狙いだと思います。北朝鮮が威嚇していることを実際に行動に移した場合、米国は黙っていないという北朝鮮に対する強いメッセージです」

「米国は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射試験を延期しました。これは一方で米国の行動が北朝鮮の都合の良いように使われることがないようにという慎重な対応をとりつつ、他方で、B52やB2の展開により北朝鮮に明確なメッセージを送るという示威行動をとっていると見て良いと思います」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事