Yahoo!ニュース

米中戦争は避けられるか 世界最高の戦略家リー・クアンユーの答え

木村正人在英国際ジャーナリスト

米大統領と中国指導者の助言者

シンガポール建国の父、リー・クアンユーに米中関係の未来についてインタビューした著作『中国、米国、世界に関する巨匠の洞察(日本語のタイトルは私訳、The Grand Master’s Insights on China, the United States, and the World)』がこのほど出版された。

『中国、米国、世界に関する巨匠の洞察』
『中国、米国、世界に関する巨匠の洞察』

英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)で19日、共著者の1人で元米国防次官補、ハーバード・ケネディスクール・ベルファーセンターのグレアム・アリソン所長が講演した。

リー・クアンユーは1965年、マレーシア連邦からシンガポールが分離独立したのに伴って首相に就任。強権政治下でシンガポールの近代化と安全確保に手腕をふるい、通算31年間、政権を維持した。

小さく、貧しい、腐敗した港湾都市シンガポールはわずか1世代で一流国の仲間入り。世界銀行の統計によると、為替の影響を除くとシンガポールの一人当たり国内総生産(GDP)は米国を上回る。

アリソン所長によると、リー・クアンユーは、ニクソンからオバマまで歴代米大統領の相談相手になり、トウ小平から習近平まで中国の歴代指導者への助言者となってきた。

元米国務長官で不世出の戦略家ヘンリー・キッシンジャーをして「リー・クアンユーほどの戦略的思考の持ち主はいない」と言わしめた実際家だ。

5つの質問

ソ連崩壊で唯一の超大国となり、一国主義に走った米国はいま、中国に猛烈に追い上げられ、苦悩している。米国を超越するかもしれないライバルの出現は米国にとってこれが初めてだからだ。

アリソン所長はその答えを探り出そうと、リー・クアンユーに5つの質問をぶつけた。

質問1中国の現在の指導者は近い将来、アジアにおける卓越したパワーとしての米国に取って代わることを真剣に考えていますか。

質問2中国経済は米国の成長率の3倍に相当する経済成長を続け、今後15年の間に世界1の経済大国になるでしょうか。

質問3大国となった中国は日本やドイツの例にならい、第二次大戦後、米国が構築した経済と安全保障の秩序に応じた地位に甘んじるでしょうか。

質問4米国の国家情報会議が4年ごとにまとめている報告書「世界潮流(グローバル・トレンド)2030」や新興国BRICsの言葉をつくったゴールドマン・サックスのジム・オニール氏が予測するように、アジアの経済競争においてインドは中国のライバルになり、やがて追い越すことはあるのでしょうか。

質問5中国の台頭は世界のパワー・バランスをひっくり返すでしょうか。

皆さんも一度、自分で答えを考えてみて下さい。

リー・クアンユーの答えはこうである。

答え1「もちろんだ。どうして、そうでないのか。運命という中国の覚醒した意識が圧倒的な原動力になっている。中国の指導者はアジアと世界でナンバーワンになることを真剣に考えている」

答え2「その通りだ」

答え3「絶対にあり得ない。中華の言葉が表すように、自らを世界の中央に位置すると考えている。中国は中国であることを望んでいる。欧米の名誉会員に甘んじるつもりは毛頭ない」

答え4「違う。インドと中国を同列に語ってはいけない。インドは本当の意味で1つの国家ではない。英国がつくった鉄道で結ばれた32の別々の国々だ。ネルーの時代はインドの未来について楽観的だったが、窮屈な官僚主義、硬直したカースト制度、リーダーシップの欠如に引きずられている」

答え5「もちろんだ」

米中対決の世紀

リー・クアンユーは「21世紀は米中両国が太平洋における優位を争う時代になる」と予測する。

16世紀以降、世界のパワー・バランスが急激に変化し、覇権が争われた例は15回あるが、各国指導者は11回のケースで戦争に突入した。

リー・クアンユーの懸念は次世代の中国指導者に向けられる。

今日の指導者は大躍進政策の失敗、飢餓、文化大革命の狂気を知っている。トウ小平の「韜光養晦(とうこうようかい、時が来るまで力をたくわえること)」の戒めを守り、軍事面で米国に挑戦するのは慎重に避けるだろう。

中国が経済と技術の競争に専念している間は失うことはない。

中国の次世代への懸念

しかし、次世代は平和と成長だけを享受し、中国の悲惨な過去を知らない。次世代が中国の強さを過信して、戦争に突入する危険性は2割ぐらいあるとリー・クアンユーは分析する。

その証拠に、過去5年間、アジアにおける中国の外交政策は自己中心的になっている。シンガポールを含む近隣諸国は「中国は帝国の威光を取り戻したいと考え、近隣諸国に朝貢国としてふるまうことを求めるという誤った考えを持っているのかもしれない」と心配している。

ハーバード・ケネディスクール・ベルファーセンターのグレアム・アリソン所長(木村正人撮影)
ハーバード・ケネディスクール・ベルファーセンターのグレアム・アリソン所長(木村正人撮影)

南シナ海と東シナ海で領土問題を抱えるフィリピンと日本に対し中国は経済的な圧力をかけている。アリソン所長によると、昨年の対中輸出額は日本の場合、20%減、フィリピンは16%減った。

リー・クアンユーは「こうしたことは将来、起きることを予言している。しかし、中国の指導者はアジアを支配するのは不可能であることを知るべきだ」と警告する。米国も欧州も日本もインドも東南アジア諸国も国力があるからだ。

再生する米国

米国の強みについて、個人主義、自由競争、能力主義が生み出すイノベーションが米国を再生させるとリー・クアンユーは楽観的だ。人口13億の中国に対し、米国は世界の共通言語・英語を通じて世界70億人の中から優秀な人材を集めることができる。

実際、米国の名門大学は無料のインターネット授業を双方向で行い、世界の人材を集めている。

米国は中国の台頭を止めることはできない。米国がアジアから撤退するとは考えられない。米国は中国との共存を模索せざるを得ない。米国と中国が協力できなければ、それぞれが太平洋で成長し、繁栄するのを許容し合うしかないというのがリー・クアンユーの答えだ。

米中の指導者が覇権争いから生じた過去の戦争を振り返り、武力衝突を避ける努力をしなければ、米中戦争の悪夢は避けられない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事