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たそがれ国家ニッポンは「偉大なる収束」を生き抜けるか

木村正人在英国際ジャーナリスト
マブバニ院長の新著『偉大なる収束』

「それ以外」の視点

「皆さん、世界一を目指していこうではありませんか!」。安倍晋三首相は施政方針演説で「世界一」を7回も連呼したが、同じアジアの一国、シンガポールのリー・クアンユー公共政策大学院のキショール・マブバニ院長は14日、ロンドンの英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で「一つに向かう世界」について講演した。

シンガポールの外交官として国連大使を務めたマブバニ院長は新著『THE GREAT CONVERGENCE(偉大なる収束)』を出版した。

先進国と新興・途上国の格差が縮まる現象については、ノーベル経済学賞受賞者のマイケル・スペンス氏が著作『マルチスピード化する世界の中で 途上国の躍進とグローバル経済の大転換』で詳述している。

「BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)」の言葉を作ったジム・オニール氏も『GROWTH MAP(成長の地図)』で、様変わりする先進国と新興・途上国の力関係を予測した。

先進国と新興・途上国の収束は、新興・途上国にとっては明るい話だが、衰える先進国にとっては気の滅入る話である。スペンス、オニール両氏は先進国の視点から切り込んだ。これに対し、マブバニ院長は「先進国以外」からアプローチしているのが新鮮だった。

マブバニ院長の主張は先進国の聴衆にはかなり刺激的だった。

「世界にはまったく異なる二つの物語があります。一つは世界人口の12%に過ぎない先進国から語られる話。もう一つは88%を占める『それ以外』の物語です。先進国はどんどん悲観的になり、それ以外は楽観的になっています」

こう語り出したマブバニ院長は今、世界で進む3つの「収束」を例示した。

3つの収束

(1)南北の収束

世界の貧困を2015年までに半減させるという2000年の国連ミレニアム宣言が達成される見通しだ。米国家情報会議は2030年までに世界の貧困は解消されると予測している。

世界の乳幼児死亡は1990年2000万人、2000年1200万人だったが、現在は500万人に減った。

アジアの中流階級は5億人、2020年には3・5倍の17億5000万人に膨らむ。アジアの中流階級だけで欧米の総人口の1・5倍に相当するようになる。

全体では2030年までに世界の半数以上の49億人が中流階級になっている。

国家間の戦争はなくなった。1950年、戦死者は年50万人だったが、現在は3万人になった。

(2)東西の収束

東西はかつての「共産圏」「自由主義圏」を指すのではなく、「アジア、イスラム」と「欧米」を意味している。中国は依然として共産主義国家だが、状況は一変した。毎年7000万人の中国人が中国を離れ、同じ数の中国人が中国に戻っている。今や中国と欧米よりロシアと欧米の違いの方が大きくなった。

欧米から見ればイスラムのニュースは悪い話ばかりだが、インドネシアを見てみよう。1990年代、約300の民族が集まるインドネシアは泥沼の内戦に落ちいったユーゴスラビアのようになると言われた。しかし、分裂せず、毎年6%の経済成長を遂げている。

東も西と同じように中流階級の豊かさを目指している。

(3)世界は1つの船に乗っている

第二次大戦後、70億人が193カ国に分かれて暮らす秩序が構築された。世界は193隻の別々の船に乗っていた。しかし、一国主義のブッシュ前米大統領でさえ、米国だけでは世界金融危機に対処できないことを悟り、G20首脳会議を招集した。世界は今や1隻の船に乗っている。193の船室に分かれているだけだ。

地球温暖化、パンデミック(感染症の世界的大流行)に一国だけでは対処できない。「温暖化対策で協力できなかったら、私たちに代替策はない。地球の代わりはないからだ」と訴えたコスタリカのフィゲーレス元大統領の言葉を思い起こそう。

世界村のマイノリティー

温厚なマブバニ院長の言葉は穏やかだったが、先進国への警告は「恫喝」のようにも聞こえた。

チャタムハウスで講演するマブバニ院長(木村正人撮影)
チャタムハウスで講演するマブバニ院長(木村正人撮影)

「先進国は世界村のマイノリティー(少数派)になった。既得権にしがみつき、国際機関を機能不全に陥れている」

先進国は人口では新興・後進国に太刀打ちできない。経済力でも世界村のマジョリティー(多数派)からマイノリティーに転落しつつある。

既得権にしがみつくのはやめて公正なルールづくりに励まないと、新興・途上国が優位を占める将来の国際社会でしっぺ返しを受ける、とマブバニ院長は警鐘を鳴らす。

老大国ニッポン

マブバニ院長は国際機関見直しのモデルケースとして国連安全保障理事会改革の私案を示す。

それによると、現在の常任理事国を5カ国から7カ国・地域に変更する。候補は米国、欧州連合(EU)、中国、インド、ロシア、ブラジル、ナイジェリア。

次に7カ国の準常任理事国を新設する。人口、GDP、地域から選んだ日本、ドイツ、フランス、英国、韓国、トルコなど28カ国から選ばれた7カ国が2年ごとに交代する。シンガポールの元外交官から見ても、日本は世界の「先頭集団」ではなく「第二集団」にランク付けされている。

さらに、残り約160カ国から7カ国を選んで、常任理事国、準常任理事国を合わせた21カ国・地域で安全保障理事会を構成するというのがマブバニ院長の提案だ。

アジアの一国である日本は、中国、インドに代表される新興勢力に加わるのか、それとも過去の栄光にしがみつく英国やフランスのような「たそがれ国家」に属するのか。

アベノミクスで円安・株高が進んだが、ドル・ベースで見ると円資産は2割ぐらい目減りした。世界的な立ち位置を随分と下げて、仕切り直す戦略だ。円安で中国との差は一段と開いた。

「世界一」を目指すという安倍首相は楽観的だ。「一つに向かう世界の中で老いた経済大国・日本がどう生き延びるか」と考える向きは悲観的だが、ニッポンの現実を直視している。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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