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「高橋是清」財政は「意図的財政ファイナンス」の先駆けだった ではアベノミクスは

木村正人在英国際ジャーナリスト

これまでタブーとされてきた中央銀行による財政ファイナンス(マネタイゼーション)を期間限定で正当化する「意図的財政ファイナンス」を英金融サービス機構(FSA)のターナー長官や米シンクタンク、GICグローバル・ソサイエティ・フェローズのポール・マカリー、ゾルタン・ポーザー両氏が唱え始めた。リフレ(緩やかなインフレーションを誘導する政策)反対派の論客として知られる田中隆之・専修大教授(ロンドン大学客員研究員)に「意図的財政ファイナンス」とリフレ政策、アベノミクスについてインタビューした。

――先日、英国日本人会の清水健氏が幹事を務める講演会「二水会」で、ターナー長官らが財政ファイナンスを正当化する考え方を出してきたので、戸惑っていると述べられたが

ポーザー氏のマトリックス。日銀は一番、財政ファイナンスに接近しているという
ポーザー氏のマトリックス。日銀は一番、財政ファイナンスに接近しているという

「日銀も英中央銀行・イングランド銀行(BOE)も米連邦準備制度理事会(FRB)もマネタイゼーションをやろうと思ってやっているわけではない。これは金融緩和だ、非伝統的金融政策だと言ってやっている。長期国債を買えば長期金利が下がるからだ。しかし、長期金利がすでにかなり低い領域にあることもあり、景気刺激の効果はほとんどない。ほとんど効果がないことをどんどんやることで不必要な資産の購入、つまり意図せざるマネタイゼーションを進めてしまうことが問題だというふうに私は考えている。どの中央銀行もマネタイゼーションをやりますよと言ってやっているわけではなくて、たとえばFRBのバーナンキ議長もこれはマネタイゼーションではないと言っている。ただ、ターナー長官やポーザー氏は違う考えだ。特にポーザー氏は歴史的にみればマネタイゼーションに近い政策をやっていた時期があったと指摘した上で、民間セクターが負債圧縮に走っている時はマネタイゼーションが必要だと言っている。ポーザー氏のマトリックスを見ると、日銀が一番マネタイゼーションに近いところにある。現在国内総生産(GDP)比で日銀のバランスシートが大きいのは確かだ。リフレ派の人たちは『日銀は金融緩和が足りない』と言ってきたが、実は日銀が一番資産を買っている」

――バランスシート調整の過程では意図的財政ファイナンスは許されるのか

「金融危機の局面では流動性の供給は中央銀行の役目だ。金融危機時には国債や民間の資産を買わなければいけない。しかし、その局面は2008~09年で終わっていて、今、各国中央銀行がやっているのは金融システム安定化ではなくて、景気刺激のためにやっている。そのための資産購入はよくないと考えている。危機対応ならわかる。金融危機の際、中央銀行が流動性を供給することと、民間の資金が詰まっている時にそれを動かすために民間の資産を買ってやるのは当然のことだ。それは日本の金融危機の時も世界金融危機の後でもやったことだ。しかし、ここに来て各国では、金融システムが落ち着いているにもかかわらず、日本ではデフレ脱却のため、米英では失業率を引き下げるために、資産購入によって金融緩和を進めようとしている。ところが、この資産購入には景気刺激や物価押し上げの力が乏しい。にもかかわらず資産購入を続け、一方で財政再建を進めないとすると、意図せざるマネタイゼーションがおきてしまう。マネタイゼーションというのは金融政策が効かないから財政政策をやりましょう、その際、財政政策の財源がないからこれを中央銀行がファイナンスしてやりましょうというものだ」

――マネタイゼーションが許されるのはどういう場合か、どの範囲で許されるのか

「マネタイゼーションの定義を『財源を中央銀行が引き受けることによる財政出動』と(正当に)定義するのであれば、本来はいかなる場合でも許されるべきではないが、財政インフレの期待が起きない限りにおいて、したがって金利が上がってこない限りにおいて、一時的な『便法』として『許される』ということになるのではないか、と思う。現在、日銀はじめ先進国の中央銀行の行っていることは、すでに市中消化されている国債を市場から買い入れているという点で、順序が逆になっているので、真の意味でのマネタイゼーションとは言えない。だが、その国債買い入れと同額の国債を政府が新たに発行して財政出動をすれば、同じことだ。その意味では、日銀などは、すでにマネタイゼーションをやってきているともいえる。これがどこまでできるかは、市場にしかわからない。市場の顔色を見ながら行うという点において綱渡りであって、『兆候が出てきたらもう遅い』という世界なので、やはりできるだけやらないほうがよい、というのが現状ではないか」

――マネタイゼーションは政府の財政規律をなくしてしまうと言われるが

二水会で講演する田中教授(清水氏提供)
二水会で講演する田中教授(清水氏提供)

「一般にそうだと言ってよいと思う。私は、これまので先進各国中央銀行の量的緩和(資産購入)は、金融緩和の手段として行っている点で、(少なくとも表向きは)マネタイゼーションを意図しているわけではない、と考えている。しかし、その緩和効果が乏しいにもかかわらず、意図せざる結果としてマネタイゼーションを招くことが最大の問題だ、というのが、私の主張のポイントだ。ところが、ターナー長官やポーザー氏のようにマネタイゼーションを『意図して』行うべきだという議論が出てきて戸惑っているわけだが、これは、『金融政策は効かない→財政政策を発動すべき→その財源を中銀のファイナンスで調達』という議論であって、これは意図的に政府の財政規律などに全く頓着しない議論ということになる」

――意図的財政ファイナンスとこれまでのリフレ政策とどう違うのか

「これまでのリフレ政策は金融政策。長期金利を低めに誘導して景気を刺激しましょう。あるいは、それによって為替の自国通貨安を狙って景気に働きかけましょうという政策。マネタイゼーションは財政政策の発動で景気を刺激しましょう。その財源を中央銀行に持って行きましょう。こういう話。ざっくり言えば金融政策と財政政策の違い。リフレは金融政策、意図的財政ファイナンスは基本的には財政政策を中央銀行のファイナンスでやろうという考えだ。将来、ある時点でインフレが来る財政インフレは、通常の金融緩和をして景気が良くなるからGDPギャップが埋まってインフレになるというのとは別のルートだと考えた方が良い」

――意図的財政ファイナンスと「高橋財政」で知られる高橋是清の政策はどう違うのか

「まさに高橋財政は、意図的財政ファイナンスの先駆けだったともいえる。ただし、当初は、日銀がいったん政府から国債を引き受けてから市中売却をしていた。市中消化されていればこれはマネタイゼーションにはならない。それが途中から民間銀行が買わなくなって市中で売却できなくなってきた。高橋是清は引き受けをやめようと思ったが、軍部の力が強くて予算が縮められなくて日銀がたくさん国債を抱え込んでしまった。マネタイゼーションをやってしまったということだ」

――アベノミクスは意図的財政ファイナンスか

「そんなことはまったく考えていないはずだ。今回は財政も本当は出しているわけだけれども国債発行額をぎりぎりに抑える操作をいろいろやっている。民主党の時よりも抑えている。よもや財政ファイナンスと言われないよう、市場から突かれないようにやっている。安倍晋三首相自身はどう考えているかは分からないが、ブレーンを含めてこれは金融政策でやるんだということだと思う。強力な緩和をやって長期金利を下げるという理屈になっているはずだ」

――バランスシート調整期間は意図的財政ファイナンスが効果を持つという考え方についてどう思うか

「私は、この議論自体が新しいと思う。日本がバランスシート調整をやっているかと言えば、もう終わっている。そこで、失われた10年といわれた1990年代に日本がこれをやった方が良かったかどうかという議論になるかと思う。当時日本が財政政策で相当景気を支えたのは事実だし、財源を中央銀行が支えたかと問われれば、結果的に言うと日銀が相当国債を保有したのも事実だ。しかし、これがマネタイゼーションを意図した政策だったとはいえないだろう」

――日本の失われた20年の後半10年の原因は

「成長率が低かった原因として労働力人口の減少があったと思う。雇用の問題も大きい。労働者派遣法の改正もあって、企業は労働コストを非常に切りやすくなった。正規雇用の場合も賃金が切り下がった。このため消費が鈍り、企業は内部留保を溜め込んだが、投資に回っていない。名目賃金が下がっているのは日本だけだ」

――国債を買い続けても長期金利は下がり続けるのか

「ずっと買うということが問題で、マネタイゼーションをしていると市場がみなす時点でインフレが起きて金利が上がっていく。そこの道筋、境目は難しい」

――どの時点で長期金利が上昇を始めるのか誰にも分からないのか

「その分岐点はわからない。経済学の中にも、定量的なメドを提供する理論はない、といって良いと思う。対外純資産、フローの経常収支、通貨の安定などが関係するが、要は市場の思惑にゆだねられており、国が国債を償還できない、インフレという形、つまり消費税増税その他の納得ずくの増税ではなく『インフレ税』という非民主的、暴力的な手段でしか債務を減らすことができない、と市場が見切った時に財政インフレが起きるのだと思う」

――政府支出の増加が民間の投資を減少させてしまわないか

「よく国債を発行し過ぎると、国が資金市場からオカネを持って行ってしまうので民間にオカネが回らなくなるという議論はある。これをクラウディング・アウトと呼ぶ。しかし、日本で起きているのはそれではない。日本では民間の資金需要がないので、銀行が国債を買っている」

――リーマン・ショックの前、日本ではデフレがなおり始めていた

「実質成長率が上がってきていた。このため供給力に需要が追いついてきたのでGDPギャップが埋まってデフレがなおってきた。一応、プラスに転じた。2001年3月から、量的緩和をずっとやっていて、2006年3月にやめた。ある程度円安だったのも景気を下支えした」

――アベノミクスの資産購入をどうみるか

「目標を達成しないと、日銀総裁も出席する経済財政諮問会議で3カ月に一度政策の効果が検証され、もっとやれという図式になるといわれている。目標を達成しない限り、どんどん資産を買う構図が止めどもなく続く危険性がある。2%のインフレは日本では非常に難しい。どこかで『ここでやめよう』という判断を政府がしてくれた方が良いと思う」

――それまで日銀のバランスシートがどんどん膨らむ

田中隆之・専修大教授
田中隆之・専修大教授

「日銀のバランスシートが膨らんで、市場がマネタイゼーションとみなした時に、どういうふうにガラガラとなるかはわからない。到達点から逆に考えればそうなるはずだ。そのプロセスを頭の中に描くのはなかなか難しい」

田中隆之(たなか・たかゆき)

1957年生まれ。東大卒、専修大博士。日本長期信用銀行調査部ニューヨーク市駐在、長銀総合研究所主任研究員、長銀証券投資戦略室長チーフエコノミスト、専修大学専任講師などを経て2001年から現職。著書に『「失われた十五年」と金融政策』『金融危機にどう立ち向かうか』『総合商社の研究』など。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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