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アルジェリア人質事件の教訓

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本のプラント大手、日揮の10人を含む人質39人が命を奪われたアルジェリア人質事件の発生から16日で一カ月。英石油大手BPが事件に巻き込まれ、5人が犠牲になった英国でも北、西アフリカで拡大するイスラム過激派の脅威にどう対処していくかが真剣に議論されている。

英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のフランソワ・ヘイズボーグ会長は「マリ軍事介入の教訓」と題した講演で、国際テロ組織アルカイダ系武装勢力「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」のテロが成功していれば「イナメナスの天然ガス関連施設は核爆発を除くと史上最大の爆発を起こしていただろう」と指摘した。ヘイボーグ会長はフランス出身で、フランス外務省に勤務、同国防省国際安全保障アドバイザーなどを歴任している。

ヘイズボーグ会長は米国のバイデン副大統領が先のミュンヘン安全保障会議で、AQIMや「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」などのアルカイダ・フランチャイズ組織は、本家アルカイダほどの脅威ではないとの見方を示したことについて、「米国がどこから情報を取って言っているのか分からないが、AQIMやAQAPの脅威は本家アルカイダと同レベルだ」との厳しい見方を示した。

質疑応答で筆者が「アルカイダが新たな9・11(米中枢同時テロ)を求めて、石油・天然ガス関連施設を狙う機会が増えるということか。石油・天然ガス関連施設を爆破し、大爆発を起こすことがアルカイダの新たな戦略なのか」と確認すると、「その通りだ」と断言し、「イナメナスの事件が起きた後にアルジェリアのガスパイプラインが襲われている。フランスがマリに軍事介入したことで、彼らはイナメナス襲撃を急がねばならなくなった。じっくりと計画を進めていれば天然ガス関連施設の爆破に成功した可能性がある。マリでイスラム過激派が全土を掌握しかけたことが、フランスに軍事介入を迫り、結果的には彼らもイナメナスの天然ガス関連施設襲撃事件を早めなければならなくなった。確たる情報が入手できていないが、強く疑っている」と説明した。

労働党のジム・マーフィー影の国防相も英下院で講演し、フランスのマリ軍事介入について「不安定な国の平和を維持するためには早期の介入が必要だ」と支持を表明し、「予防的介入(preventative intervention)」だったと正当化した。治安情勢が悪化する北、西アフリカへの部隊展開について「この地域では60近い言語が話され、方言もある。しかし、14万5000人の英陸軍のうちガーナ南部で話されるガー語の使い手はゼロ、ポルトガル語は1人、アラビア語は78人、フランス語は101人しか話せない。軍隊の言語、文化教育を強化すべきだ」と指摘した。

質疑応答で筆者が「日本企業は日本人10人、フィリピン人7人が犠牲になったのに対して英企業の犠牲は比較的少なかった。何が違ったのか。何か対策はあるのか」と質問すると、マーフィー影の国防相は直接の回答を避け、「私は非常に悲観的だ。それは私たちが石油・天然ガスに依存し過ぎているからだ。米国もエネルギーの海外依存度を減らそうとしている」と指摘した。

米軍に殺害されたアルカイダ指導者ウサマ・ビンラディン容疑者は当初、「石油・天然ガス関連施設について将来、イスラム国家の建国に成功した後、イスラムの貴重な資金源になる」としてテロの対象から外していた。

しかし、2004年ごろから、戦略を転換し、パイプライン、プラント、資源メジャーの経営者、油井のうち、油井だけをテロの対象から外して、石油・天然ガス関連施設、タンカーの攻撃を解禁した。2005年12月にはアルカイダの現・新指導者アイマン・ザワヒリ容疑者が「盗まれた石油を攻撃せよ」と宣言している。

英誌エコノミストの調査部門エコノミスト・インテリジェンス・ユニットの専門家が英下院に証言したところでは、世界最大の確認埋蔵量を誇るサウジアラビアでは2006年2月、米アラムコの制服や車で偽装したイスラム過激派が石油施設に侵入しようとして、三重のフェンスのうち最初のフェンスを通り抜け、2つの目のフェンスで止められて自爆した。

米国の外交専門誌「フォーリン・ポリシー」によると、こうしたことから米国とサウジアラビアは協力して3万5000人態勢で石油施設の警備を強化した。また、イラクでは2003~2008年半ばにかけ、石油施設やパイプライン、作業員に対して450件以上の攻撃が仕掛けられた。

石油の供給を止めたり、石油価格を急騰させたりすれば、米国経済を直撃するからだ。

アルジェリアは世界の中で最も非妥協的なテロ対策で知られる。イナメナスの天然ガス関連施設の近くには、アルジェリア軍の兵舎があり、「難攻不落」ともいえる守りに固められていた。しかし、テロリストは施設から空港に向かうバスを襲撃した後、施設内に押し入っており、事件発生当初から内通者が存在した可能性が指摘されていた。

朝日新聞電子版によると、アルジェリアのメディアは、治安当局の情報として、国際テロ組織アルカイダに共感するイナメナス地方議会の元議員が、事件を首謀したとされる武装組織のモフタール・ベルモフタール幹部の支持者の親族20人あまりを運転手や警備員としてガス施設に雇わせていたと報じた。施設内を自由に移動できる内通者にチームを組ませ、潜入の手引きをさせていたという。

また、アルジェリア治安当局は9日までに、作戦立案に必要な情報を集めていたとして、施設を管理するアルジェリア国営ソナトラック社に勤めていた10人を逮捕した。調べに、他の石油関連施設を襲う計画もあったと認めているという。携帯電話に犯行グループの電話番号を登録していた英石油メジャーBP社の従業員3人も勾留された。

また、産経新聞電子版によると、日本政府は15日、(1)事件発生後の初動態勢(2)情報収集活動(3)関係省庁間の連携(4)在留邦人に対する支援(5)被害者対応-の各項目を中心に海外での「邦人保護マニュアル」を4月中に策定する方針を固めたという。

志方俊之・帝京大学教授は産経新聞「正論」で「邦人救出へ自衛隊法改正を急げ」と提言し、記事の中で「アルジェリアの人質事件への対応は、007で有名な軍情報部第5班(旧称MI5)を持つ英国ですら手遅れだったのだから、わが国の国家的な情報、対応能力で何ができただろうか」と嘆いておられたが、MI5(英情報局保安部)は国内の情報活動を担当する内務省のセクションで、国外の情報活動は外務省傘下のMI6(英情報局秘密情報部)が受け持っている。007のジェームズ・ボンドはMI6に所属している。日本の情報収集力とはこの程度なのかと思う。

なぜ、こういう指摘をするのかというと、日本政府も日本のメディアも海外にいる日本の若者の力を活用していないように感じるからである。英アベリストウィス大学国際政治学博士課程でリサーチ・アシスタント(インテリジェンス)の橋本力さん(37)は年1回程度、英内閣府で開かれるインテリジェンス研究者の会合に呼ばれて、自分の研究内容を説明している。

米国や中国ほどの大国ではなく、経済力の衰えも目立つ英国にとってインテリジェンスは文字通り国の死活を握る。だから、英国人ではないけれども、MI5、MI6、旧ソ連国家保安委員会(KGB)研究の大家であるケンブリッジ大学の歴史家クリストファー・アンドリュー氏からも「チカラ」とファーストネームで呼ばれる橋本さんを他の研究者と同等に扱って、意見を聴取している。

英国は、英国で勉強する日本人の若者から教えを請うてまで情報収集力を高めようとしているのに、情報収集力が弱いと嘆いている日本は自国民の知恵を活用できているのだろうか。

その橋本さんはアルジェリアの人質事件について、「テロと同じで事前の情報収集は難しい。今回、英国の情報ソースも限られていたと思う。こうした場合は、政府がまず現地の民間企業にどんな情報が必要かを伝え、協力関係を築いておく努力が必要だろう。BPには英情報機関のOBが再就職しており、そうしたネットワークをいつでも活用できる体制を構築しておくことが重要だ」と指摘している。

インテリジェンスのもとになるのが語学力だ。日本では「英語より大切なのは日本語」「英語ができない人の就職活動」などの議論がよく聞かれるが、現地で言葉が通じる、通じないは生死を分ける。受験や就職のツールとしてではなく、世界では言葉はサバイバルのための必要不可欠なツールだ。

自衛隊法改正も必要な一つのステップであるのは間違いないが、日揮のスタッフがどこまで英語、フランス語、アラビア語を解したのか、1人でも多く、1つでも多く言葉がわかれば、生存率は高まっていたのではないか、と思うと非常に残念だ。

英国では、北、西アフリカの治安を維持するために欧州が米国の協力を得ながら、アフリカ諸国と連携してどのように関与していくのかが真剣に議論されている。原子力を除いた場合、日本のエネルギー自給率は2008年時点で18%から4%に下がる。脱原子力を声高に叫べば叫ぶほど、海外のエネルギープラントで働く日本人のリスクは必然的に高まる。

アルジェリア人質事件の「実名」「匿名」をめぐるエントリーで、夫がイラクのプラントで働いているという日本人女性から丁寧なメールをいただいた。日本のエネルギーを確保するため、危険を承知で働く誇り高き男たちの安全が少しでも高まるようにするために私たちに何ができるのか。

日本も北、西アフリカ、中東のエネルギーに依存するなら、その地域での安全保障に国としてどういう形で関わっていくつもりなのか。英国のマーフィー影の国防相が指摘するように言葉という情報収集とコミュニケーションの原点にまで立ち戻って、エネルギー、邦人保護をはじめ、国の安全保障をとらえ直す必要がある。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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