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アルジェリア事件「ペルー日本大使公邸占拠事件のような持久戦はあり得なかった」元外交官・水鳥真美さん

木村正人在英国際ジャーナリスト

アルジェリア軍の強行作戦で人質23人が犠牲になったとみられるイナメナス天然ガス関連施設の人質事件について、1996年のペルー日本大使公邸占拠事件にかかわった元日本外務省外交官の水鳥真美セインズベリー日本藝術研究所統括役所長=英国在住=は20日、筆者の電話インタビューに応じ、「イスラム過激派の作戦は単なる身代金目的とは考えられないほど大規模だった。過激派が人質を奥地に移して立てこもっていたら状況はさらに悲惨になっていた。今回の場合、ペルー事件のような持久戦はあり得なかった」との見方を示した。

元外交官の水鳥真美さん
元外交官の水鳥真美さん

――ペルー日本大使公邸占拠事件にはどういう形でかかわりましたか

「発生当時、米ワシントンで勤務していましたが、占拠事件でペルーの大使館が完全に機能を停止したため、スペイン語を話せるスタッフがリマに入りました。私はフジモリ大統領と旧知で現地対策本部顧問に起用された寺田輝介駐メキシコ大使をサポートしました」

――2つの人質事件の違いは

「ペルーの事件はリマの住宅街で起き、人質を取って立てこもったトゥパク・アマル革命運動(MRTA)メンバーも身動きが取れなくなってしまいました。時間をかけることによって彼らの勢力も弱まり、最小限の犠牲で解決できました。イナメナス天然ガス関連施設の人質事件はアクセスもない砂漠のど真ん中にある巨大プラントを標的に軍事作戦のような形で実行されました。過激派が人質を取って奥地に逃げて立てこもっていたら、さらに状況は悲惨になっていました。強行策の是非は今後の状況をみないと判断できませんが、一般的な評価として時間をかけることはできなかったのだと思います」

――人質事件に対する日本政府の方針は

「2004年にイラクで日本人3人が拘束され、解放の条件としてイラクに派遣されていた自衛隊の撤退が要求されたことがありますが、日本政府は応じませんでした。身代金や過激派の釈放などテロリストの不当な要求には応じないのが日本政府の方針です。ペルーの事件では日本政府に対する要求はありませんでしたが、寺田大使はテロリストとは決して交渉はしないけれども対話を通じて平和的な解決に導くのを大きな方針としました」

――ペルー事件でもペルー側から日本への事前通告はなかったそうですね。今回、アルジェリア政府は少なくとも日本と英国には強行策の事前通告はしませんでした

「ペルーの事件では事前通告はありませんでした。今回の人質事件でも事前通告なしにアルジェリアの作戦が始まり、被害者が出たことに多くの国が戸惑ったと思います。尚早にアルジェリア政府の対応を批判することは良い考えではありません。オバマ米政権は、許せないのはテロリストだと非難しました。外国人が巻き込まれたと言っても、事件はアルジェリアの領土内、しかも多国籍の企業による天然ガス関連施設という民間施設で起きました。国際的な地位が保障されている施設ではなかったので、事前に通告する義務はありません。これだけ多くの国が巻き込まれており、事前に通告してもらうべきだと考える国がある一方で、事前に連絡するとさまざまな反応が予想され、みんなが強行策に同意するとは考えられません。アルジェリア側からすると自分たちが責任を持って行うということだったと思います。先進国で起きた事件で先進国の訓練された部隊が救出作戦を実施する場合に比べて、アルジェリア軍の評価は決して国際的に高いわけではありません。それに対する懸念があったから英国も支援を申し出ていましたが、それが拒否されていたことに対する不満もあったのでしょう」

――アルジェリアは米国とフランスには事前通告していたとの見方もありますが

「そこはまだ何とも言えませんが、アルジェリアが強行策に踏み切るという限られた時間の中で、つながりの深い米国とフランスには事前に連絡しておこうという判断が働いたのかもしれません」

――海外で日本人が人質事件に巻き込まれた場合の体制は十分でしょうか

「1990年のイラクによるクウェート侵攻で日本人も人質になりました。地域担当の中東アフリカ局、邦人保護を担当する現・領事局が連携しつつ、外務事務次官が取りまとめることになりました。しかし、首相官邸や政治家、国会対応など、あまりに多岐にわたることが一度に起きたため、そうしたことに総合的に対応できるように総合外交政策局がつくられました」

――国家安全保障会議(日本版NSC)を作ろうという話もありますが

「ペルーの事件でも現地対策本部で警察、現・防衛省、現・厚生労働省の医系技官らが連携し、政府一体となって取り組んでいるという実態がありました。政治と官僚の連携も当然あるわけです。NSCを作るかどうかは危機管理だけの問題ではなくて、首相官邸をどう見るか。大統領制ではない議院内閣制の首相官邸にそういう機能を持たせるかは、国政全般にわたって首相官邸にどういう役割を持たせるかによって決まると思います」

――日本は海外で人質になった日本人を救出する仕組みがありません

「世界の中で自分たちだけで、またはどこかの国と協力して救出作戦を行える部隊を持っているのは米国、英国、フランス、イスラエルなど、それほど多くはありません。日本の場合は法律の制約もありますが、実際に部隊を持つ必要があるのかという現実的な考慮があります。重要なのは、いざというときに支援が受けられるよう、そうした能力を持つ米国や英国などときちんと連携が取れているか、危機のときに連携を引き出すことができるよう日本が常日頃からできることを国際的にやっているかどうか、ということだと思います」

――アルジェリアの人質事件をきっかけにどうした対応が必要でしょうか

「日本のみならずすべての国が考えなければいけないのは、リスクが高まっている国に、経済的な利益を第一に考えて進出するのかどうかということです。テロリストがいろんな国に広がり、連携を強める中で、リスクは高まっています。じゃあ出ましょうという判断をした後でも、アルジェリアのように民間警備会社による警備は認めないという国でどうするのかも考えなければいけません。国としては、なかなか個別の事案を判断できない場合があります。外務省はその国の危険度を判断した上で、以前のイラクでは政府関係者のように絶対必要な場合を除いて日本企業が進出することを自粛してもらいました。そこまでの段階でない場合は国というより企業の判断に任されるわけです。いざ今回のような事件が起きた場合、政府でもできることが限られていますが、企業ができることはさらに限られています。そんな場所に経済的な利益を優先させて出て行くのかという議論が今後、出てくると思います。自民党も民主党も資源開発について日本は積極的に出て行くべきだという流れになっています。多くの先進国もそう考えているはずです。資源がたくさんある場所の治安状況がテロリストの拡散で悪化しているとすれば、今後、企業は厳しい判断を迫られることになると思います。政府も資源開発促進の旗だけを振っているわけにはいかなくなります。今回の事件が示したことは、こうしたプラントがいったんテロの標的になってしまうと極めて脆弱だということだと思います」

■ペルー日本大使公邸占拠事件

1996年、天皇誕生日レセプション中のペルー日本大使公邸をトゥパク・アマル革命運動(MRTA)の14人が襲撃し、約800人の人質を取って占拠した。127日目、ペルー軍特殊部隊が強行突入し、人質71人を解放。救出作戦で人質の判事が死亡、特殊部隊の2人が死亡した。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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