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「アベノミクス」と「アサヒノミクス」

木村正人在英国際ジャーナリスト

26日の特別国会で第96代首相に選出される自民党の安倍晋三総裁が唱える金融緩和と財政出動によるデフレ脱却に25日付朝日新聞社説が「危ないミックス」は困るとかみついています。

保守政治家の安倍氏がケインズ的な政策を主張し、逆に左寄りの朝日新聞が財政規律を強調することに少し違和感を覚えます。安倍総裁は前回政権で失敗した反省から敵対していた朝日新聞のインタビューを真っ先に受けるなど、来年の参院選勝利を最優先課題として安全運転に徹しています。

右と左のイデオロギー闘争ではなく、政策論争は大歓迎ですが、やはり朝日新聞は安倍総裁に対する警戒心を解いていないように思います。

10年間で200兆円を投入するという自民党の国土強靭化計画の是非はさておき、デフレがこのまま続くと日本の公的債務は膨らみ続け、経済は死に絶えていく恐れがあります。

いくらでもお札を刷ることができる自らの中央銀行を持つ先進国では、1990年代に金融バブル崩壊を経験した日本に続き、2008年に世界金融危機に見舞われた米国や英国でも、政府の借金を積み上げれば積み上げるほど、逆に国債の金利が下がるという現象が起きています。

民間で債務縮小が進み、リスク資産が敬遠され、成長への期待が揺らいでいるため、金融機関が低金利でも安全な国債を購入する動きが拡大しているためです。

「日本化」とも呼ばれるこの状況が続くと、デフレに陥りかねないため、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長は失業率が6・5%に低下するまで事実上のゼロ金利政策を継続する方針を決定、英中央銀行・イングランド銀行の次期総裁、カーニー・カナダ銀行(中央銀行)総裁もインフレターゲットより名目GDP(国内総生産)を指標にすることを検討すべきだと考えています。

米国も英国も経済が息を吹き返すまでお札を刷り続けるようです。

英紙フィナンシャル・タイムズの経済コラムニスト、マーティン・ウルフ氏は筆者に「政府の借金が永遠に増え続けるよりも、中央銀行がお札を刷り続ける方がまだましだよ」とわかりやすく要点を指摘しました。

借金を抱えているときはデフレよりインフレの方が良いのです。

世界はバブル崩壊を日本より後に経験したにもかかわらず、金融政策では、これからインフレターゲットを導入しようという日本のはるか先を行っています。

朝日新聞が指摘するように、安倍総裁が日銀に随分、プレッシャーをかけたことで、政府の財政を日銀の財布でまかなうのではという懸念が膨らんでいます。

しかし、日銀の金融政策は、政府の意向とまったく切り離して進めることができるものではなく、総裁や副総裁人事、今後、政府とのアコードが結ばれた後、その達成状況が問われたとしても、中央銀行の独立性を脅かすものではありません。

「アベノミクス」で、1985年のプラザ合意以降、続いてきた円高がようやく反転する兆しが見えています。もちろん東日本大震災の福島第1原子力発電所事故の影響で、ガスや石油の輸入が増えて貿易収支が赤字に転落した事情もあります。

日本の家電が軒並み巨額の赤字を垂れ流す中、重電は好調、素材メーカーの国際競争力は依然として高いため、円安による輸出期待で日経平均1万2000円も夢ではないとの声が出ています。

これは「日本売り」ではなく、「日本買い」です。チャンスです。

英紙フィナンシャル・タイムズでアーカス・リサーチ東京駐在、ピーター・タスカー氏は「日本でさえ5年間のインフレ期待は国債金利を上回っている」と指摘しています。

朝日新聞が心配するように、国土強靭化でばらまきを始めれば市場から中央銀行が財政ファイナンスを行っているとみなされて国債金利が上昇する恐れがあります。

市場はすでに2003年に日本で長期金利が史上最低の0・43%まで下げた後、2%近くまで急上昇したVaR(バリュー・アット・リスク、市場リスクを統計的手法により測定した数値のこと)ショックの再来を警戒しています。

2020年までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化を図るという国際公約の達成を目指すのはもちろん、その一方で国債に流れ込んでいたおカネを成長分野の投資につなげる環境を整えることが重要です。

日本は人口減少という大変な難題を抱えていますが、女性の社会進出、非正規社員と正規社員の格差是正、労働市場の流動化など、労働力人口を増やす多くの政策に手が付けられていないだけに、改善の余地があるということができます。

日本の家電製品がどうして世界で売れなくなったか。日本向けに作った製品が世界で売れると考える方がおかしいと思います。成功と成長のキーワードは開国です。世界的なヒット商品の開発です。環太平洋経済連携協定(TPP)に前向きに取り組み、輸出産業の可能性を広げるべきです。

移民について日本ではアレルギー反応が根強いようですが、移民を受け入れることによって都市が国際化し、国民の国際意識が高められるのも、また、事実なのです。

日本は明治維新以降、海外に目を開いているときは順調に発展を遂げることができました。しかし、その目を閉ざし、内なる論理で考え始めたとたん、破滅の道を突き進みました。

国を閉ざしてしまうと、国際競争力を持つ優れた分野まで腐らせてしまう恐れがあります。「アベノミクス」は最後のチャンスに望みを託して打って出る作戦です。

もう、最後のサイは投げられました。前回、安倍政権のようなイデオロギー闘争に陥らず、メディアも建設的な議論を活発化させる必要性があります。日本の技術力やシステム管理、質の高いサービスでもう一度、世界で勝負する環境を整備すべきです。

好きでも嫌いでも「アベノミクス」をジャンプ台にして、成長を実現するしか日本には道がありません。次はおそらく、ないかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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