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英巨大ファンド日本人創業者が読む世界羅針盤 第3回 TPP参加か、鎖国するか、総選挙で徹底的に議論を

木村正人在英国際ジャーナリスト
巨大ヘッジファンド共同創業者の浅井将雄さん

・日本の金融ビッグバンはなぜ失敗したのか

問い ロンドンが金融ビッグバンに成功して、東京ができなかったのは、なぜか

「グローバルにポートフォリオを持っていくには、時間的なカバーレッジが東京とニューヨークの間にあるロンドンが適している。株の時価総額も資金の流れも大きいニューヨークを俯瞰できるメリットも非常に大きい。ロンドンは規制緩和が非常に進んでいる。サッチャー政権下のビッグバン(1986年)は非常にうまく作られた仕組みだ。日本も橋本龍太郎首相(1996~1998年)の時に金融ビッグバンを目指した。なぜ、日本がアジアの中心になれずに、ロンドンが欧州の中心になれたかというと、ロンドンは欧州のすべての金融機関のトレーディングルームをロンドンに移すことに総力を挙げた。ドイツ銀行、スペインのサンタンデール、フランスのBNPパリバのディーリングルームも1990年代には自国にあったものをロンドンに集めた。EU法が持つインパクトは非常に大きくて、EUの中であれば人はどこでも自由に移動できる。法律も統一されている。日本はアジアと移民についてすり合わせたことはないし、税制を統合したこともない。欧州は、かなりの部分でオーバーラップしている。各国のディーリングルームをロンドンに誘致したことが非常に大きい。ユーロの拡大とともに、ロンドンは徐々に債券、為替で世界最大規模の市場を持つことができた」

問い ロンドンの強みは

「人材が集中していることが非常に大きい。われわれのビジネスはプラットホームも非常に大きなキーになるが、人材という面では人が収益を生み出していくという部分があるので、優秀な人材を大量に確保することができる環境を整えたロンドンは欧州の中で人を集めることにうまく成功した。もちろん英語が母国語という国際金融をやっていく上で最大のメリットもある。戦前から脈々と続く金融街シティーの歴史を絶やさずに常に新しい血を外部から取り入れながら、ウィンブルドン現象といわれるように、マーケットプレーヤーとして大きく力を持っているのが英銀のHSBCでもバークレイズでもなく、米系金融機関であったり、日本の金融機関であったり、世界中のプレーヤーがその土俵でプレーする仕組みづくりにうまく成功した。そこに人が集まってきて相乗効果を生んだ」

・ウィンブルドン現象

問い 日本では「ウィンブルドン現象」という言葉は、外国人プレーヤーばかりが活躍して自国プレーヤーが目立たないというマイナスの意味で使われるが

「国家観に近いものになる。今は欧米のオープンプラットホーム型の国家というのが、グローバル化という時代に非常に合っていたので、1990年代後半から一つの成功モデルになった。IT(情報通信技術)化でグローバルな土俵が出てきて、グローバルに戦うのが基本になっているので、オープンプラットホームという形の国が勝ち組になっている。しかし、その一方で江戸時代の人々が鎖国というクローズド社会で不幸せだったかというと、意外とそうではなかったかもしれない。最終的には国家観による。今、野田佳彦首相がTPP(環太平洋経済連携協定)をやると言っているが、開いた国家というのが国家として正しい形かはわからない。クローズドにして日本人は日本だけでやっていくという態度も国家観としてはある。そこがきちんと議論されないまま、日本だけ開国が遅れて世界の潮流に乗り遅れてしまって弱者になっていくという構図は避けなければいけない」

「日本は戦後、貿易立国として世界最先端の技術を持っているので、技術力に世界の優位性がある場合はオープンプラットホームの方が、メリットがあると思う。他に対してまったく優位性がなければ江戸時代みたいに鎖国してしまうことによって、欧米の時代からは遅れたが、200年を超える非常に安定した時代があったのも事実。どちらが良いのかは国家観、国民と政治家の価値観だと思う」

問い TPPについてどう考えるか

「今、日本が多少でも国を開かないと、シャープとかパナソニックとか、日本はまだ大きな国として供給が過剰になっているのだから、需要を求めてオープンの方へ行くというのが、経常収支が黒字のうちはやった方が良い政策だと思う。ただ、マクロな見方だけでは国は動かせない。総選挙で各党が政策を闘わせることが大事だ。前回、日本の民主党が勝ったマニフェスト(政権公約)選挙の結果、結局は何も実行されなかった。日本は政権交代可能な二大政党制を目指して小選挙区制を取り入れたが、中選挙区型の各党が乱立して連合していく方が合意を形成しやすい国だと思う。日本は国とか国家観が、二大政党が定着している英国や米国とは大きく違うと思う」

問い TPPに入ると、何が起きるのか

「オープンにすると人が入ってくる。オープンにすればするほど人が入ってくる。各国と競争していかなければならない。競争すればあつれきも生じる。移民をどうするか、国土をどうするか。今、日中間は尖閣諸島の問題で揺れているが、オープンな世界に行けば行くほど国土をどうするかという問題は出てくる。外国人に差別があるような国に外国人は入ってこない。出て行くときも自由、入ってくる時も自由、ある一定の制限はあると思うが、日本はイコール・オポチュニティー(機会の平等)を現実的にできるのかどうか、それが問題だ」

編集後記

筆者は経済の専門記者ではないが、日本の新聞を読んでいると、どうも日銀や財務省、また政党を代弁したような記事ばかりのような気がしてならない。アナリストの分析にしても世界と時代の流れという大きな視野を欠いているように思える。そこで、ノーベル経済学賞受賞者がアドバイザー、「ミスター円」と呼ばれた榊原英資氏が取締役、スタッフとして世界中の博士号取得者を集める巨大ファンドの共同創業者に、一から世界経済について尋ねてみようというのがこのインタビューの趣旨である。

浅井さんの性格は真摯で気さく。初めて出会ってから5年以上経つが、人間の器も、経済を見る眼もどんどん成長している。浅井さんの厚意に甘えて、今後、ひと月に一度ぐらいのペースで世界経済について尋ねていこうと思う。

(おわり、次回は12月に掲載)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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