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なぜセ・リーグがDH制? 「恩讐」が築き上げたパ・リーグの強いチーム作りの差

木村公一スポーツライター・作家
写真=筆者

 今オフ、プロ野球界で注目を集め話題となった『セ・リーグのDH制問題』。いうまでもなく発端は日本シリーズでソフトバンクに2年連続敗退、それもただの1勝も出来なかったことに起因して、巨人の原監督が「セ・リーグでも導入すべき」と声を上げたことだ(原監督の公言は、正確には昨季オフからだが)。そして呼吸をあわせるように、12月14日には理事会で巨人の山口寿一オーナーが暫定的な形での導入を提案した。結果、理事会では提案それ自体検討されなかったが、ファンやメディアでは概ね肯定的、つまりセ・リーグのDH制導入に賛成する声が多いようだ。

 山口オーナーは恒久的な導入ではなく、あくまで来季もコロナ禍でのシーズンが予想されるため、投手の疲弊などを勘案した「暫定的なもの」と趣旨を述べているが、球界関係者やメディアの中からは「一度実施し、なし崩し的に正式導入に持ち込みかねない」と訝る声も聞かれる。いずれにせよ現在の雲行きでは他のセ・リーグ球団が消極的なため、来季の実施はなさそうだ。

 巨人が(正確には原監督が)DH制の導入を提唱するのは、ひとえにパ・リーグと互した戦いをする攻撃力を持ちたいと考えているからに他ならない。投手の代わりに打者がひとり入る。当然、攻撃力はアップする。そういえば以前、巨人の某有力選手にインタビューしていたとき「うち(巨人)は7人野球だからなあ」と冗談めかして話していたことがあった。7人。つまり残りの2人は投手と、打撃が弱いとの評判の某捕手を示唆していたわけだ(苦笑)。

 しかし、たとえ巨人含むセ・リーグがDH制を導入したとしても、現在のパ・リーグのような攻撃的野球がたやすく実現出来るかと言えば、「?」マークが付く。言うなればパ・リーグの野球は、単にDH制だけで強化されたものではないからだ。それは、あえて言えばパ・リーグ球団の、セ・リーグに対する「恩讐」が築き上げた野球スタイルと称してもいいかも知れない。

同じ野球をしても勝てない

 2004年。パ・リーグの近鉄とオリックスが合併し10球団1リーグ制になりかけた。最後は楽天が誕生して現状維持となったが、それ以前から「人気のセ、実力のパ」と称されるほど観客動員含めた収益や人気度は、常にパ・リーグはセ・リーグの後塵を拝してきた。不人気ぶりは深刻で1975年にはその3年前にメジャーのアメリカン・リーグが採用したDHを導入し、攻撃的な野球との差別化とファン開拓を模した。

 また西武の黄金期が、パ・リーグの野球の質を変えたともいえる。とくに80年代の黄金期。当時の近鉄・仰木彬監督がこんなことを言っていた。「緻密な西武野球に勝とうとしたら、同じ野球をしていてはダメだ」。それが猛牛打線という、負けるときは脆いが勝つときは途轍もない爆発力を発揮する「いてまえ打線」を生むきっかけとなり、他チームも1点を守り勝つのではなく、より多くの点を奪う野球スタイルに同化していった。

 と同時に、ドラフト戦略もまたパ・リーグの野球を変えた。かつて、パ・リーグ球団の幹部にこんなことを聞いたことがある。

「ドラフトでは、とにかく知名度のある選手、その年の目玉選手はパ・リーグが獲得しよう。裏で申し合わせこそしていませんが、パ・リーグ各球団ではそんな暗黙の了解があるんです」

 たとえ自軍が獲れなくても、他の5球団のどこかが獲得してくれれば、注目と集客に繋がる。その結果がWBCなど国際大会の代表メンバーの大半が、パ・リーグ所属選手といった形に表れていった。

 150キロ超のストレートをどんどん投げ込む投手が各球団複数現れることで、その投手をいかに打ち崩すかという文字通り攻撃的な打撃スタイルが、より一層求められる。そうやって台頭してきた打者を、投手たちもまた変化球でかわす投球ではなく、力で抑えようとする。その相乗効果が現在のパ・リーグ野球の核になっているのだ。

 当然、日々の練習姿勢も違ってくる。たとえば、あるパ・リーグの球団からセ・リーグの球団にトレード移籍した選手が、以前、こんなことを話してくれた。

「新人で入団したとき。自分がいたチームでは高卒、大卒問わず、打者はまず投手の速球をいかに打てるか、という基本からスタートさせ、徹底している。そのために速球に対応できるスイングと身体を作るようになるわけです。ところがセ・リーグのチームに来てみると、速球をきっちり打てるようになる前に、やれ変化球にも対応しろとか指導が中途半端なんです」

 そう聞いていくつかの球団関係者に質すと「まず速球をしっかり叩ける身体作りを徹底するのはパ・リーグの傾向。なんでも平均的に教えたがるのがセ・リーグの傾向」と答えが返ってきた。それから数年経ってはいるが、大きくは変わってはいないだろう。

 いわばドラフトと育成。チームを為す骨子の部分で、パ・リーグ球団の多くには、今日のような野球スタイルを築くだけの時間と変遷があったということだ。DH制は、その一部に過ぎない。

目指すべき道は他にある?

 今後、セ・リーグがDH制を導入するようになるのかどうか。それはわからない。ただ明らかなのは、制度だけ取り入れても「強いチーム作り」は別の次元にあるということだ。

 ひとつ疑問に思うことがある。

 なぜ巨人は、セ・リーグチームは、強かった時期の「広島野球」に着目しないのだろうか。打者は選球眼を徹底して磨き、投手を苦しめ四球をより多く奪う。そして打者がバラバラではなく、打線として狙い球を絞り、力強く、かつシャープな打撃で得点を挙げていく。あのような野球こそ、セ・リーグならではのものであり、同時に世界と対峙したときにも通用するスタイルのように思える。なにも投手の代わりに打者ひとり加えずとも、強いチームは構築できるのだ。

 たしかに打ち気のない投手が打席に入るナンセンスさはあるだろう。代わりに打者がひとり加わることで、相手投手らの成長を促すという考え方にも説得力はある。

 だが、ものまねは所詮、ものまねでしかない。考えるべきこと、目指すべき先は別の方向にあるとは思わないだろうか?

スポーツライター・作家

獨協大学卒業後、フリーのスポーツライターに。以後、新聞、雑誌に野球企画を中心に寄稿する一方、漫画原作などもてがける。韓国、台湾などのプロ野球もフォローし、WBCなどの国際大会ではスポーツ専門チャンネルでコメンテイターも。でもここでは国内野球はもちろん、他ジャンルのスポーツも記していければと思っています。

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