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グレーゾーンをぐいぐい行く、直球勝負の17歳。見終わってスカッとする映画『アイ・ネバー・クライ』

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
出稼ぎ移民に対する扱いは、欧州に残るグレーさの象徴だ

サン・セバスティアン映画祭で見た一本。ダルデンヌ兄弟の名作『ロゼッタ』を思い起こさせる、馬力のある少女が主人公。合法、非合法関係なく、目的達成のために手段を尽くす。ガラスを割ったり、押し倒したりの腕力も厭わないところが少女らしくなくて、逆に気持ちいい。

普通、官僚組織というものは融通が利かないのが特徴で、できないものはできないのだが、合法な社会の非合法なもの(=例えばスペインでも誰でもやっている闇雇用)の世界では、粘ったり情に訴えたりすることで何とかなったりする。

ルールに外れた世界だからこそ、ルール外が認められやすい。普通はできないこともしつこく食い下がることで、まあ大目に見てやるかとなったりする。

彼女の父は祖国ポーランドを離れ、単身アイルランドへ出稼ぎに行っていた。立場の弱い移民を利用して金を稼いでやろう、というあこぎな会社によって、彼は非合法の世界に踏み込まざるを得なくなるのだが、そういうグレーゾーンを少女はぐいぐいと元気よく泳いで道を切り拓いていく。

これ、舞台が日本で、主人公が中国人の移民の娘だったら、どうなっていただろう?

まなじりを決して粘る、頑張る、強引に行く17歳
まなじりを決して粘る、頑張る、強引に行く17歳

主人公の性格がよくわかる予告編はここの「VIDEO」をクリック

■日本だと成立しない物語かも?

“社会の弾力性”とでも呼ぶべきものが、日本と、私の住むスペイン、作品の舞台アイルランド、そして欧州一般とでは大きく違う。

例えば、スペインでは提出期限の切れた書類も、窓口の担当者の機嫌が良ければ受け付けてもらえたりする(経験から言って、情に訴えることで融通が利くのは女性が多い。男は頭が固くていけない)。

アイルランドのグレーな世界だから少女はぐいぐい行けた。日本のホワイトな世界だったら父親は正規雇用で、中国から訪ねて来た少女も強引な手を使わずに済み、ドラマになっていなかったかもしれない。あるいは官僚組織の壁にぶち当たり泣く泣く帰国で終了、なんてことになっていたかもしれない。

緩みとか隙のない日本だと、未成年の外国人少女が単身で乗り込んで来てぐいぐい行くドラマは成立しにくい。

父と娘には一つの約束があった
父と娘には一つの約束があった

とはいえ、弾力性がない日本が駄目なわけでは決してない。

弾力性とはいい加減さのことでもある。いい加減な社会がいかに頭に来ることか!

お役所でも銀行でも、窓口で延々と粘り泣き落としをする人がいるお陰で、簡単な手続きが遅々として進まず、期限を大幅にオーバーした挙句、結局実現しなかったりする。スペイン人が時間にルーズなのは、情に流されルールを守れない人が多いからでもある。

少女はそういう情に流される人に助けてもらいながら、グレーで非情な世界に立ち向かっていく。

■ポーラインドでは身近な出稼ぎ移民

今年のサン・セバスティアン映画祭で見た14本のうち11本で女性が主役だったが、ピオトル・ドマレフスキ監督は、特に女性のための作品を撮ろうとしたわけではないらしい。前作の主役が男性で、順番で女性にしただけ。ただ、未成年の女性が異国へ行くという設定の方が、未成年の男性よりもドラマになりやすい、という計算はあった。

2004年のポーランドの欧州連合加入以降、西欧への移民が急増。この物語のように出稼ぎによる父親不在の家庭が珍しくないようで、ピオトル監督の4人の姉妹が夫不在の境遇を生き、兄弟の1人が移民先で差別的な扱いを受ける、ということもあった、という。主人公を演じた女優も、父親の出稼ぎに同行しダブリンで生活をしていた経験の持ち主だ。

いずれにせよ、見終わってスカッとして、題名に納得する。そんな作品で、日本での公開を期待したい。

ダブリンの若者たちと比べると、彼女は純朴で真っ直ぐ
ダブリンの若者たちと比べると、彼女は純朴で真っ直ぐ

※写真提供はサン・セバスティアン映画祭

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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