コロナ禍に見るべき映画『ニュー・オーダー』。“世界新秩序”と“新しい生活様式”

作品の一場面に見えるが、これは現実。イタリアでのロックダウンに対する抗議行動(写真:ロイター/アフロ)

世界なんてあっという間に変わる――コロナ禍の教訓はこれだ。

戒厳令が敷かれるなんて1年前、誰が想像しただろうか?

夜11時を過ぎれば歩いているだけで警察が飛んで来る。良くて罰金、歯向ったりしたら逮捕である。政府は「夜間外出禁止」と呼んでいるが、実質は戒厳令。軍事政権や独裁政権が治安維持のために行うものと制度的には同じ。まあいきなり警棒が飛んで来たり発砲されることはないが。

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街がマスクをしている人で埋まるなんて1年前、誰が想像しただろうか?

スペイン人のマスク嫌いは習慣の違いだけではない。マスクが言論を物理的に塞ぐもの「猿ぐつわ」を連想させるからだ。

陰謀論が生まれ信じられる理由

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戒厳令は活動の自由を、地区外へ出ることの禁止は移動の自由を、マスクは言論の自由を侵した。

すべて、感染防止のためである。

だが、本当にそうか? 2度目の非常事態宣言を出したサンチェス首相は誰か「上」の命令で動いているのではないか? 嘘のウイルスを言い訳に「上」の支配力強化は進み、「新しい世界秩序」が打ち立てられる準備が着々と進んでいるのではないか?――こういう「上」や「世界新秩序」(ニュー・ワールド・オーダー)の存在を信じているのが陰謀論者であり、スペインにも一定数いる。

世界経済を破壊するような陰謀なんて、「上」も「下」も得をする者は誰もいない、と、常識的には思う。だが、常識外の出来事の連続は冷静な判断力を奪う。不穏な空気、暗い先行き。“もしかしたら”という疑念が生まれる――そういう心の隙に、映画『ニュー・オーダー』はするりと入り込んで来る。

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この作品を見て、今の私たちの非日常的な日常を思い浮かべない者は皆無だろう。

コロナが軽々と壊した民主主義

舞台となるメキシコには大きな貧富の差がある。それは映画『ROMA/ローマ』でも描かれていた通り。

だが、あの作品のように富める者と貧者が支え合って生きる、といった清々しいものでも、前者が「悪者」で後者が「良い者」というありがちなものでもない。虐げられた者の反乱が起こると、「虐げて平気な金持ち」VS「虐げられて可哀想な貧者」と、我われの頭の中には刷り込まれているが、そんな古びたモラルを再確認して安心するために撮られたものではない。

なにせ、ニュー・オーダー、新秩序なのだから。

スペインは左翼連立政権である。左翼だから人権や自由を尊重しているのだが、それでも戒厳令を敷かねばならなかった。民主的な手続きを経ていては間に合わないから、非常事態宣言は出された。壊れた民主主義の下で生きていくのが、新しい生活様式である。

作品名も中身もコロナ禍を予想していたかのよう。もしかしたら……。

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文中の写真提供は、サン・セバスティアン映画祭

※『ROMA/ローマ』についてはここに書いた