「倒錯、セックス、暴力」(記者)と「愛と孤独と優しさ」(監督)。映画『ハイ・ライフ』の評価はどっち?

ジュリエット・ビノシュは会見で「クレージーな映画」と形容していたが

こういうのを「賛否両論!」とか「問題作!」というのだろう。

『ハイ・ライフ』は不思議な作品だ。サン・セバスティアン映画祭で批評家賞を獲りながら、記者会見では否定的な質問が相次ぎ、監督が反論せねばならなかった。レビューでの評価も最高か最低で中間が無い。

日本での公開は4月19日とまだ先なのでストーリーは紹介しない。日本語の公式サイトの文言だけを抜き書きすることにしよう。本記事の目的は、ネタバレで映画館から足を遠のかせるためではなく、みなさんに実際に見てもらって感想を聞くことにあるからだ。

※それでも、初見のショックを大切にしたい、予見が裏切られたことで衝撃を受けたい、という人はここから先を読まないで、真っ直ぐ映画館へ

まず「衝撃の近未来SFスリラー」というキャッチフレーズ。「衝撃の」は合っている。「近未来」もOKだ。「スリラー」とも言えなくない。「SF」というのが引っ掛かる。

フィクションではあるが、これサイエンスだろうか?

SFのうちサイエンスの方は疑問

宇宙服や船内の内装、宇宙船の形、無重力状態や気密の描写……。突っ込みどころ満載である。

宇宙船は牛乳パックのようだが、これクレール・ドゥニ監督はわざとやっている。空気抵抗がないのでどんな形でも良い、と、あの形を選んだそうだ。宇宙服はペラペラだし、船内の壁や扉はプレハブのよう。船外活動では重力を感じさせるシーンもある。

わざとチープにしているのだろうし、ファンタジーだからそんな細かなことを気にするな、ということなのだろう。この作品はそこでは勝負しない、という宣言なのかもしれない。

この装備のチープさに気を取られると迷子になる。これも監督の“罠”の1つなのか?
この装備のチープさに気を取られると迷子になる。これも監督の“罠”の1つなのか?

それはそれで構わない。

しかし、記者会見での監督の説明によると、彼女とキャストは宇宙物理学者とミーティングし、無重力状態を体験するためのプールでのトレーニングも経験したのだ、という。その割には、科学的な考証が……とまた突っ込みたくなる。

乱雑で取り散らかった船内というのは、最近のSFではすっかりお馴染みの光景だ。

宇宙船が生活の場なのだからクリーンで非人間的である必要は無い。監督が影響を受けた作品として挙げている、アンドレイ・タルコフスキーの『惑星ソラリス』でもそうだった。

だが、乱雑さにはリアリティがあるが、チープさは逆にリアリティを遠ざける。未来で、太陽系外でそれはないだろ、という違和感が物語への没入を妨げるのだ。

パッケージと中身の違いは大歓迎だが…

もう一つ公式サイトから引用する。

「死刑囚だけを乗せていた宇宙船内で行われていた実験とは――!?」。このフレーズは合っている。何か面白そうな設定である。

が、さっきの「衝撃の近未来SFスリラー」とこの設定を頭に見に行くと、裏切られるだろう。あなたは「そういうお話ではない」、と思うに違いない。作品の第一印象を決める日本版のポスターが、どんなものになるか楽しみだ。

死刑囚たちの実験とミッションにはそれなりに理屈があるが、やはり変
死刑囚たちの実験とミッションにはそれなりに理屈があるが、やはり変

もちろん、その手の裏切りは大歓迎である。

問題なのは、そのサプライズが心地良いものか、それとも残念なものか、だ。

死刑囚がなぜ乗せられているのか、実験とは何かという説明は一応ある。だが、そんなことは見ているうちにどうでも良くなる。

繊細なメッセージと強烈な描写の落差

監督の言葉によると「愛と孤独と優しさについての映画」だそうだ。

しかし、このメッセージは強烈な別のものに邪魔されて、見ている方に伝わっていない可能性が高い(私にも伝わらなかった)。

記者会見で記者たちの口から出た質問には、「暴力」「セックス」「エゴ」「絶望」「ビジュアル的苦痛」「倒錯」という単語が含まれていた。「愛と孤独と優しさ」とは真逆である。強烈なシーンや描写にショックを受けて、そっちが頭に残ってしまうのだ。

監督はそうした質問に反発して、なぜ「愛と孤独と優しさ」なのかを説明している。その理屈は驚くほどナイーブで、そんなことを言いたいがために作ったの?と思ったが、ネタバレになるので公開まで伏せておこう。

ロバート・パティンソンは美しいだけの俳優のイメージをすっかり払拭した
ロバート・パティンソンは美しいだけの俳優のイメージをすっかり払拭した

"美しくない”ジュリエット・ビノシュの女優魂

ロバート・パティンソンとジュリエット・ビノシュが出ているが、『トワイライト』シリーズの彼、『ショコラ』の彼女とは全然違う。特にビノシュは、女優魂というかよくそこまでやったな、という感じだ。『アンチクライスト』や『ニンフォマニアック』でのシャルロット・ゲンズブールを思い出した。もちろん名演である。

ビノシュは「美しい映画しか撮らないじゃないか」とジェラール・ドパルデューに挑発され、そうでない役に挑戦するようになった、と過去のインタビューで言っているから、この作品の役もその一環なのかも。

ここには孤独はある。が、愛と優しさはむしろ拒否したような描写が続く
ここには孤独はある。が、愛と優しさはむしろ拒否したような描写が続く

いずれにせよ、監督のメッセージをそのまま受け取れないのは、私の頭が悪いということかもしれない。批評家賞に値するか、批判に値するか。

4月19日公開、あなたたちのクレバーさに期待したい。

写真提供/サン・セバスティアン映画祭

映画祭提供の予告編はこちら。