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乾貴士、ベティス移籍が実現すれば、どう「変身」せねばならないか?

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
プレミアスタイルのエイバルとリーガスタイルのベティスでは、やるべきことが全然違う(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

1週間ほど前、「乾のベティス移籍が確実」との報が出た。私はセビージャに住んでいるのでベティスのホームゲームはほぼすべて取材しているし、監督のキーケ・セティエンにも昨年11月ロングインタビューをしているので、彼のプレー哲学は承知しているつもりだ。

もし乾がベティスに来ればどうなるか? どう使われるか? エイバル時代とはどう変わらねばならないか?

移籍実現を前提に話していきたい。

乾は「リーガの本質」を知ることになる

まずベティスのサッカーとエイバルのサッカーはまったく違う、ということを承知しておくべきだ。

DFラインを高く保ちアグレッシブなプレスでボールを奪いに行く、という点では共通。違うのはボールを奪ってから。最短距離・最少時間でゴールを目指すエイバルに対して、ベティスは速攻一辺倒ではなく、パスを多数繋いで相手を揺さぶりギャップを作ってゴールを奪う、という遅攻のパターンも持っている。その差はボール支配率を見ればよくわかる。エイバルのそれが50%を超えることがほとんどないのに対して、ベティスのそれは60%台が普通で70%を超えることもある。

エイバルのメンディリバル監督にも2度インタビューしているのだが、彼は「ボールポゼッションにはこだわらない」と断言していた。対照的にセティエンの信念は「ボールを持つこと」。アグレッシブで縦に速いエイバルのサッカーはイングランドサッカーのスタイルにたとえられ、メンディリバル本人もプレミアリーグへの憧れを隠さない(来季はプレミアリーグで監督しているかも)。一方セティエンはクライフの信奉者であり、ベティスのサッカーはバルセロナとの共通点が多い。そして、バルセロナはボールポゼッションにこだわるリーガのスタイルを代表するチームである。

つまり、移籍によって乾は「プレミアスタイル」から「リーガスタイル」への変換が強いられることになるのだ。メンディリバルという恩師の下でリーガでは例外的なスタイルを学んだ彼は、セティエンの下でリーガエスパニョーラの本質と言えるポゼッションサッカーを学ぶことになる。ある意味、これが“本格的なリーガデビュー”と呼べるかもしれない。

サイドでなく中で器用にパスを繋げるか?

[4-4-2]の左サイドで固定されている乾のポジションも変わらざるを得ない。

セティエンと言えば、前任のラス・パルマス時代は[4-3-3]だったが、ベティスでは加えて[4-4-2]、[4-2-3-1]、[3-4-3]、[3-5-2]を使い分けており、乾もそれぞれに適応せざるを得ない。最もやり易いのがエイバルでも経験がある[4-4-2]と[4-2-3-1]の2列目左、次に[4-3-3]と[3-4-3]の3トップ左、 最も難易度が高いのが[3-5-2]の2列目の左インサイドだろう。

求められるプレーも当然違う。

エイバルでは左サイドに張って待ち対角線ドリブルからのシュート&センタリングというのが、乾の最大の見せ場だったが、ベティスではそれだけでなく内側や下がった位置でボールに絡まなくてはならない。左サイドのスペースのあるところでの大技(ドリブル)はシュートやセンタリングに直結する場面のみ。ボールポゼッションに貢献するためにはスペースのないところでの小技(ワンツーなど)も必要なのだ。

この小技を器用にこなせるかが、乾がベティスで成功するための最大のカギだろう。

エイバルでもスペースのないところでは苦戦している。左SBホセ・アンヘルが大外から回り込んで乾が内側に入ったり、相手にベタ引きされた状況では有効なプレーができていない。遅攻が多くなるポゼッションサッカーでは相手にスペースを埋められるというのは、構造的な課題である。そこで乾が解法を見つけられないとレギュラーの座はつかめない。

テージョ止まりかホアキン伝説の後継者か?

乾の未来を占う2人のプレーヤーがいる。吉凶の「凶」であるクリスティアン・テージョ、「吉」であるホアキン・サンチェスだ。

ともに左サイドのウインガーで乾と同タイプだが、テージョは小技に苦労してベンチを温めており、ホアキンは見事に適応し36歳にして全盛期のようなプレーを見せている。バルセロナ出身のテージョの苦戦は意外だったが、スピードにあふれた単独突破は魅力でも、仲間とのコンビネーションではミスが目立つ。対照的に、ドリブラーとしてはスピードが衰えたホアキンはトップ下もこなせるテクニシャンに変身し、どこにでも顔を出しパス交換の要として楽しそうにプレーしている。

ホアキンがどのくらいボールに触っているかを証明するデータがある。

彼が最後にフル出場したバレンシア戦(第27節)でのパス本数は62本。ちなみに乾が最後にフル出場したレアル・マドリー戦(第28節)では23本だった。

ポゼッションサッカーでは、左サイドであっても毎試合45本~60本のパスを出す必要があり、その成功率でレギュラーに定着できるかどうかが決まる。

もし、乾が小技を苦手にするのなら、残り15分での攻撃要員としての起用に留まるだろう。

だが、もし小技にも活路を見いだせるのなら、ベティスの伝説ホアキンの後継者の座も目指せるのだ。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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