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38歳の町田FW鄭大世が語った“引き際の美学”「自分のプレーに納得できなかったら辞める」

金明昱スポーツライター
鄭大世が自身の引き際について熱く語ってくれた(写真:松尾/アフロスポーツ)

 今年3月、FC町田ゼルビアのFW鄭大世に久しぶりに出会った。

 Jリーガーの中でもこれだけ話のうまい選手も珍しい。テーマはクラブハウスに関する話だったのだが、案の定、色々な方向に話が飛んだ。感受性が高くて繊細なところは、出会った当初から変わっておらず、常に何かを考えている。

 フィジカルと体幹の強さは、彼の強じんな体つきを見てもわかるが、一方で「メンタルは強くない」と正直に話す。プロ入り当初、自分の精神面を「ガラスのハート」と表現していたが、うまく言うものだなと思った。

 言葉の表現がとても巧みで、歳を重ねるごとにプレーも人生観も深みが増しているように感じている。

 朝鮮大学校サッカー部時代から彼のプレーを見てきたが、もう38歳になったと思うと時が経つのは本当に早い。

 在日コリアン3世として、小学校から大学まで朝鮮学校で育ち、無名の選手が川崎フロンターレでプロデビューした当初の情熱話もたくさん聞いてきた。

 Jリーグ屈指のFWに成長し、北朝鮮代表として2010年南アフリカワールドカップにも出場。さらにドイツでもプレーし、それこそ自分が想像していた以上のサッカー人生を歩んできたと思う。

 現在のカテゴリーはJ2で38歳。現役をどこまで続けるのか――。そんなことも頭によぎる年齢だろう。鄭大世はサッカー選手としての“引き際”をどのように考えているのか。彼ならではの深い“心算”があった。

「今の自分がやれているのは周囲に感謝」

 今もこの年齢で辞めないのは、“辞める理由がない”だけです。

 カズ(三浦知良)さんが「どれだけ高く登るかで、どれだけ長くやれるかが決まる」と言っていて、確かにそうだなと思います。

 Jリーグで活躍しても、結局、試合に出られなかったらすぐにJ2となるし、それでもダメならJ3に落ちますよね。そうなったらどこで辞めるのか、どこで切るのかと考えることはあります。J3だと生活できなくなって、さらに養う家族がいると「辞めなきゃいけないよね」となると思います。

 ただ、ある程度までプロ生活を送ったらキャリアが付いて、箔(はく)が付きます。それに対する年収、年俸もそこに付け加えられるので、難しいんです。

 僕がここまで長くやれている理由は、できるだけ高く登ったということ。あとは自分の中でマイナーチェンジしているからです。

 Kリーグの水原三星時代の3年目と清水エスパルスでブレイクできたので、それが評価されて、長くやれていると思います。

 ただ、ここ3~4年はスタメンで試合に出ることは少なくなりました。そういう状況で今も町田に契約してもらえているのは、節目でプチブレークがあったからです。

 僕は34歳が一つのポイントかなと考えています。周囲を見渡すと33~34歳くらいでJ2、J3に行く選手が多い。そこでもう一つ上に行くためには、もう一回インパクトを与えなきゃいけない。

 それができたから今できているのと、周りに感謝です。それに運もあって、いろんな巡り合わせでここまでできていると感じます。

「『FWだからいい』という言葉に甘やかされてきた」

 世間はベテラン選手のことをどう見ているかと考える時があります。きっと走れないと見られているし、能力も衰えたなと見るはずです。

 もちろん年々、コンディションの維持は難しいですが、僕は今も筋トレをちゃんとしていて、ベテランでも使ってもらえる準備はしています。

 もちろん20代の頃のように川崎フロンターレ時代のスプリントができるかと言われれば、できません。その中でも筋肉は落とさないようには意識していて、心肺機能もそんなに落ちないもんですよ。

 トレーニングをちゃんとやれば体力は落ちない。ただ、スタッフは「もうお前はこれぐらいでやめておけ。ベテランだから」と絶対に言うんです。そこが一番問題です(笑)。

 そこで頑張って結果を残しても使われなかったときは、気持ちが落ちるところまで落ちます。どちらかと言えば、怒りをエネルギーに変えるタイプ。

 それはどうやら“劇薬”らしいんです。自分のペースで淡々とやって成長していく人のほうが一番いいそうです。人と比べたり、人からどう思われるかを気にして、試合に出ていない状況が悔しくて思いっきり頑張って、でも報われなくて…。

 それでも続けてまた打ちひしがれて…。それは劇薬を飲んでいるのと同じで、その後の後遺症がすごいらしいんです。だからすごくしんどい時があります。

 人間ですから目の前で苦しい状況の時に、こんな性格なので「まあ、いいか」と思えないことが多いです。

 だから、歳を取ったら落ち着くというけれども、全然落ち着かない(笑)。

「フォワードだからそれでいい」という言葉に、今まで甘やかされてきたんです。それで許されていたけれども、正直痛い。自分の姿を見ていたら、痛々しいですよ。ふてくされたりするんですから、ふと思うと恥ずかしいです。

「中田英寿さんみたいにさっぱり辞められない」

 引き際についてもよく考えます。

 でも中田英寿さんみたいに、さっぱりと辞められないものです。基本的にサッカー選手は、三浦知良さんのように納得がいくまでサッカーをやるのか、辞めるのか、どっちかの種類だと思うんです。

 最近はお金ももらわず、地域リーグでもプレーしている選手も増えていますよね。僕はそこまでサッカーが好きじゃないと思うんです(笑)。

 というのも去年、現役引退した元日本代表FWの田中達也さん(現・アルビレックス新潟コーチ)は、チームで全くメンバーに入っていなくても、すごくサッカーを楽しんでやっていたんですよね。

 一生懸命努力して常に自分を磨いて、今これが足りないから、この練習を付き合ってみたいなのをずっとやっていて、「いや、すごいな」と。田中達也さんは自分よりもサッカーが好きなんです。

 それなのに僕は自己中で、サッカーより自分が好き。正直に言えば、自分中心でない今の状況というのは、苦しくてしょうがない。「スタメンで出ていたら楽しい」と思うほどの究極のエゴイストです。

「結果も内容もついてこなかったら辞める」

 そんな感じで、今この歳になって思うのは1年いいシーズンを過ごしたとしても、また苦しいシーズンが来て、我慢の時間がどうしても長くなります。

 だからその落としどころは、自分のプレーで納得できなかったら辞める。結果も内容も付いてこなかったら辞める、というのが一つ自分の中であります。

 ただ、自己中でサッカーよりも自分のことが好きとは言っても、今まで結果を残せられたのは自分の実力じゃないと思うようになりました。

 奇跡的に川崎フロンターレでプロになれたからこそ今の自分があるし、清水エスパルスで試合に出られない時にもいろんな人が自分を支えて引っ張ってくれたから、試合に出られていたんだなと。

 そこからゴールを決めたら絶対にベンチに行くようにしています。ベンチで苦しんでいる人たちのところに――。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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