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「Jクラブの問題は日本社会の構造と似ている?」鄭大世が海外を経験して感じた“日本の国民性”

金明昱スポーツライター
FC町田ゼルビアFW鄭大世。チーム最年長として奮闘中だ(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 元北朝鮮代表FWでFC町田ゼルビアFWの鄭大世は、メディアプラットフォームnoteで様々な内容を自ら積極的に発信している。

 その中でも最近、反響が大きかったのが「いろんなクラブハウス」と題した記事だった。所属する町田の環境が、これまで在籍していたクラブと比べてどれだけ“劣悪”だったのかを赤裸々に綴っていた。

 だが、グラウンドとクラブハウスが新たに完成したことで「最高の環境」が整ったことへの感謝と町田の歴史に敬意を表した温かい内容は、多くの読者の共感を得ていた。

【参照】:鄭大世のnote「いろんなクラブハウス」

 後日、改めてこの時の心境を深く聞きたいと思い、鄭大世の下を訪ねて記事をまとめた。こちらも反響が大きく、多方面から感想の連絡をいただいた。

【参照】:「俺もここまで落ちたか…」 鄭大世のnote “劣悪なクラブハウス”大反響のその後

 Jリーガーの中でも饒舌で有名な鄭大世だけに、中身の濃い話ばかりで文字数の関係もあって書ききれないものも多かった。

 どうしても伝えておきたいのが、彼がクラブが抱える様々な問題を日本社会の構造と比較していた話だ。それがとても興味深かった。

 鄭大世が町田に移籍してきた当時は、練習中の飲料水が水道水だったこと、クラブハウスが完成する前までは倉庫がトレーナールームで、選手ロッカーはなくパイプ椅子が自分の居場所。駐車料金も自分で支払い後日精算していたこともあった。

「会社も組織もグレーの人をどう取り込むか」

 そうした環境に選手たちが慣れてしまった、と言えばそれまでだが、「おかしい」と思っても誰も改善するための行動を起こさないこと、特に「変わることを恐れて何もしない」ことに鄭大世は違和感があったという。

「僕は海外でプレーしてからは、日本で融通の利かなさというのがものすごく嫌いになりました。マニュアル人間が嫌なんです(笑)。日本に帰ってきてそれがストレスになって、クラブの中でも変えられることはあるのに、立ち上がる人がいない。『フレキシビリティが足りない』と思うことが多かったんです」

 息をつく暇もなく鄭大世が続ける。

「例えば学校の法律(=規則)は、学生たちが話して変えられる。でも、変えるほどでもないかと、みんな受け入れるんです。クラブも同じで、同じ環境に慣れてしまうとそのままです。会社でも組織の中で戦う人が10のうちの1~2いるとして、残りの5~6人というのは企業に忠実な人たち。残り2割の人が企業を支えているみたいなことを、言うじゃないですか。それと同じで、やる人はやるんだけれども、このグレーになっている部分の人たちをどう取り込むかが大事だと思います」

 つまりは、選手の意識の変化を起こすための行動が、よいクラブ環境を作るということだろう。

 ただ、クラブが抱える小さな問題を変えるのは、選手の仕事ではない。それでも鄭大世が一生懸命に頑張って変えたのは「試合にマネージャーが(頭髪用の)ジェルを持っていくのを手間をかけて、できるようにしたこと」と語っていた。これも彼が常に考えていることを行動に起こしたものの一つだ。

「歳を取れば偉くなる日本の企業体質と似ている」

 もう一つ、「違和感がある」と語っていたのが年功序列の文化。日本のサッカー界にはそれが今も根強く残っていると強調していた。

「海外クラブから日本に戻ってきて、日本の独特の国民性というのはすごく感じます。これは僕が個人的に感じることなのですが、プレー中も若手は先輩に対して強く行かない傾向があったり、お尻が少し当たっただけで『すいません』と練習中から気を使いあったりします。例えば5対2の鳥かごのパス回しを始めたら、僕は何も言っていないのに、若手が中に入る。戦うことや争いごとは絶対にしません。昔からそういう文化が嫌いなところがありました。だからプロ1年目の川崎フロンターレ時代は先輩から色々といじられて、ストレスでしたけれど(笑)」

 現在38歳の鄭大世はチーム最年長。若手からすれば、気軽に話せる立場の選手ではなくなったかもしれない。先輩風を吹かせているわけでもないが、周囲の“扱い”が変わったと感じるという。

「海外から日本に戻ってきたらベテランになっていて、そうしたら若かった頃と違って全く対応が変わっているから、『これはすごい現象だ』と感じたんです。歳を取れば偉くなるという、日本の企業体質と同じじゃないのかなって。年功序列は一番、生産性のないことで今問題になっていますよね。1人当たりのGDPも下がっているわけだし、無駄が多いというわけです。若手にはもっと主張していいといつも思います。『大世さん、そこ入ってください』とか、話し合うのはいくらでもやってもいい」

 プロの世界は競争でもある。特に欧州クラブでは年功序列を意識していては、生き残れないのは明白。

 Jクラブでも年上も年下も関係なく“遠慮は無用”というのが鄭大世の考え方だが、今も日本では企業でもクラブでも、後輩が先輩に気は遣うもの。遠慮のない文化が日本に根付くのは、時間がかかると感じる。

 ただ、こうした考えや意見を出すのは大切なこと。鄭大世はこれまで積んできた様々な経験をクラブに還元する立場にある。

 一歩、グラウンドに入れば、ベテランも若手も関係ない。鄭大世は若手にはもっとギラついてもいいと思っているはずだ。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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