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女子ゴルフツアーから消えたGMOサマンサ杯“ホステスプロ”香妻琴乃が複雑胸中を告白

金明昱スポーツライター
女子ゴルフのサマンサ杯ではホステスプロだった香妻琴乃(写真・本人提供)

 日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)が昨年12月24日に発表した2022年の国内女子ツアー開催日程の中に、「GMOインターネット・レディース サマンサタバサグローバルカップ」の大会名が消えていた。

 同大会を主催していたGMO代表の熊谷正寿氏はツイッターで、「JLPGAから(2022年度の)ネット放送に関して、(GOLF TVなどの)有料放送しか認めないとの連絡が来た」と明かし、「有料放送だけなら主催者を降りる」と発表。

 YouTubeを通した無料インターネット放送の可否で、交渉が決裂した形だ。

 JLPGAの小林浩美会長は「今年から放映権は協会の帰属となり、インターネット配信で対価を得ることで、協会の継続的な財務基盤にしたい」という考えを明らかにしている。

 ただ、今季も無料で楽しめる地上波でのトーナメント放送もあるとのことだが、どれほどの数なのかはまだ分かっていない。

 こうした動きを選手たちはどう見ているのかが気になっていた。“サマンサタバサ”所属の女子プロゴルファーで、ツアー1勝の29歳、香妻琴乃に話を聞くことができた。彼女は今回の騒動で何を想うのか――。

“異色の大会”だったサマンサ杯

 2011年のプロテストに合格し、12年から女子ツアーに本格参戦した香妻。

 同年から新規大会に加わった「サマンサタバサ ガールズコレクション・レディストーナメント」にサマンサタバサの契約プロとして、毎年出場(2020年はコロナ禍で中止)してきた。

 サマンサタバサの“顔”として同大会に特別な愛情を持っていて当然だ。

 大会はゴルフの試合とは思えないほど、異色の華やかさがあった。試合後には、特設ステージでE-girlsや三代目J Soul Brothers、Crystal Kay、乃木坂46などがスペシャルライブを披露していた。他にもお笑い芸人のライブや女優・中村アンの進行でモデルの水着オーディションなども開催されていた。

 もちろんホステスプロの香妻もトークショーでゴルフファンと毎回、交流イベントを行っており、「思い出が詰まった大会でした」と目を細める。

 また、2014年大会では惜しくも2位と優勝には届かなかったが、「所属の大会で一度は優勝してみたかった」と振り返る。

「正直、大会そのものがなくなると思っていませんでした。GMOさんが『開催しない』と2022年ツアー日程発表前に言っていたのは知っていましたが、それでもサマンサタバサの大会だけは残るんだろうと信じていました。私がプロ1年目から出てきた試合がなくなるのは正直、寂しい気持ちがあります」

2018年にツアー初優勝した香妻を祝い、所属先のサマンサタバサが開いた祝勝会(写真・本人提供)
2018年にツアー初優勝した香妻を祝い、所属先のサマンサタバサが開いた祝勝会(写真・本人提供)

「もしもテレビ中継がなくなったら寂しい」

 “ネット中継は有料”という方向性について、香妻はこう考える。

「大会を主催するスポンサーさんからすれば、お金を払わないとトーナメントのネット中継を見られなくなるのは、嫌な話なのではないかと感じます。私の試合を見てくれているおじいちゃん、おばあちゃんは当然、インターネットの使い方は分かりません。テレビの中継はそのまま残ると聞いていますが、もしも地上波放送がなくなったら寂しいって言うんです。ゴルフを見る人たちの中には、まだ高齢者も多く、そういった方たちが置いてけぼりになる形には、違和感があります。もちろん放映権を持つJLPGAの決定に従うのがセオリーだとは思いますが、YouTubeでの無料放送も加えることで、幅広い層のゴルフファンが笑顔になれる方法を模索しても良かったのかなと思います」

 彼女が言っていることは確かに納得できる。間違った意見ではないだろう。

「どのスポーツもあまりテレビでやらなくなりましたし、実際に若い子たちはテレビを見なくなっていますよね。そう考えると時代の流れなんだとも思うのですが…難しいですね」

 今年4月で30歳になる香妻だが、今シーズンはシード権を持たないため、出場できる試合は主催者推薦(レギュラーツアー最大8試合)のみ。それでも「モチベーションはあります」と前向きだ。

 “サマンサタバサ”の大会がなくなった寂しさについては「もう吹っ切れました」と笑顔を見せる。

「とにかく出られる試合を大事に戦うだけです。2018年以来の2勝目を目指します」――。プロゴルファーとしての戦いはまだ終わっていない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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