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J1最終節で一発レッドの衝撃――無名の朝鮮学校サッカー部からマリノスでJ1制覇したGK朴一圭の素顔

金明昱スポーツライター
横浜F・マリノスのGK朴一圭。昨年のJ3制覇に続き、今季J1制覇も経験した(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 まさかのレッドカードでの退場だった。

 横浜F・マリノスとFC東京の優勝をかけた大一番。マリノスがリードしている状況で62分、GK朴一圭(パク・イルギュ)がFC東京のFW永井謙佑を倒してしまい、レッドカードを提示されて一発退場。

 その時の状況を朴がこう説明する。

「自分がボールに対して遅れて、相手の足を蹴ってしまったので、ファウルになるだろうなと思っていました。ラインズマンが旗を上げていてイエローカードが出るということだったので、相手のFKに備えて準備をしようと思っていたんです。そしたらFC東京の選手が主審に抗議していたので、副審とコンタクトを取りに行ったところ、審判二人の意見としてはレッドカードが妥当だという説明を受けました」

 一度、レッドカードと下った判定が覆ることはない。

 優勝の瞬間をピッチで迎えられないという悔しさもあったに違いないが、朴は選手たちと最後に抱擁を交わしながら、ピッチの外に出た。

 ベンチコートのフードを目深にかぶり、ロッカールームに戻っていった。悔しい気持ちがこちら側にも伝わってきたが、試合は3-0でマリノスが文句なしの勝利。15年ぶり4度目の優勝を手にした。

 試合後の朴の心境が気になったが、意外にもその表情はすがすがしかった。

「優勝の瞬間は本当に最高ですね。自分が不用意なファウルで退場してしまったので、なんともいえない気持ちですが、そのあとチームが一丸となって戦ってくれました。自分には信頼できる仲間たちがいるので、そこまで落ち込むこともなく気持ちを切り替えました。10人になってもしっかりと点を取ってくれたので、優勝できたことは本当にうれしいです」

観客を魅了する積極性と泥臭さ

 昨シーズン、J3のFC琉球を優勝に導き、今年から横浜F・マリノスに移籍。J1デビューの年だったが29試合に出場し、マリノスの攻撃的なサッカーを最後尾で支えた。

 元々、マリノスにはGK飯倉大樹(ヴィッセル神戸)が正守護神を務めていたが、2019年の第5節のサガン鳥栖戦以降、朴がレギュラーポジションにつくようになる。

 常にハイプレスを仕掛けるディフェンスラインの高いマリノスのサッカーに、朴は欠かせない存在になった。

 広いスペースを最後尾で守るため、自然とラインも高くなる。攻撃の芽を摘む積極的な守備は、見ている側にとっては時にひやひやすることもある。

 しかし相手の攻撃をピシャリと止めたときは、スタジアムから大きな歓声が上がるほどで、最終戦でもその光景を目の当たりにした。

 それほど朴のプレースタイルは、見る者を楽しませてくれる。それに最後尾からよく声も出ていて、体を張った守備には泥臭さも感じる。観客を引き付ける魅力を持ったプレーヤーだと思う。

無名からJ1へ這い上がる

 彼がJ1の舞台に立つまでに経験してきた成長物語は、サッカー専門メディアでもたびたび語られているが、まさに“シンデレラボーイ”と言っても過言ではない。

 “サッカーのエリート”とは無縁の朝鮮学校出身。東京朝鮮高校、朝鮮大学校でもサッカーを続けたが、彼がJリーグのスカウトの目に留まることはなかった。

 そもそも朝鮮学校出身のサッカー選手がJリーグでプレーするのは、そう簡単なことではない。

 全国高校サッカー選手権に出ていれば、少しは世間の目に触れることもあるだろうが、そうしたチャンスは皆無に等しい。

 元北朝鮮代表FWの鄭大世(清水エスパルス)も朝鮮大学校出身だが、当時は東京都大学リーグでプレーしていたのだから、朴も似たような境遇にあったわけだ。

 朴は大学卒業後、J2のセレクションをいくつか受けているが引っかることもなく、本格的なキャリアがスタートしたのは、2012年JFLの藤枝MYFCからだ。

 2013年には関東1部のFC KOREAでもプレー。14年には再び藤枝MYFCに戻り、2016年からJ3のFC琉球へ。晴れてプロになると、昨年は正守護神としてリーグ戦29試合に出場。クラブ史上初のJ3優勝とJ2昇格に大きく貢献した。

 そこから今季マリノスでJ1の舞台に立ち、見事にリーグを制覇したのだから、この成功体験はこれからプロを目指すサッカー少年たちへ道しるべとなるに違いない。

「筋書き通りに事は運べた」

 改めて今年一年を振り返ってもらうとこんな思いを口にした。

「マリノスにきたときからタイトルを取ることを目標にしてきて、そのために何をしなくちゃいけないのかを整理しながら一日一日を過ごしていました。常に自分に対してチャレンジしながらやれていたと思います。“筋書き通り”っていうとおかしいですけれども、自分が思い描いていた通りに事は運べたのかなと思います。監督には自分を使い続けてくれたことに感謝しています。結果を残したいと思っていたので、こういう形で実を結んだことは自信になりました。最後は退場という結果で迷惑をかけてしまったので、そこがうまくクリアできたら本当は最高だったんですけれど(笑)」

 Jリーグでも稀に見るステップアップでキャリアを積んできた朴だが、J1では1年目から華やかな結果で幕を閉じた。

 だが、ピッチに立てるGKがチームに一人しかいないことを考えれば、生き残っていくことが難しいのもまた事実である。

「来季はもっと信頼を取り戻せるように、もっと監督の期待に応えていきたい」

 勝負はマリノスでの2年目。それは朴自身が一番よく知っている。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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