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「北朝鮮にも香川真司と久保建英がいる」東京Vの李栄直が語った平壌開催W杯アジア予選・韓国戦の真実

金明昱スポーツライター
W杯アジア予選の韓国戦に出場した東京ヴェルディの北朝鮮代表MF李栄直(筆者撮影)

 2022年カタール・ワールドカップ(W杯)アジア2次予選がすでに始まるなか、分断国家の朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)と韓国が同じ組(グループH)に入った。

 常に政治的な問題が絡み合う両国だけに、サッカーの試合をするだけでも一筋縄ではいかないのは、同じグループに入ったことからもある程度は想定内だった。

 だが、10月15日に北朝鮮・平壌の金日成スタジアムで開催された29年ぶりの“南北戦”は、異例づくしの試合となった。

 無観客の中で試合が行われ、韓国メディアも応援団も現地入りすることができない。

 さらに、試合の生中継もないため、詳細はFIFA(国際サッカー連盟)とAFC(アジアサッカー連盟)の公式サイト上にあるテキスト実況で確認するしかなかった。

 公式に北朝鮮側からの発言はなく、むしろ一方的に韓国代表選手やスタッフ、AFC関係者からの話がニュースになるばかりだった。

 それに韓国代表のソン・フンミン(トットナム)は「ケガなく帰ってきただけでも幸い」とコメントを残したこともあり、世間一般的には「乱闘騒ぎや危険なタックルがあった」と物々しい雰囲気だったことしか伝わってこない。

 しかし、W杯予選という国同士のプライドを賭けた戦いでは、多少、激しいプレーが出たりするものではないのだろうか。

 そこでこの試合に北朝鮮代表として出場した在日コリアンで東京ヴェルディ所属のMF李栄直は現場で何を感じたのだろうか。

 実際に試合に出場し、そこで見たこと、感じたことを正直に話してくれた。

「ソン・フンミンは警戒していた」

――北朝鮮の平壌で開催されたW杯アジア2次予選の韓国戦にボランチとして出場しましたが、試合前から色々なことがあったと聞いています。

 特に困るようなことはなかったですね。試合はちゃんと行われたので、そこに関しては普段通りの気持ちで挑みましたよ。

――まずは試合内容から振り返ってもらいたいのですが、韓国代表を相手に0-0で引き分けて、勝ち点1を取りました。北朝鮮にとっては結果的に良かったのでは? 韓国を相手にどのような指示が出ていましたか?

 90分を通しては間違いなく、自分たちの方が決定機が多かったです。前半に関してはこっちがかなり有利な状況でした。後半は危ないシーンもありましたけれども、狙い通りのゲームプランでは進んでいたので、そういう意味では勝ちきれなかったのはもったいなかったなと思う試合でした。勝ち点3を取れなかったのは、これからもっと厳しい戦いが続くので、そういう意味ではもったいなかったかなと思います。

北朝鮮対韓国の試合が行われた金日成スタジアム。前日練習を行う韓国代表(写真提供:AFC)
北朝鮮対韓国の試合が行われた金日成スタジアム。前日練習を行う韓国代表(写真提供:AFC)

――具体的にどんなゲームプランだったのでしょうか。去年までは外国人のヨルン・アンデルセンが代表監督を務め、今年1月のアジアカップでは若手のキム・ヨンジュン監督が指揮をとっていました。W杯予選では再びユン・ジョンス監督に変わりました。

 代表でのポジションはボランチなのですが、ユン・ジョンス監督とは世代別代表に選ばれた時も指導を受けているので、どのようなプレーが求められているのかはよく分かっています。韓国に対しては、前半から出来る限りハイプレスでボールを奪うことを徹底しました。ボールを奪ったらカウンターでボールをつないで、シュートで終わるという意識を持っていました。

――韓国を相手にその戦い方が通用した部分もあった?

 朝鮮のサッカースタイルは元々、カウンターを得意にしています。相手にはエースFWのソン・フンミン(トットナム)、長身FWのキム・シンウク(上海申花)がいるので、そこにボールが入ると危険だという認識がありました。まずはしっかりと相手の攻撃を終わらせてから、ゴールキックでリスタートすることを心掛けました。韓国は相対的に選手の能力が高いので、個の力に頼っている部分も少なからずあるのではないか、という印象を受けました。自分たちは組織でカバーして、カウンターからシュートで終わり切るという部分に関してはある程度、通用していたと思います。

無観客になっても“想定内”だった

――ここからは少し突っ込んだ話になります。テレビ中継がなく、無観客試合ということで、そこが大きくクローズアップされていました。そもそも選手やスタッフたちは知っていたのでしょうか?

「観客を入れずに試合をするかもしれない」というのは聞いていました。ただ、そういう状況になったとしても、選手はピッチ内で試合をするだけなので、そこに集中していこうと話し合いました。ましてや自分たちのホームゲームにお客さんが入れないのは、自分たちにとって有利な状況ではないわけで……。圧倒的な声援を受けて、試合をするほうが当然力になりますから。観客がいない状況で試合をするのは、“想定内”だったということです。その心構えはできていましたし、より良い緊張感を持って試合に挑めました。

――韓国発のニュースで「(対北制裁の関係で)ユニフォーム交換が禁止されていた」と言われていましたが、本当のところは?

 政治的な絡みの部分は正直、分かりません。「ユニフォームの交換が禁止」という話はあとで知りましたが、そもそもW杯予選の突破を争うライバルとの直接対決が終わった直後に、しかもホームで引き分けているのに、ユニフォームを交換する気持ちにはなれませんでした。日本に戻ってきてからは「ソン・フンミンとユニフォーム交換しなかったの?」ってよく言われたのですが、W杯出場に向けて国家の威信をかけて戦いに行ったのであって、ユニフォーム交換が目的ではないですからね。

――ソン・フンミンが韓国に帰国し、「選手たちがケガなく戻ってきただけでも、大きな収穫はあった。北朝鮮の選手たちは荒々しくて、酷い言葉も飛び交った」と語っていました。実際にはどうだったんでしょうか。

 それについては、どちらかというと僕らも激しく当たられていたところはありますよ。ただ、ひとつ言えるのは“南北戦”はダービーマッチ的な要素もあるので、バルセロナとレアル・マドリードのクラシコのように、普段の試合と違って激しくなる部分は絶対にあると思います。絶対に負けたくないですから。僕としても互いに激しいプレーがでるのは、ある意味の想定内です。それに、欧州のほうがもっと球際も強く、ボディコンタクトは激しいはずです。

――李選手は試合中にイエローカードをもらっていましたね。試合中に一時、選手同士が衝突するシーンもありましたが、どのような状況だったのでしょうか。

 韓国の攻撃に関しては、特にクロスボールを警戒していました。そこに自分が釣り出されてしまい、クロスを上げる前にボールを奪いにいったところ、相手の足にファウルぎみに当たってしまったのがイエローカードになりました。ハイライト映像を見ると少し荒い感じに見えますが、試合ではよくあることなのでそこまで気にはしていません。

北朝鮮代表としてプレーする李栄直(写真提供:AFC)
北朝鮮代表としてプレーする李栄直(写真提供:AFC)

「100%、国のために戦う」という気持ち

――試合中には小競り合いもあったようですが、やはりピリピリした状況がそうさせたのでしょうか。

 確かに小競り合いはありました。ルーズボールになったときに、朝鮮選手の顔に韓国選手の手が当たってしまったんです。これを主審に「ファウルじゃないか」とアピールしたときに、「当たっていない」と言い合ってる間に小競り合いになっただけです。緊張感はあったので、それが表に出た感じです。

――李選手が間に入って、互いの選手を止めに入ったようにも見えました。

 それは自分たちの試合のいい流れを止めたくなかったからです。韓国の選手は少しでも自分たちのペースに持ち込むために流れを切りたい感じがあったと思います。でも、この小競り合いで流れが変わってしまうのは非常にもったいないなという思いがあったので「早くプレーを再開したいから散ってほしい」ということを伝えていました。

――李選手は日本生まれ、日本育ちです。韓国にはJリーグでプレーする選手がいますし、一方で北朝鮮選手たちの素顔や性格、気質もよく知っていると思います。韓国と北朝鮮選手双方の言い分や気持ちが分かる立場だと思うのですが、だからこそ両者がヒートアップしたときに仲裁役になれると個人的に思うのですが。そこは意識したりするのでしょうか?

 僕はそこまで深く考えていないです。チームの勝利が自分にとって一番大事なこと。知り合いがいるからとか、友達がいるからとか、そういう同情の気持ちは全くないタイプなので(笑)。まず自分たちがホームで勝つために、自分の目標に近づくために試合をやっているので、在日だからといって“調整役”をするつもりはまったくなかったです。例えば、小競り合いが問題になるならば、それは試合が終わって当事者同士が話せばいいことです。やっぱり僕は国を背負っているわけで、生半可な気持ちでプレーしてはいけない。それに自分は「100%、国のために戦う」という気持ちで、みんなと同じテンションに合わせてピッチに立っていますから。

――ちなみに試合前はチームメイトの雰囲気はどうでしたか?

 特に何事もなくリラックスして過ごしていましたよ。普段通りにいろんな話をして、ジョークも言い合ってふざけたり。練習もリラックスしてやっていましたから、なんか周りが言うほど特別な緊張感があったわけでもありません。もちろん試合が始まったらスイッチが入りますけれど、それまではいつもの何も変わらない雰囲気でした。

北朝鮮選手は「みんなおしゃべり」

――日本ではほとんど知られていないので聞きますが、北朝鮮の選手たちはどんな性格ですか?

 基本的に怒ることはほとんどないですよ。自分と同じように、はしゃぐし、しゃべるのも大好きです。チームメイトのみんながオンとオフを切り替えられる選手ばかりです。普段は優しい雰囲気を持っているのに、「え? 試合になるとこんな勝ち気を見せられるのか」っていうギャップもあって楽しいです(笑)。ただ、汚いファウル、ラフプレーまでして試合に勝ちたいと思っている選手はいません。それに朝鮮代表は、できればファールをしない、イエローカードももらわないクリーンなプレーで勝つことをモットーにしています。常に正々堂々と戦うっていうのを信条にしている国なんですよ。

――試合がない時は一緒にどんな遊びをしていますか?

 ホテルの部屋だと、一緒にトランプをしたり、スマホも持っているので、アプリのゲームをやったり。正直、普通のサッカー選手がやっていることをやっていますよ。どうしてもメディアで作られた朝鮮というイメージがありますが、そこは僕が見てきたもの、今も見ているものとは、全くもってギャップがありますよ。普通のサッカー青年たちです。

――北朝鮮の選手たちはJリーグに興味があったりしますか?

 かなり興味を持っていますね。Jリーグのイメージは技術が高いという話をしてきます。東京ヴェルディでの戦術を話しても、Jリーグでは戦術がすごくしっかりしているんだなと感心します。

――Jリーグでのプレーが褒められるとそこはうれしいですね。

 ただ、個人的なプレーでは、褒められるばかりじゃないんです。僕が監督やコーチに指摘されているのは、球際の部分です。2014年の仁川アジア大会でも代表に呼ばれて、その時は韓国に決勝戦で敗れて準優勝でした。その時から代表に呼ばれ続けていますが、「球際のプレーが弱まったんじゃないか。牙が抜けたんじゃないか」と。プレスに行かなくなったり、取れるボールも足を出さなくなったとか、Jリーグでいろんなポジションをこなしていますが、そういうところが見えなくなっているのは確かに反省すべき点です。代表でそれを気づかせてくれたのはものすごく良かったです。

「“北朝鮮の香川真司”はSKNザンクト・ペルテンでプレーするFWパク・クァンリョン(後列左から2番目)。“北朝鮮の久保建英”はユベントスのハン・グァンソン(前列左から4番目)」(写真提供:AFC)
「“北朝鮮の香川真司”はSKNザンクト・ペルテンでプレーするFWパク・クァンリョン(後列左から2番目)。“北朝鮮の久保建英”はユベントスのハン・グァンソン(前列左から4番目)」(写真提供:AFC)

ハン・グァンソンはC・ロナウドとも練習

――ユベントスに移籍したFWハン・グァンソン選手もよく知っていると思いますが、成長ぶりは感じましたか? イタリアでの生活について聞いたエピソードがあれば教えてください。

 ユベントスに移籍するってやっぱりすごいことなので、いろんなことを聞きました。環境や施設がすごくよくて、練習内容についても聞きました。トップチームとも練習をするというので、それこそグァンソンはFWなので、同じポジションのクリスティアーノ・ロナウド、パウロ・ディバラ、ゴンサロ・イグアインの3人とも間近で練習していると言っていました。それにイタリア代表のディフェンダーもいるので、練習やゲームの中で、自分の何が足りなくて、何が通じるのかがよく分かると話していました。

――ハン・グァンソン選手はまだU-23チームですが、いずれトップチームへの合流も可能だと思いますか?

 僕が言うのもなんですが、まだ彼は21歳で吸収力は抜群です。そういう意味でも今後に期待が持てます。逆に“ユベントス”という看板を背負うことで、自分が何でもしなきゃいけないとか、そういう風にならないようにしないといけない。代表でも期待以上のことを求めるのも酷ですから。徐々に結果を出していって、成功を収めてほしいです。

――ほかにも海外組にはパク・クァンリョン選手(SKNザンクト・ペルテン)がいますね。彼らは北朝鮮でよく知られているのでしょうか?

 クァンリョンは朝鮮国内では“超”がつく有名人ですよ。日本でいう香川真司(サラゴサ)クラスの扱いです。知らない人はいません。グァンソンは久保建英(マジョルカ)ような立ち位置です。そういう意味では朝鮮の若いサッカー選手たちに夢を与えています。下の世代は欧州行きを狙っている選手が多いです。欧州クラブでプレーして、W杯にも出たい。日本の若い選手たちと夢は同じです。

――李選手も北朝鮮では知られているのでしょうか?

 韓国戦が終わった翌日に平壌冷麺のお店「玉流館」に行ったのですが、そこにU-19女子代表選手たちがいて、「李栄直選手、お疲れ様でした。いつも試合で見ています」と言われて、少し驚きました。少しは自分の名前も浸透してきたんだなと実感しましたし、素直にうれしかったです。

――現在、W杯アジア2次予選では韓国に次いでグループ2位です。2勝1分とここまで順調ですが、最終予選へ進む可能性をどのように見ていますか?

 次のアウェー戦2連戦で負けなければ一気に近づくと思います。11月14日のトルクメニスタン戦、11月19日のレバノン戦です。自分たちはアウェーでの戦いが課題でもあるので、とにかく勝ち切らないといけない。スリランカ戦ではアウェーで1点しか取れなかったので、しっかり得点を取らないといけないですね。必ず最終予選に進んでみせます。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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