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日本戦に賭けるサッカー北朝鮮代表の在日Jリーガー・李栄直が「あれは怪物」と言った日本選手は誰!?

金明昱スポーツライター
日本代表戦を楽しみにしている李栄直(筆者撮影)

 今日9日、サッカー東アジアE-1選手権の日本代表対朝鮮民主主義人民共和国代表の試合が行われる。

 この対戦をとても楽しみにしているのが、現在J2のカマタマーレ讃岐に所属する在日Jリーガーの李栄直だ。今季、讃岐はJ2リーグを19位で終え、どうにか残留を決めた。ただ、李は完全なレギュラーポジションを獲得できず、個人的には悔しいシーズンを過ごした。

 だが、その一方で、北朝鮮代表としてはチームに欠かせない存在へと成長を遂げた1年でもあった。

 李は2014年に初めて北朝鮮代表に選出されると、それから着実に試合で結果を残し、監督やチームメイトからの信頼を勝ち取った。

 北朝鮮代表のヨルン・アンデルセン監督も「日々成長しており、チームにとって重要な選手」と語っており信頼も厚い。

 そんな李に北朝鮮代表がどのようなチームなのか、そしてチームで求められている役割、さらに日本代表戦にかける思いについて聞いた。

讃岐での難しい1年

――今季、J2リーグではカマタマーレ讃岐でプレーしましたが、順位は19位。どのような1年でしたでしょうか?

 今季はV・ファーレン長崎から讃岐に移籍して、初めて4バックのセンターバックをやりましたけれど、手ごたえはあった1年でした。初めてのポジション(長崎では3バック)なので課題もありましたが、収獲もありました。ただ、悔しいシーズンだったのは間違いありません。負けも引き分けも多かったですからね。残留争いというのも初めてですし、チームとしてもとにかく難しいシーズンでした。

――個人的にも納得いくシーズンではなかった?

 そうですね……。あまり試合に出られず、勝ち星を上げられなかったことで、自分を応援してくれている人たちに申し訳ないという気持ちはありました。試合の結果でマイナスの評価が付いてしまうことは仕方のないことです。かなり気持ちの切り替えが難しいシーズンでした。とにかくチームのために貢献できるようにもっと成長していかないといけません。残留争いにしても、J1昇格争いにしても、自分がチームの力になれるような結果を残していきたいと思っています。

代表に背が高く守備のできる選手が必要

――ところで、北朝鮮代表としてはとても充実した日々を送っていると聞いています。代表に初めて呼ばれたのは2014年で合っていますか?

 プロ2年目の2014年6月で、J1だった徳島ヴォルティスにいたときに、平壌での代表合宿に呼ばれました。その年の9月に開催される仁川アジア大会に出場するためで、U-23のメンバーでした。ちょうどそのころ、代表だった安英学先輩が抜けて「ボランチに背の高くて守備のできる選手が欲しい」ということで自分に声がかかったと聞いています。

――代表の練習に初めて合流したとき、どんな雰囲気でしたか?

 完全にお客さんでした。練習着も徳島のものを着てましたしね(笑)。最初は馴染むのが難しかったです。J1でプレーしているというのはチームメイトもスタッフも知っていました。ほかにも在日Jリーガーの黄誠秀(大分トリニータ)先輩と、孫民哲(リーマンFC/香港)先輩も一緒に行っていました。

――そのときに感じた北朝鮮選手のレベルはどんなものでしたか?

 初めての印象としては1対1にとにかく強い。絶対に負けないですね。ポジショニングはめちゃくちゃだったんですけれど(笑)、1対1で負けなければ失点しないというのはサッカーの基本なので、これは強くなるなと思いました。それに自分が思っていたよりも、意外とみんなうまい。最後の紅白戦の時に、このままじゃ帰れないと思ってがんばりました。お客さんみたいなプレーだけはできないので、とりあえず動いて走って守備をして、サブ組でしたがスタメン組からゴールを奪うことができました。これが1番のアピールになりましたね。

仁川アジア大会がターニングポイント

――仁川アジア大会では全6試合に出場して、決勝では韓国に敗れましたが準優勝に貢献しましたね。

 当時はチームのサッカーがすごくかみ合っていました。あの時が今までで1番強かったのではないかと思うくらい。このチームがそのままA代表に上がっても、かなりいいチームになるのではないかと感じていました。ちなみに、このときのメンバーのほとんどが今のA代表のメンバーなんですよ。

――つまり、この大会でかなりアピールできたということですね。

 U-23の中でも中心メンバーとしてプレーでき、本当に楽しかったです。自分でボールを動かして、守りながらも指示を出したりできましたから。チームメイトも頼ってくれていたと思います。それに、アジアを相手にしても自分の力が通用すると思いました。この大会がなかったら、サッカー選手としても中途半端に終わっていたのかと思うほどです。この大会が自分のサッカー人生のターニングポイントになりました。

11月のアジアカップ最終予選のマレーシア戦で10番をつけてプレーした李栄直(写真提供・AFC)
11月のアジアカップ最終予選のマレーシア戦で10番をつけてプレーした李栄直(写真提供・AFC)

――そもそも北朝鮮代表になるのは目標だったのでしょうか?

 いいえ、まったく代表のことは頭にありませんでした。もちろん、招集がかかったら行こうかなと思っていましたが、プロ1年目はそんなことを考える余裕もありませんよね。目の前の試合で精一杯。最初呼ばれたときは「はい?どういうこと?!」みたいな感じでしたよ(笑)。それに代表の試合を見たのはテレビで見たワールドカップ予選くらいで、当時は鄭大世(清水エスパルス)先輩や安英学先輩がいましたから、実力と結果を残している人たちが選ばれるものだと思っていました。自分はそんなレベルではなかったですから、正直、驚きましたよね。

――その翌年の2015年にはすぐにA代表に呼ばれ、アジアカップのウズベキスタン戦でデビューしました。アンダー世代とA代表とで、何か違いはありましたか?

 先輩が増えたなと言う感じでした(笑)。でも当時は2010年の南アフリカW杯に出場した選手もいたので、経験値は高かった。自分は仁川アジア大会での結果を知っているので、そこでのインパクトがすごかったらしく、最初からすごく信頼してくれていました。ただ、アンダーのカテゴリーとA代表はかなり違うなというのがはっきりしました。馴染むのはものすごく難しかったですね。

金日成スタジアムで初ゴール

――2018ロシアW杯アジア2次予選では、フィリピンに2-3で敗れて最終予選に進めませんでした。

 このときはケガから回復したばかりでしたが、そのなかでも招集がかかり合流しました。でも試合には出られませんでした。最後の5分に油断してやられましたが、今の代表チームの状況であれば、最終予選で例えば日本代表と戦っても勝てなかったでしょう。負けて学ぶこともあると思います。

――代表初ゴールが今年のアジアカップ最終予選、9月5日のレバノン戦でした。結果は2-2のドローでしたが、平壌の金日成スタジアムの雰囲気はどうでしたか?

 ホームの試合だったので5万人近く入っていたと思います。初ゴール(87分)は頭が真っ白というか、何回もガッツポーズしましたし、今まで苦しかったものが報われたかなと思いました。ヨルン・アンデルセン監督に変わったあと、代表戦2試合目で1ゴール、1アシストでアピールできたと思います。自信になりましたし、ホームだったので現地の人たちのハートをつかめたと思います。自分のことをよく知っている他の選手からすれば、なんであいつがゴール決められるんだと思っているかもしれませんけれど(笑)。

――そのゴールでチームメイト、監督からも信頼を勝ち取りましたね。

 ほんまに自分は持っています(笑)。常にポジティブになれるというのもあるんです。何でもできると思ってないですけど、なんだかんだ結果がついてくると信じてやっています。俺はやるときはやるっていう気持ちが強いです。自分の特徴を最大限に生かさないと代表には残れないと思います。

――チームメイトとは普段、どんな話をしますか?

 年俸いくらもらっているのかについてはかなり聞かれます(笑)。日本のJリーグにも興味がありますし、総じてサッカーに関心が高いです。彼らはやはり世代別の代表で国際試合を経験している選手たちなので、海外のサッカーをよく知っている。だからこそ、欧州でプレーしたいとか憧れている選手はたくさんいます。

1対1を仕掛ける意識が高い

――サッカーに対する考え方で違いはありますか?

 根本的にはやっぱり違いますよね。僕はずっと日本でやってきているので、日本的サッカーの思考ですけど、あっちはあっちのサッカーのやり方があります。1対1の仕掛け方も、ボールの回し方も違います。世界的なサッカーに近いのは、朝鮮のサッカーだと思います。技術はまだ低い部分がありますが、1対1で仕掛ける意識の高い選手はたくさんいます。パスを回すことにそんなに執着していないですね。ゴールにより近付いていくための方法を探していく選手が多い。

今季はJ2の讃岐でプレーした李栄直。日本戦でアピールの機会を狙っている(写真提供・カマタマーレ讃岐)
今季はJ2の讃岐でプレーした李栄直。日本戦でアピールの機会を狙っている(写真提供・カマタマーレ讃岐)

――日本とはまた違うスタイルですね。

 ええ。日本のサッカーがしっかりしすぎているのかなとも感じることが多くなりました。日本では過程を大事にしますが、朝鮮はそこまで過程を重視していない。これは文化の違いもありますが、日本では練習をしっかりする人の評価が高かったり、練習試合でもしっかり繋げない選手は下手と言われたりします。自分はそういう環境でサッカーをしてきましたから、それが朝鮮に行くと、すべて壊される。「パス回しも大事だけど、ゴールに近づくにはどうするんだ」とよく言われます。自分の判断で、ゴールに近づくと思うならロングボールを蹴ってもいいわけです。「ああ、これもサッカーなんだな」と。

――北朝鮮の選手はゴールに向かう意識はかなり高いというわけですね。

 朝鮮の選手たちは、常にゴールを考えていると思います。それに練習でそこまで上手くなくても、評価が下がらない。なので試合で結果を出しているタイプは評価が高い。自分はそのほうが気持ち的にはすごく楽です。精神的に楽なので自分の力を出しやすいというのはあるかもしれません。だからどちらかというと、こういうサッカースタイルが合っているんだと思います。

――代表の話になるとすごく生き生きしていますね。

 なんか、生きてるって感じがします(笑)。試合がしたくてたまらなくなってくるんです。自分がサッカー選手としてこの場で生きているというか、熱くなれる瞬間が1番なのはやっぱり代表ですね。

「お前はチームに必要な選手だ」

――北朝鮮代表のヨルン・アンデルセン監督はどんな人ですか?

 めちゃくちゃ真面目で熱い人です。サッカーに関してはどんどん質問してくれと言います。Jリーグはどんな感じかと聞いてきますし、試合も実際見に来てくれてレベルも高いと言ってくれました。熱いながらも柔軟性を持っている人だと思います。「お前は本当に大事な選手だ」とも言ってくれて、そう言われるとうれしいですよね。Jリーグで試合に出られなくても、しっかりと気を使ってくれて、言葉をかけてくれています。自分の掲げているサッカースタイルはあるけど、それは自分たちの判断で変えてもいいという柔軟さもあります。

――監督が求めるスタイルは攻撃重視なのでしょうか?

 前線からプレスをかけていって、ボールを奪って、中盤でしっかりつないで展開したいという考えはあると思います。カウンターではなく、攻撃はしっかり作ろうという意図は見えます。速く攻撃できるときは速く攻める。守備のポジショニングについても細かく言われていますね。ただ、徐々に選手たちは監督の言っていることを理解してきています。

――李選手がアンデルセン監督から求められているものは?

 代表ではすべてこなせと言われます。果たす役割がすごく多いんです。守ってほしい、ボール回してほしい、自らも攻撃してほしい。でも守備はお前がしっかりやれと(笑)。

杉本健勇と同じクラブで育った

――そんな中で迎える日本代表戦。今、どんな心境でしょうか?

 多くのサッカーファンに自分の成長を見せられる良い機会だと思っています。味の素スタジアムは今年の東京ヴェルディ戦(7月22日)でゴールを決めた会場なのでイメージはすごくいい。一番の楽しみは今、注目の井出口陽介選手(ガンバ大阪)とマッチアップできるということ。あの選手は“怪物”だと思います。あとは山口蛍選手(セレッソ大阪)との対戦も楽しみです。杉本健勇(セレッソ大阪)は小学校のときに一緒のクラブ(FCルイ・ラモスヴェジット)ですごくうまかった。今回はケガで日本代表から離脱したのでとても残念です。

――日本代表戦ではどんな姿を見せたいですか?

 とにかく自分のプレーを前面に出したいですね。泥臭いというか、あいつ上手くはないけど何か印象に残るなっていう所を見せたいです。あと、今は朝鮮学校でサッカーをしたいという子が少なくなってきていると聞きます。卒業生としては寂しい限りです。僕のプレーを見て朝鮮学校でサッカーしてくれる子がいたらうれしいです。ベガルタ仙台の梁勇基先輩が「下が来るまでは辞められない」と言っていて、自分もその気持ちを持ってやりたい。そのためにはやっぱり結果を残さないといけない。たくさんの人が見ていますから、ベストを尽くして、一生懸命あがこうと思います。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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