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ベガルタ仙台の10番・梁勇基が赤裸々に語った苦悩のシーズンとサッカー北朝鮮代表での出来事

金明昱スポーツライター
北朝鮮代表に招集されれば、日本との試合を楽しみにしていたという梁勇基(筆者撮影)

 今日から開幕するサッカーの東アジアE-1選手権。明日9日は男子の日本代表対朝鮮民主主義人民共和国代表(以下、北朝鮮代表)の初戦が行われる。

 何かと注目を集める北朝鮮代表だが、彼らを特別な思いで見つめる選手がいる。ベガルタ仙台の梁勇基だ。2004年から今年までJ1・2通算で496試合に出場し、12シーズンもの間、仙台の10番を背負ってきたベテランだ。

 今回はケガの状態を考慮して招集が見送られたが、日本で開催される同大会をもっとも楽しみにしていた選手の一人だ。

 ベガルタ仙台は今季リーグ戦12位。特に今年の梁はケガの状態が長引くなどで先発から外れることも増え、悔しいシーズンだったに違いない。

 今シーズンのこと、さらには日本代表との初戦を迎える北朝鮮代表のチーム事情や代表への思いなどについて聞いた。

――今回は東アジアE-1選手権への招集が見送られましたね。とても残念です。

 ケガのこともあり、招集がかからなかったのですが、日本代表との試合は楽しみでもありましたから、少し残念な思いはあります。もし日本代表戦に呼ばれて、試合に出られたら、日本のサッカーファンにも「これくらいはできるんだ」というのを見せたかったですからね。今回は在日の選手たち3人(讃岐の李栄直、熊本の安柄俊、町田の金聖基)が代表に呼ばれているので、その思いは彼らに託します。

「葛藤や苦しさもあった」

――まずは今シーズンについてお聞きしたいです。今年はどんな1年でしたか?

 今年はチームが3-4-3のシステムに変えて、よりボールを保持する時間を増やしながら、ゲームの主導権を握るというやり方にチャレンジしている中で、最初は難しい部分もありました。それでも、夏場以降にみんなは少しずつ慣れてきました。戦術をチームでうまく理解してやれてきたと思います。

――今季の個人成績を見ると24試合出場、先発14、途中出場10、ゴール2、アシスト1という数字が出ています。どう評価していますか?

 自分の中では評価できません。やっぱり、これだけなかなか試合に出られないというのも今までにあまり経験していなかったですし、そういう意味では個人的に悩みましたし、難しいシーズンだったと感じます。

――確かにケガもあって難しいシーズンだったと思います。ケガをしていた2ヶ月はどのような思いで過ごしていましたか?

 これだけ試合に出られなかったり、ベンチスタートというのも久々というか、本当に10年ぶり位だったので。自分の中ではいろいろと葛藤もありましたし、苦しさもありました。メンタル的に難しかったですね。

「柔軟さがない自分に気づいた」

――それは自分の中では、もっとできるのにというもどかしさ?

 もどかしさというか、自分の中では自信があるのになかなかチームにフィットできない難しさです。自分のイメージとチームのイメージがなかなか一致しないというのは難しいなと感じました。今までの戦術やシステムが、染みついていた部分があるので、新しい事にチャレンジするとなったときに、なかなかフィットしていかない。なので、そこに順応する柔軟さがない自分にも改めて気づきましたよね。自分の考えを曲げられない、頑固というか(笑)。それに気づけたのは良かったのかもしれません。

――いい意味で、勉強になったということでしょうか。

 そうですね。やっぱり、システムが変わればこんなに変わるのかなというのが自分の中では勉強なりましたね。チームの中で求められている役割についても、自分が思っている動き方とかで、もっとこうしたほうがいいんじゃないかっていうのもあるのですが、チームの戦術としての要求もある。そこのバランスを取るのが難しかったのですが、今では自分の中で整理はできています。開幕当初よりかは、スムーズに試合に入れるようになりましたよ。

――ただ、それだと“自分の良さ”というものがなくなる、という考え方もあると思います。

 確かに、ただ合わせているだけでは自分の良さが出ないとも思っているので、合わせすぎずにいかに自分の良さを出すかというところを模索しています。自分の中でイメージしているバランスというのは、相手の裏を取る時と、間に立ってボールを受ける時のことです。そこはしっかり整理ができてきました。

できないならやめる覚悟

――チーム内には若手も台頭していますが、ポジション争いについてはどうでしょうか?

 若手が出てくるというのはチームにとっては良いことですし、明らかに5年先、10年先のチームを考えれば若手が育たないといけないと思います。チームとしてはポジティブな部分です。ただ、自分の生活がかかっていると思えば、いかにそこで踏ん張れるかが大事になります。それじゃあ若い選手と同じように動けるのかといったら、そうはいかない。それなら経験の部分で、より頭を使って戦わなければならないと思います。やっぱり年齢だけ見られたらどうしても勝てないですから(笑)。

今季は難しいシーズンと正直に話してくれた梁勇基。それでもチームに欠かせない存在であるのは間違いない。(C)VEGALTA SENDAI
今季は難しいシーズンと正直に話してくれた梁勇基。それでもチームに欠かせない存在であるのは間違いない。(C)VEGALTA SENDAI

――年齢との戦いは、ベテラン選手たちの共通した悩みですね。

 どのベテラン選手でも、その葛藤の中で歯を食いしばって踏ん張ってやっていると思います。ここでできるかできないかで、できないんだったらやめるしかない。そういう覚悟はありますよ。

――これからのサッカー人生をどう設計していますか?

 何年先を見るというよりも、今を見るしかないです。1年1年が勝負です。そういう部分では若い時より危機感がありますから。踏ん張っていかなければならない、そういう覚悟はあります。オフシーズンの過ごし方は、これから考えていかないといけないですね。

リズムの違いに戸惑い

――話を代表チームに戻します。梁選手は北朝鮮代表として長らくプレーしていますが、最初に呼ばれたのはいつですか?

 2005年にマカオで開催された第4回アジア大会でした。トップ下で出て、マカオ戦でハットトリック、韓国戦では1点決めたのを覚えています。

――当時の思い出はありますか?

 最初は朝鮮の選手との生活のリズムが合わなすぎました(笑)。生活リズムの違いにやっぱり最初はびっくりしました。例えば、こっちは練習の1時間くらい前から体をほぐしたり、テーピングを巻いたりしますよね。でも朝鮮の選手たちは、練習や試合前に体を休めるためにお昼寝の時間を設けているんです。これは伝統的に今でも続いていると思いますが、日本でサッカーしてきた在日選手は最初、これに戸惑います(笑)。

――寝ろと言われても、なかなか寝られないよね(笑)

 最初はそれにコンディションを合わせていくのは結構しんどかったです。ただ、それよりも代表に初めて呼ばれたときの喜びのほうが大きかったです。

――具体的にはどのような気持ちだったのでしょうか?

 現役引退された安英学先輩や(李)漢宰(FC町田ゼルビア)がワールドカップ予選で戦っている姿を見ていたので、そこに少し近づいたといううれしさはありました。でも、「戸惑い・戸惑い・喜び」という感じですかね(笑)

球際の強さと馬力に驚く

――一緒に練習やプレーをしながら北朝鮮選手の能力はどうでしたか?

 球際の強さもありましたし、やっぱり馬力がすごい。跳躍力もある。ジャンプのフィジカルトレーニングをしても、バネが全然違うなと感じました。

――そういう才能のある選手たちが、もっとこうすればもっと良くなるのにというのはありましたか?

 能力が高い選手は多いのですが、どこか本能的にプレーしているというのが強いなと感じました。これは個人的な意見ですが、工夫してやるというのが少し足りないのかなと思いました。常に前に出て、縦に速く攻めるというイメージがあったので、もう少し中盤で時間使ってゲームを落ちつかせてもいいんじゃないかなと思っていました。

――代表に合流してもチームにフィットしていくには時間がかかりますね。

 自分がやりたいことをそれをやろうとしても、やっぱりポーンと前線にボールを蹴ってしまったりするので、やはりサッカーのスタイルが違いましたね。中盤で散らして攻めるというのをやりたいんですけど、自分は日本から行っている身なので、そこに合わせなきゃいけない部分もある。そこでまた葛藤です。そういう難しさのなかでやっていました。監督が求めるチームのスタイルを尊重しなきゃいけない。これもプロサッカー選手としての勉強、経験です。ただ、試合前は冷静なんです。それでみんなで「こうやろう」って言っていても、試合になるとどうしても興奮してアドレナリンが出て、「走れー!」「前行けー!」ってなっちゃいますね(笑)。

安英学が切り開いた道を歩く

――最初、チームメイトは良く迎えてくれた?

 僕の前に安英学先輩や漢宰が行ってくれていたおかげで、在日に対するイメージがかなり変わっていたと思います。それもすごく良い方向に。安英学先輩が最初行ったときの話を聞いたら、練習着も与えてくれなかったみたいです。逆にその中で頑張って、チームメイトの信頼を得た英学先輩の凄さを改めて感じました。だからこそ、僕や今の代表に選ばれているJリーガーたちが受け入れられているというのは絶対にあると思います。

――代表に最後に呼ばれたのは、今年のアジアカップ予選の9月のレバノン戦で間違いないですか?

 ええ。今年、9月にホームの平壌で行われたレバノン戦にスタメンで出ました。60分くらいで途中で交代しましたが、結果は2-2でドローでした。左サイドで出場して、フォーメーションは4-4-2。このときの指揮官はヨルン・アンデルセン監督でした。

長くJリーグでプレーしてきたプライドが梁勇基にはある。まだまだ北朝鮮代表でプレーすることは諦めていない(C)VEGALTA SENDAI
長くJリーグでプレーしてきたプライドが梁勇基にはある。まだまだ北朝鮮代表でプレーすることは諦めていない(C)VEGALTA SENDAI

――北朝鮮代表が外国人監督になって、昔と何か変わったと感じた部分はありますか?

 1番の違いは、海外でプレーしている選手が増えて、彼らを代表にしっかりと呼んでいるところですね。それと25年ぶりに外国人監督になったのは大きな変化だと思います。まだアンデルセン監督が就任して1年半くらいなので、チーム作りはまだ始まったばかりです。自分が初めて代表に行った時との違いは、これから出てくるのではないかなと思います。

アンデルセン監督は“情熱的”

――アンデルセン監督はどんな人物ですか?

 とても情熱的な人ですよ。体が大きいから結構、迫力がありますよね。ハーフタイムとかも身振り手振りで、すごく指示を出すので情熱的な監督だなという印象でした。

――どういうサッカースタイルを好むのでしょうか?

 基本的には前からどんどんプレスをさせますね。前線からプレスに行ってボールを取りたい。取ったらあとはパスをしっかり回してマイボールにする。ロングボールを使うのはあまり好きじゃないですね。しかも選手には「こうやってくれ」とはっきり言っています。僕には基本サイドにいてくれという感じでした。チームでやっているときは、サイドから中に入ったり自由にやっているんですけど、代表では主にサイドで勝負しろと言われていました。レバノン戦の前に平壌での練習試合で中に入っていったら、「お前、ちょっと絞りすぎだ」って言われました(笑)

――普段、北朝鮮の選手たちにはどんなことを聞かれたりしますか?

 Jリーグの順位ですね。「今お前らのチーム何位なんだ」って(笑)。昔は仙台がまだJ2だったので、何位になったらJ1に上がれるんだとか、そんな話をしています。それで2~3年後に会ったら、「お前はまだ2部か」って(笑)。クラブチームからいくらもらっているのかとか、どこのメーカーの車に乗っているんだとかも聞いてきます。彼らもサッカーで飯を食っているので、その辺は僕らと同じでいろいろと興味があるんですよね。今では欧州でプレーする選手もどんどん出てきていますから。ただ、僕は詳しく話さず、適当に流しています(笑)。

「宇佐美貴史はうまかった」

――北朝鮮の選手たちは日本の選手も知っているのでしょうか?

 アンダーのカテゴリーで、日本と試合している選手も多いので、この前は宇佐美貴史(デュッセドルフ)の名前が出ていましたね。「まだ日本でやってるの」って聞いてくるので、「なんで知ってるの」って聞くと「前に国際大会で試合して、あいつはうまかった」って言っていました。

――北朝鮮選手の中に、Jリーグでプレーできるレベルの選手はどれほどいる印象ですか?

 Jリーグでもやれる選手はいると思います。能力はやっぱり高い。あとは戦術の部分でどれだけ理解力を高めるかだけです。そこがクリアできればどんどん成長するのかなと思います。朝鮮の選手を見ているとおもしろいんですよ。「え、これはできるのに、これができないのか……」というのもあれば、その逆もしかりです。

――梁選手が北朝鮮代表として、日本代表と初めて試合をしたのは2011年のブラジルW杯アジア3次予選でしたね。吉田麻也にロスタイムで決められて0-1で敗れた試合でした。

 あの時は僕も日本代表と試合をするのが初めてだったので、何かとても不思議な感じでした。もちろん気持ちの高ぶりもありましたし、すごくいい試合だった思いますが、結果的には負けましたから。最後に吉田麻也選手にゴールを決められたのも、強烈に頭に残っています。

日本のサッカーが“常識”ではない

――サッカーに対する考えで、北朝鮮と日本で決定的な違いはありますか?

 僕が日本でやっていることが常識じゃない、ここでやっていることが正解じゃないというのはすごく感じます。あっちに行ったらあっちに行ったで、「あー、こういうサッカーもあるんだ。これもサッカーなんだな」って思うんです。なので、日本と比較するのは難しい。サッカーというものをひとくくりで見た方が自分の中ではいいかなと思います。「日本ではこうなのに、なんでこっちではこうなんだ」って思った時点で、ストレスを感じますし、そういうのを抱えていたらいいプレーもできません。サッカーというものを一括りで考えたらいいと思います。

――北朝鮮がワールドカップ出場国のレベルに近づくには、何が必要だと思いますか?

 やはり経験は必要だと思います。朝鮮の選手は、国際舞台での経験が少ないこともあり、試合前にこうしようって言っていても、プレー中は興奮して話していたことを忘れてしまったりもします。試合運びをもう少し冷静にできるようになれば、また展開も大きく変わってくるのではないでしょうか。今回は東アジア選手権のメンバーには選ばれませんでしたが、朝鮮も日本もいい試合を期待しています。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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