Yahoo!ニュース

時代劇好きのひなたが大河ドラマを観ていない理由〈カムカムエヴリバディ〉

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『カムカムエヴリバディ』より 写真提供:NHK

『おしん』のパロディでの深津絵里の演じ分けに注目

ひなた編に入ってますます盛り上がる“朝ドラ”こと連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』

第15週第71回、いよいよ3代目ヒロイン・川栄李奈が登場した。演出を担当した橋爪紳一朗さんから見た川栄李奈さんは天才肌の俳優だとか。

「3、4年前にほかの番組のオーディションでお会いしたときから器用な方でした。なんでもそつなくできるうえに、こちらが求めている以上のことを表現してくれる、天才肌の役者さんだなと思います」

川栄さん演じるひなたの登場は時に1983年。大月家のお茶の間のテレビでは朝ドラ『おしん』の第1回が流れている。橋爪さんいわく、脚本家の藤本有紀さんは『おしん』の第1回でヒロインおしんがなかなか出てこないことと、ひなたがなかなか出てこなかったことを重ねているそうだ。そのため、3代目ヒロインがついに登場するにもかかわらず布団の中でぐずぐずしているという華々しさからかけ離れたものにあえてしてあるという。なかなか練られた登場シーンなのだ。

橋爪さんは『おしん』をはじめとして、この週に出てくるテレビ番組や音楽などのカルチャーをリアルタイムで見た世代ではない。それらが大ヒットした凄みを肌感覚ではわかっていないため、当時を知る藤本さんや制作統括の櫻井賢さんなどに聞いたり、実際に見たりしながら演出したそうだ。

朝ドラで登場人物が朝ドラを見るのは『おはなはん』にはじまって『カーネション』でもやっているある種の伝統のひとつだが、『おしん』のパロディーをやるまでになるとは朝ドラも成熟したといえるだろう。橋爪さんにその心境を聞くとーー。

「台本を読んで、これを映像化する場合、コントのようにやりすぎると物語の世界観を壊してしまうし、かといって抑え過ぎると面白味がなくなってしまうので、どれくらいの温度感でやるかという加減が難しかったです。おしんのお母さんを演じた深津さんは『カムカム』のるいとは違うように演じられていた気がして、それがちょうどいい温度感で、15分の中でいいアクセントになったのではないかと思います」

『カムカムエヴリバディ』より  写真提供:NHK
『カムカムエヴリバディ』より  写真提供:NHK

朝ドラは見ているのに大河ドラマは見ていない

『カムカム』では『おはなはん』『水色の時』『雲のじゅうたん』『おしん』と朝ドラがすでに4作出てきた。日曜の夜のお茶の間では大月家は『サザエさん』と『母を訪ねて三千里』を見ていたが、そのあと放送される大河ドラマを見る場面はなかった(第69回)。ひなたはあんなにも時代劇好きなのに。なぜ? 堀之内礼二郎チーフプロデューサーに聞くと「ははは……確かに」と笑いながら答えてくれた。

「僕だけかもしれませんが、今、聞かれるまで大河が出てこないことを全然不思議に感じていませんでした。時代劇なのにね(笑)。NHKが制作してきたものなので映像を出すのにもそれほどハードルはないのですが。でもきっと藤本さんは最初に考えて検証されていると思います。聞いていないので推測ですが、『カムカム』は時代の一里塚を朝ドラで表現しているので大河も入れると煩雑になり過ぎると考えられたのかもしれませんね」

なんだか他人事みたいな堀之内さん。本筋とは関係ない話なのでこんなこと聞くほうもどうかしているわけだが。時代劇好きなひなただが武将には興味がないのか。SNSでのツッコミ待ちだろうか。というのは冗談だが、朝ドラや日曜のテレビ番組などその時代の文化が同時代を生きた視聴者の共感を呼ぶひなた編。こういう現代に近いドラマが好きな視聴者もいれば、安子編のような戦争の時代を生き抜くドラマが好きな視聴者もいる。

3つの時代の安易ないいとこどりではない

『カムカム』は3代記にすることで半年間のなかに朝ドラの様々なジャンルが入ってお得な作りになっている。視聴者がシニア層から若者まで多様化していく今、どの層にも刺さる画期的なドラマだと思うが、毎回こうはできないし、これ一回限りの渾身作であろう。もともとそれを狙っていたのだろうかと堀之内さんに聞くとそうではないと言う。

「いいとこどりは『言うが易し、行うが難し』というところがあって、面白くするのは相当難しいことです。特に現代では色々そろっている幕の内弁当よりガツンとしたウリがある焼肉弁当が食べたいという方のほうが多いと思うんです。あれもこれもとパッケージしてどうぞ、だと埋もれてしまうので、強いものでアピールしながら一点突破していかないと、たくさんのすぐれた作品が簡単に見られる世の中では見ようと思って頂けない。『カムカム』はそもそも時代のアソートをやろうと考えていたわけではないですが、藤本有紀さんが描くひとつひとつのエピソードが強いく、キャラクターも魅力的だからこそ成立したし、視聴者の皆さんにも喜んでいただけたのだと思います。バランスがよくていいとか総取りだからいいとかいうことよりも、ひとつひとつのおかずが美味しいということ、それがギュッと詰まっているところが魅力なのかなと。見方を変えれば、100年間、三世代を描く時代ものと言いながらも、実は“家族”というワンテーマのドラマとも言えます。ラジオの英語講座と歩んだ家族の物語が主軸であって、時代を描くことは目的ではなく、物語の世界に没入してもらうための手段だと僕は考えています」

家族の話をひとりひとり丁寧に紡いだ結果に3つの時代がそれぞれ1作の朝ドラのように見応えがあるものになった。

まだまだ用意されているぞくぞくする展開

「それぞれの時代やキャラクターに共感していただかないと、ただの日本の近現代史になってしまいます。俯瞰で時代を時代ごとに見せていきますよという物語だったら、僕らも年号も積極的にわかりやすくテロップに出すと思うんですよ。『◯年にこういうことが起きました。そのとき、ひなたはーー』というように。サブタイトルでしか年号を出さず、あくまでも家族の物語のなかに時代性を入れていく。その明確な線引は、最初に藤本さんや演出の安達もじりらと一緒に考えていたことでした。安子編で様斬なエピソードが豊かに積み重ねられていきましたが、その本当の意味がるい編、ひなた編でだんだんと明らかになっていきます。今はまだひなた編の序章ですが、後半になると、こんなことになっていたのかというようなことがまだまだ用意されていて、僕らも作りながらぞくぞくしているんです。今はまだはっきり語ることができませんが、もう少し先まで見続けていただければ、そういうことだったのかとわかっていただける日が必ず来ると思います」

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』

毎週月曜~土曜 NHK総合 午前8時~(土曜は一週間の振り返り)

制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢

作:藤本有紀

プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香

演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史 二見大輔 泉並敬眞

音楽:金子隆博

主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈

語り:城田優

主題歌:AI「アルデバラン」

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事