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涙が止まらない 朝ドラ〈カムカムエヴリバディ〉がこんなにも哀しい出来事を描く理由

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『カムカムエヴリバディ」より 写真提供:NHK

“朝ドラ”こと連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の放送がはじまった時は、和菓子の甘さのように優しい雰囲気にほっこりした。ところが第4週は戦争が激化して次々と人が亡くなっていく。それもふいに。え、この人が? ということの連続に気持ちがついていけないほどで……。

制作統括の堀之内礼二郎チーフプロデューサーは「第3週までこんなに盛り上がったのに、第4週は喪失感に満ちた展開になり、視聴者のみなさんの悲しむ声を聞いて心が痛いです。制作に携わる立場としても、みんなで生み出して、共に過ごしてきた愛しい人達を亡くしてしまうのはとても辛いことでした」と言う。

「ただ、谷が深ければ深いほど差し込む光は眩しく感じるものです。ここからいよいよ英語講座が希望の光になっていきます」

第4週の演出を担当した安達もじりさんも、第4週には覚悟して臨んだと言う。

「毎日人が亡くなっていくので、辛すぎず、優しさをもって描きたいと思いました。ただ、最後の稔の戦死の報せを安子が受けた時は、音楽などを使って盛り上げることなくそのまま描くよう心がけました。安子が神社で泣き崩れる場面はひとり残されてしまった彼女の感情を表現したくて引きで撮りました。しかも上白石萌音さんにカメラが近寄りがたいほどの深い悲しみの空気を感じたので、距離をとったところから彼女を見守るような映像の作りになりました」

音楽で盛り上げる代わりに無音が効果を成している。第4週は第18回の終戦の瞬間の無音と、第20回での安子の嘆きの場面の無音。その狙いを安達さんはこう語る。

「当時の文献を読んだり、体験した方の話を聞いたりすると、玉音放送が流れた時、蝉の声が印象に残っているという証言がよくあります。安子が神社で祈るシーンの前に無音を入れたのは蝉の声を印象的にするために静寂がほしかったからでした。第20回では、「稔さん」という安子のつぶやきは台本に書かれていて、その声を印象深くするために音のない世界を作りたいと思い、撮影の時からそのつもりでいました。無音は視聴者を心象風景に向かわせる力があると感じますね」

印象的な無音。と同時に第20回ではザーッというノイズも効果的に使用されている。

「あれは風の音をじょじょに上げていったらとてもこわい音になりました」

ひとつひとつのエピソードやシーンを細やかに作り込んでいる『カムカム〜』。半年で100年間を描くため進行が駆け足になる部分もあるが、総集編に見えないような作り方を工夫していると安達さん。

「例えば、これまでの朝ドラではアヴァンで前回の振り返りをやることが多いですが、『カムカム〜』ではやらずに冒頭から新しいシーンをやっています。それは賭けでもありました。振り返りがないことは視聴者の方に親切ではないかもしれませんが、振り返りの時間を削って新しいエピソードを少しでも多く描く方がより満足してもらえるかもしれない。忙しい朝の時間でも”ながら見”できるつくりにするか、それとも忙しくてもちゃんと手を止めて見たいと思ってもらえるものにするか悩み、今回は後者に挑みました。15分の限られた時間のなかで物語に没頭して存分に味わってもらうことを大事にしたいと思ってやっています」

第17回、岡山に空襲があった後の紫陽花に雨が落ちて黒く染まっていく画は、黒い雨の表現だが、説明的に黒い雨を降らすのではなく、紫陽花が染まっていくところがブルーの明かりで叙情的で美しくさえ感じた。

「広島、長崎は良く知られていますが、岡山空襲の後にも黒い雨が降ったという証言が残っています。この花は安子たちが避難した場所の脇に咲いていた花、という設定です。岡山空襲で黒い雨が降ったのは夜だったという記録が残っていたので、夜の表現として青いライトで明かりを作っています」と堀之内さんが教えてくれた。

ブルーの明かり自体はナイトシーンでは珍しくないそうだが、紫陽花のアップをブルーで照らすことにセンスを感じる。

戦後はどうなる?

ちょっとしたところに手が込んでいるその余裕が視聴者の心も満たしていく。

さて、戦争が終わり、沢山の人が亡くなって、もうコレ以上の谷はないのだろうか。

「詳しくは言えませんが、そう簡単にいかせないのが、藤本脚本のすごさです」と堀之内さん。

「第5週はいよいよドラマの最大の核であるカムカム英語との出会い描かれます。カムカム英語の放送が始まったのは、終戦から半年がたった1946年2月から。当時のことを取材すると、本当に辛かったのは戦時中より戦後だったという証言も多いです。戦時中は誰もが日本は勝つと信じていたから、生活が苦しかったり身近な人が亡くなったりしても、勝つため仕方ないと心を慰めることもできましたが、戦後は価値観がひっくり返り、信じていたものが信じられなくなった人が多かった。『こんな結果になるならなぜ戦争をしたのか……』と、アメリカの豊かさを目の当たりにすればするほど徒労感に苛まれ、多くの日本人は心の支えを失っていました。そんな苦しい時期にはじまったのがカムカム英語なんです。アナウンサーの平川雄一さんは日本を明るくしたい、落ち込んだ人々を元気づけたいと願って、カムカム英語を通して日本中に呼びかけはじめました。さだまさしさん演じる平川さんの優しい呼びかけが『カムカム』をご覧になる皆さんの支えになってほしいと願っています」

『カムカムエヴリバディ」より  写真提供:NHK
『カムカムエヴリバディ」より  写真提供:NHK

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』

毎週月曜~土曜 NHK総合 午前8時~(土曜は一週間の振り返り)

制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢

作:藤本有紀

プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香

演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史

音楽:金子隆博

主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈

語り:城田優

主題歌:AI「アルデバラン」

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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