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月9「イチケイのカラス」で登場人物の”独り言(ひとりごと)”がやけに多い理由

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
(写真:アフロ)

リーガルドラマ・月9「イチケイのカラス」(フジテレビ系 月曜よる9時〜)第8話は

「クレプトマニア」と呼ばれる精神疾患を持つ者の事件を中心に、心の声を言葉にすることの大切さが描かれた。以下、事件に関してはネタバレに配慮していますが、それ以外のネタバレも一部あります。

「心の声」といえば、「イチケイのカラス」では登場人物が「独り言」として「心の声」を語ることが極めて多いことが気になっていた。主人公の入間(竹野内豊)が他人の心を読む能力があって、坂間(黒木華)がよく「心を読まないでください」と注意しているが、みんな、心情がダダ漏れなのである。例えば、第8話では、川添書記官(中村梅雀)が、同期のほとんどが管理職になっている中、自分だけは現場の仕事で、それは彼の意思ではなく出世できないだけであることをぶつぶつ嘆く。彼は、自分が出生できない理由を、ペアを組む裁判官の引きが悪いせいにする。その裁判官とは入間である。そんな愚痴と滞りなく定年を迎えたいという説なる願いなど川添は延々とモノローグで語り続ける。

川添だけでなく「イチケイのカラス」では登場人物のモノローグがとても多い。その理由は裁判の場面が多いための苦肉の策であろう。そうしないと極めて事務的で潤いのない会話ばかりになってしまうから。裁判中、澄ました顔の裏側で、それぞれが何を考えているか、モノローグで描くことで臨場感が出てドラマが活気づくし、今、何が起きているか誰が見てもよくわかる。第8話では、万引き犯と万引き犯がもみ合いになって傷害事件になって審理中「どっちが嘘をついている」「被告人か被害者か」などと浜谷(桜井ユキ)や川添が声に出す。被告人の心情の変化も、川添がモノローグで語り、それを導いた川添や浜谷を「ナイスアシスト」と坂間が心のなかでねぎらう。あるいは、いつものように入間(竹野内豊)が「職権を発動します」と言うと傍聴に来ている入間ファンが法廷画を描きながら「入間って、坂間って、駒って、川添っち、浜やん イチケイの愉快な仲間たち、正直もはやLOVE!」と心の中で盛り上がる。その前には、「来るよ」「お約束」とぶつぶつ川添と浜谷が言っている。

モノローグ自体はドラマではさほど珍しい手法ではない。だが「イチケイのカラス」では、心の言葉として切り分けて描く場合と別に、裁判中に小さく口を動かして言葉に出している場合の2パターンを混ぜ合わせている。裁判中にそんなに小さく声に出すことがあるものだろうかと前から気になっていたら、第8話では坂間(黒木華)が石倉(新田真剣佑)がぼそっと私語をしていることを注意した。やっぱりちょっと気になることという自覚が作り手にはあったのだと確信と共に安心もした。とはいえそれは何かとチェックしたいドラマ小姑の悪いくせに過ぎず、視聴者はそれをあまり気にしていないというかスルーしているように感じる。今の世の中、独り言はもはや当たり前。多くの人がドラマを見ながらSNSでツッコんでいて、「来るよ」「お約束」「ナイスアシスト」「イチケイの愉快な仲間たち、正直もはやLOVE!」などのセリフはまるでTweetみたいでもある。とりわけコロナ禍以降のおうち時間の習慣化により、独り言を言うことが増えたとも聞く。マスクをしているから油断して独り言を言ってしまう経験談を筆者は聞いたことがある。それに以前から我々は、ガンダムやエヴァなどのアニメの登場人物がコクピットの中で何かとブツブツ言っていることにすっかり馴染んでしまっているのである。

それにしても「イチケイのカラス」の独り言率はかなり高い。筆者は最初の頃、心を読むと言われている入間が彼らの裁判中の声をニュータイプのように読み取っているのかともフカヨミしていたくらいである。今回、石倉が私語を注意されたのでそうではなかったことがわかった。

入間は今回の事件で「心の声を言葉にすることも大事なのだと思います」と言う。彼の仕事――裁判自体が、ほんとうの心を明るみに出すことだから「イチケイのカラス」でやたらと本音が言葉に出るのも意図的なことなのだろう。あえて曖昧にして受け手の想像力に委ねる表現も魅力的ではあるが、主人公や主人公側の人物たちの考えが明快であるものもエンタメとしては万人が楽しめるものとしてあっていい。わからないのは被告人の心だけーーそこだけミステリーとして死守してあれば安心して楽しむことができるように作られているのが「イチケイのカラス」である。

イチケイのメンバーは裁判中、アイコンタクトなどをして、口に出さずともわかり合っている場面が回を増すごとに増えているように感じる。チームワークの良さとは、阿吽の呼吸――なんとなく相手の気持ちがわかることでもある。それは彼らが入間の元、ふだんから言葉に出して語り合っているから生まれる。川添が裁判官の引きが悪いと愚痴るが、研修に来た若者たち(渡辺佑太朗、夏目愛海)は川添がまわりまわって引きがいいと言う。傍から見たらすごくいいチームでいい仕事をしているのである。イチケイのチームワークがどんどん良くなっていて、まさに「入間って、坂間って、駒って、川添っち、浜やん イチケイの愉快な仲間たち、正直もはやLOVE!」と言いたくなるのだ。

余談だが、入間が何かの例え話をするとき、刑事コロンボの名セリフ「うちのカミさんが」のように「甥っ子が」と言っていて、でもそれは架空の人物かと思っていたらほんとうに出てきて(武井壮)、SNSを沸かせていた。入間の心はなかなか読めない。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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