Yahoo!ニュース

ジャニーズが危うい炎を聖なる光に変える。北川拓実(少年忍者/ジャニーズJr.)「火の顔」観劇ルポ

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『火の顔』より 撮影:阿部章仁

YOASOBI がいま流行っているが、夜遊びとか火遊びとかいう言葉はなんだか魅惑的だ。ひとはつい非道徳的なものに惹かれてしまいがち。「火の顔」は少年クルト(北川拓実)が暗闇のなかでマッチをする場面からはじまる。それはまさに非道徳な世界への誘いのようだった。ただ、火は使い方によっては危ないものであると同時に、とても役に立つ。人類は火によって進化したと書かれた神話もある。神々の火をプロメテウスが盗み出して人間に与えたため罰された。火によって人間の生活は豊かになり、それが罪になる。火とはグレーな存在なのである。

少年クルト役に抜擢された北川拓実(少年忍者/ジャニーズJr.)はインタビューしたとき、中学の理科の授業でマッチを使ったことがあると言っていた。とはいえいまどきマッチを使う機会は少ないだろう。現代社会では肉体と炎が近づく機会は少なく、マッチをすることは指先に炎の熱さを鼻先に炎のニオイを感じ、すこし危うい行為である。

劇場の暗闇で本物の火がぼうっと浮き上がる様子に観客である私達も息を飲む。

舞台は、とある一家の家。上手(客席から向かって右)奥にダイニングと下手に父母(中野英樹、比企理恵)の寝室があり、手前の上手に姉・オルガ(大浦千佳/小林風花)の部屋、下手にクルトの部屋。真ん中には鉄パイプが並べられたような長い廊下がある。それは親子が集まる食堂と夫婦の部屋、姉と弟の部屋を分けている橋のようにも見える(美術:伊藤雅子)。ダイニングの奥に、DJブースのようなものがあってクラブ・ミュージックのようなノイズ系な生演奏(西川裕一)が行われている。

ごく一般的な四人家族が、子どもたちが思春期に入ったことで揺らぎ始める。姉もクルトも肉体的に成長をはじめ、父母は接し方に戸惑いつつ、なにごともなかったように振る舞おうとし、その小市民的な分別が逆に子どもたちとの距離を遠ざけていく。

クルトは火に興味を持ち、姉オルガは性的なことに興味をもち、最も身近な弟を未知なる世界に誘う。知識を得ること、自分の肉体とその欲望を知ることは、本来ならば子どもの通過儀礼である。大事な過程をこの家族はうまく通り過ぎることができない。

身体の正しい使い方を知ることが知性であって、心と体を適切な方向に使うことを知れば火のように役立つけれど、危うい方向に、若い可能性を無謀に使っていくクルトとオルガの姿がなんとも痛ましい。やがてオルガには恋人パウル(納谷健/直江幹太)ができる。ひとり取り残されてしまうクルトは恋人との関係を邪魔しようとする。クルトの火に対する関心はますます強くなって、誰の手にも負えなくなっていく。

今回、初舞台の北川拓実は真っ白なジャケットとパンツを着用し、胸ははだけている。思春期で惑う少年という設定ながら、身体は出来上がっていて、胸筋、腹筋が鍛えられ、真新しいマシーンのようだ。なんとも危うい色気は、例えが古くて申しわけないが、70年代の沢田研二みたい。北川の親世代でもギリギリわかるくらいだろうか。70年代の沢田研二は不良感に満ちてかっこよかった。……話が逸れた。クルトにはこういうセリフがある。

(前略)人間はひとつの機械だ。燃料を燃やして動いている。熱を生むんだ。燃え続けている間だけ、人間は生きていられる(後略)

北川はこのセリフのように、内なるエネルギーを燃やして最高のパフォーマンスを見せる高性能で軽量のロードバイクのように、舞台上を所狭しと跳ね回る。物語が進むにつれて、熱と速度は上がっていく。

春に桜が一晩開けたら満開になるように、人間は生涯で少なくとも1度はきっと最高にそのポテンシャルを爆発させる瞬間を持っているはずで、そうしたいと願っているのではないだろうか。北川拓実はジャニーズJr.のユニット少年忍者という22人もの大所帯のユニットのなかで折り目正しく活動している17歳で、中学時代からショービジネスの世界に身をおいているからか達観しているふうに見える。だからこそ、自分と全く違う不良少年を演じることが楽しいとインタビューでは語っていた。

物語の少年クルトは、家族も学校も社会も窮屈に感じて、もっと広い世界に走り出すことを欲して破壊に及んでしまうけれど、北川は、その破壊を、ステージで輝くスター性へと転じて見せる。まるで火から生まれる火の鳥のように。あらゆるものを焼き尽くす炎を北川は“正”のエネルギーに変えていく。ジャニーズはこういう神話を演じるのにふさわしい。とりわけショー的な照明に身を包んだときは、やっぱりジャニーズという感じだった(照明:佐藤啓)。

すべてが終わった静寂のあと、カーテンコールに現れた北川は両手を振って満面の笑顔を見せていて、そこにはもうクルトはいなかった。

善きエネルギーが出口がみつからずに彷徨い淀んでしまう前に、浄化を行う。演劇とスターにはそんな役割があることを実感した。

演出は深作健太。脚本はドイツで活躍する劇作家・マリウス・フォン・マイエンブルグ。「火の顔」は彼の処女作で、97年に発表。98年ミュンヘンで初演。日本では2005年に上演された。日本人の演出では2009年に東京芸術劇場小ホールで松井周演出で上演されている。

※最近はジャニーズの写真がウェブでも掲載されることが増えてきたが、未だ垣根は高く、今回は”GPや初日レポートについては、公式サイトでの掲載でしたら、問題ないのですが、その他での掲載はご遠慮いただいております。”とのことで、主人公不在の写真ながら、記録として掲載します。

火の顔

作:マリウス・フォン・マイエンブルグ

翻訳・ドラマトゥルク:大川珠季

演出:深作健太

出演:北川拓実(少年忍者/ジャニーズJr.)

   納谷健/直江幹太(Wキャスト)

   大浦千佳/小林風花(Wキャスト)

   中野英樹

   比企理恵

2021年3月25日(木)〜29日(月)

吉祥寺シアター

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事