Yahoo!ニュース

志村けん ”朝ドラ”「エール」に出演。卓越した”おじさん”力の秘密

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
(写真:アフロ)

“朝ドラ”こと連続テレビ小説「エール」(NHK総合)、5月1日(金)放送の第25回に、3月29日、新型コロナウイルス感染による肺炎で急逝した志村けんが出演した。オープニングではその死に「謹んで哀悼の意を表します」とテロップが流れた。

志村は昨年(2019年)12月から3月6日まで撮影に参加していた。志村が演じる役は、昭和を代表する音楽家・古関裕而をモデルにした主人公・裕一(窪田正孝)が尊敬してやまない音楽家・小山田耕三。「赤とんぼ」などの童謡や「鐘の鳴る丘」「からたちの花」などヒット曲を手掛けた山田耕筰をモデルにした人物である。小山田は今後、故郷・福島から東京に出て音楽家として活動する裕一に、日本作曲界の重鎮として手を差し伸べることになる。25回の登場は、いかにも”重鎮”という雰囲気で登場。「若き天才」裕一の初リサイタルの記事に「ホンモノかまがいものか楽しみだねえ」と苦み走った言い方で、いいモノか悪者か楽しみだねえという余韻を残した。残念ながらすべての出番を撮り終えるまでには至らなかったが、志村演じる小山田は今後も時折登場する。

「鉄道屋(ぽっぽや)」以来の俳優出演

志村けんが朝ドラに出演することははじめて。それどころか俳優としてドラマに出ることも稀有なことである。俳優として映画に出たのは21年も前の高倉健主演作「鉄道員(ぽっぽや)」(99年 降旗康男監督)のわずか数分ほどの場面のみだと言われる(はじまって50分過ぎた頃に出てくる)。俳優のオファーを断り続け、笑い一本でやってきた志村けんが朝ドラに出て俳優として演技を披露する。これは大事件だったわけだが、その演技を楽しませてもらう前に本人が亡くなってしまい、視聴者としては心中複雑である。生きていれば、「あさイチ」などに出演して朝ドラ秘話や、いま、俳優としての出演を決めた理由などを語ってくれたのではないかと思うと惜しい。

「変なおじさん」じゃない「ふつうのおじさん」

俳優としてではないが、志村けんが“朝ドラ”に出演することになったきっかけのひとつではないかと思う番組がNHKにはある。先日、一本のみ再放送されたコント番組「となりのシムラ」である。2014年から16年の間に不定期で6作が放送された。開始時、志村けんがNHKで初めてコント番組を行うということで話題になった。しかも内容が、ごくごくふつうの中年サラリーマンの日常を描いたもので、「変なおじさん」はいない。いるのは、ほんの少しだけ「変」くらいなおじさんだった。NHKの番組アーカイブでは“お笑いの神髄を追求してきた志村けん、NHK初のコント番組。志村が演じるのは、どこにでもいそうな普通のおじさん。しかし、ちょっとした日常の“ずれ”が笑いを生んでいく。誰もが共感できる“あるあるネタ”を基本にリアリティーあふれる演技でつづる、志村けんと実力派俳優たちが競演する大人のコメディー。“と紹介している。

素なのかと思ったら……

例えば、先日再放送された、高木ブーがそこか!と思うところで出てくる#5では、志村演じるサラリーマンのおじさんが、野間口徹、阿部サダヲ、吉岡里帆たち演じる若い部下たちや、伊藤沙莉演じるコンビニの店員などとやりとりしながらどうにも噛み合わない関係、岸本加世子や八木亜希子演じる長年連れ添った妻との微妙な関係、そのどれにもなんともいえない哀愁がにじむ。年上としての引けないプライド、男性が女性につい抱くよこしまな気持ち等々、パワハラ、セクハラにならない範囲の、致し方ない人間(主としておじさん)の業がおかしみになっていた。志村けんというと、バカ殿や変なおじさんなどの徹底して作り込み、常にハイテンションで押し切っていく強烈な印象があって、それによってどんな言動も「バカだなあ〜」で笑って済んでいたのだと思っていたが、ふつうにいそうなおじさんでもちゃんと成立させていた。卓越した観察力と再現力で、人間の駄目な部分をまるごと自分の身に引き受けて、笑いに昇華している、懐の大きさを、ふつうのおじさんをやることでより強く感じさせた。

ヅラではない地毛でスーツでとぼとぼ歩きぼそぼそしゃべる。ロケ撮影のごくごくふうつの街並みに溶け込む。コントをしていない志村けんはもしやこういう感じなの?と思ったものだが、脚本を担当した放送作家の内村宏幸は志村の追悼コラムにこのように書いていた。

当初、志村さんが“志村けん本人”を演じる設定で行きたいと制作サイドがご本人に提案したが、素の自分を見せる事だけは頑(かたく)なに拒まれた。

出典:西日本新聞 2020年4月7日

哀愁ある中年サラリーマンは、志村けんそのものではなく(当たり前だが)作り上げたキャラクターなのか。もしかして「素」?と思わせる演技力。

探偵コントも

これを機会に、演じてないように見えるおじさんキャラという領域に志村けんは向かうのかなと思っていたところ、残念ながら「となりのシムラ」は新作が作られなくなって、その代わりかわからないが、2018年、ミステリー小説を原作にした「スペシャルコント 志村けん in 探偵佐平 60歳」が放送された。これも先日、追悼番組として再放送された。警視庁の経理課で勤めていた初老の主人公が退職後探偵事務所を開く。しっかり者の助手(伊藤沙莉)を雇って活動開始。「金魚誘拐事件」に挑む。ドラマタッチの60分1本勝負で、これだけ長いコントでひとりの人物をやるのははじめての挑戦だったというが、冴えない経理畑のおじさんが目端の利く助手に引っ張られていく感じも新鮮だった。民放のコント番組では若い女性タレントを育てていくという印象があったので。探偵コントでおもしろかったのが、いかにも探偵ふうなコートと帽子を身につけるとたちまちびしっとかっこよく決まるのである。やっぱりコスチュームプレイが得意なんだと思った。

NHKで志村のコント番組を担当してきた吉田照幸

さて、このコントを演出したのが「エール」のチーフ演出で脚本も手掛ける吉田照幸である。朝ドラに関する本も出し、朝ドラレビューを毎日

連載している私は「エール」のレビューでは吉田についてこんなふうに説明していた。

映画にまでなったコント番組「サラリーマンNEO」の演出をやっていたし、忘れてはいけないのは「あまちゃん」。チーフの井上剛と両翼で「あまちゃん」を支えた功労者であり、物語の核を担う井上に対して、音楽と笑いを使ったポップな見せ方で盛り上げた。その後、実話をもとにした「洞窟おじさん」、長谷川博己や吉岡秀隆を主演にした金田一耕助シリーズ、同性婚を扱った秀作「弟の夫」、映画「疾風ロンド」「探偵はBARにいる 3」など注目作を多く手掛けている。

出典:エキレビ 連続朝ドラレビュー 第1回

志村は吉田と14年から「となりのシムラ」6本と「スペシャルコント 志村けん in 探偵佐平 60歳」と一緒にやって、ついに今回の“朝ドラ”で、本格的な俳優としての出演という流れだったら素敵だったのに。あくまで勝手な想像でしかないが。視聴者としては14年からじわじわと何かがいつか起こりそうな気がして楽しみだったのだ。いかりや長介が晩年、俳優として活躍したように、志村けんも初老のおじさんの魅力をドラマや映画で演じてくれるようになるのではないかと。その期待は叶わず残念ではあるが「鉄道員」以来の俳優としての姿を見ないままにならなくてよかったとも思う。

「となりのシムラ」#1、4、6は5月6日(水 午後3時30分〜)、NHK総合でアンコール放送される。ふつうのおじさんの哀愁が、もう会えない哀愁になってしまう寂しさも込みで見たいと思う。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事