無念の「いだてん」波乱万丈ロス五輪水泳400メートル自由形決勝のもようを実感込めて振り返る

大河ドラマ「いだてん ~東京オリムピック噺~」30回より 写真提供:NHK

日本ではじめてオリンピックに参加した男・金栗四三(中村勘九郎)とオリンピックを東京に呼んだ男・田畑政治(阿部サダヲ)を主人公に、明治、大正、昭和とオリンピックの歴史とそれに関わった人々を描く群像劇。第二部・田畑編。波乱万丈のロサンゼルスオリンピックの水泳競技のもようを実感放送した当時のアナウンサーたち同様に“実感”込めてお伝えします。さらにこの回の演出家・津田温子さんから伺った”実感”もお読みください

【あらすじ 30回「黄金狂時代」(演出:津田温子)】

いよいよロサンゼルスオリンピックがはじまった。田畑総監督(阿部サダヲ)率いる水泳選手団では、期待の大横田(林遣都)が胃腸カタルになってしまう。リレー競技を別の選手に交代し、

400メートル自由型決勝だけ参加したものの金メダルを逃し、悔し涙にくれる。

ロサンゼルスオリンピックがはじまった

1932年7月30日、ロサンゼルスオリンピックがはじまった。ドラマは開会式直前、大横田のトイレシーンからはじまる。そこにのたりと動く黒い虫が印象的に映って……。

場面変わって、どこからかドスンドスンと音がする。嘉納治五郎(役所広司)がファンの集いで技をかけまくっていた。日本ではただの面倒くさい迷惑じじいだが、アメリカでは愉快な名物じじいと思われている治五郎。柔道は、満を持して正式種目にするのだと田畑に語っていると、その話を打ち切るように軍の演習による大砲の音がつんざく。治五郎が未来の話をすると、金栗のときは関東大震災が来て、田畑のときは大砲が鳴る。これって明らかに夢が潰える暗示ではないか。いやな予感しかしない。

1940年のオリンピック招致は、日本が出遅れたことと、満州事変によって国際社会で評判が落ちているため難しそう。ただ、オリンピック無用論を唱えるヒトラー率いるナチスが政権をとれば、決定済みのベルリンオリンピックが返上され次のオリンピックが日本に転がりこんでくる可能性があることに、田畑が目を光らせると「スポーツが政治に屈するなど絶対にいかん」「平和なのはフェンスの内側 それじゃいかんのだよ」と治五郎はムキになる。その一方で、戦争の気配がじわじわと近づき、純粋にスポーツに励む者たちに影を落としていく。

近代史を描いた大河ドラマが時代劇よりも求められないひとつの理由に、悲劇が身近に感じられることがあるだろう。時代劇ではどんなに殺し合い奪い合いがあっても、遠い時代の、自分とは違うものと思って見られる。ほんとうは地続きなのに。そして今は、その地続きの実感こそが必要だから「いだてん」があるのだと私は思う。

実感出そうぜ

他人事ではない、絵空事ではない“実感”が必要だ。30回では、ロスオリンピックで実際に試みられた「実感放送」が描かれた。実況放送をアメリカに止められた代わりに、競技のスタートからゴールまでの様子の見たまま感じたままを、リアルタイムではなく、少し遅れて、河西(トータス松本)、松内(ノゾエ征爾)アナが実感を込めて日本に向けて放送する。

「記憶放送」「思い出し放送」「あたかも放送」「スポーツ慢談」「スポーツしゃべくり放送」などと次々候補名があがるも、田畑は「実感が足りない」と一蹴。結果ーー

田畑「実感出そうぜ」

松内「『実感放送』じゃない」

と名前が決まる。

ネットでも見ることができるNHK放送文研による「実感放送」の記事によると、命名者は松内とある。松内が名前を決めたらしき史実は生かしながら、田畑のごりごりのパッションが元になっていたという流れは面白い。

いまの時代と重ねると、ドラマを見ながらツイートするリアルタイム実況が「実況放送」なら、ちょっと遅れて振り返るレビューは「実感放送」みたいなものかもしれない。

この場面、阿部サダヲとノゾエ征爾の会話の間合いが良かった。ノゾエ征爾は、松尾スズキが演劇を教えていたENBUゼミの出身者だから、松尾演劇の系譜を汲んでいる。阿部サダヲが主演した松尾スズキ作、演出の「ニンゲン御破算」(18年)で狂言作者・河竹黙阿弥をやっていたとき、作家の乾いた感じが出ていてすごく良かった。そんな感じで宮藤官九郎作品とも相性がいいはず。実感こもりすぎて、10秒を1分もかけて紹介するという実際もあった話に基づいたアナウンスの昭和感も出ていた。

大横田と前畑が腹痛に

↑ここまでがアヴァン。8分強。ものすごく密度が濃い。

オープニング開け、8月7日、水泳競技開幕。まず宮崎(西山潤)が金メダルをとって、幸先が良い。ノンプレイングキャプテン高石(斎藤工)が「ありがとう」と宮崎を抱きしめる。

その頃、東京では、相変わらず貧乏暮らしの美濃部孝蔵(森山未來)一家。妻おりん(夏帆)が蚊帳と交換してもらったラジオで実感放送を聞こうとするが、孝蔵は質屋に持っていく。いたいけな娘が「いつか父ちゃんの落語、ラジオで聞くんだ」と言っても聞く耳もたない。

毎度、賛否両論の落語シーンだが、落語云々ではなく孝蔵のダメっぷりにもやもやすることも確か(あくまでも役のこと。森山未來はダメな孝蔵をみごとに演じている)。

だが、30回は、落語とのコラボにかなり必然性があり、表現もいつにも増して冴え渡っていた。落語は「実感放送」のようなものなのだ。「見てきたような嘘を言う」は講談師のことだが、落語も似たようなもので、お話を臨場感もって語る芸である。「いだてん」ではオリンピックに挑む先人たちのことを、「実感」込めて語る役割を、孝蔵こと志ん生たち落語家が担っている。

30回では、ロスオリンピックでの大横田の胃腸カタル、前畑秀子(上白石萌歌)の腹痛、美濃部の聞く万朝(柄本時生)の「疝気の虫」(そばにつく虫)に重ねて見せるだけにとどまらず、昭和の志ん生が「「疝気の虫」を稽古しているときに、妻りん(池波志乃)がそばをすするカットや、虫のカットも挿入し、時代と場所がめくるめく交錯する。この目まぐるしさによって、大横田や前田ののたうちまわる苦しさが増幅される。ついでに、孝蔵が万朝の落語を見て自分が落語家としてずいぶん置いていかれてしまったことを痛感し、復活を決意する感情の高まりも強烈に伝わってきた。まるで音楽を聞いているときのような高揚感や感情の解放があった。

無念の400メートル決勝

ラジオを持っていった質屋に万朝が毎月金を払ってとってもらっている、孝蔵の羽織がある話はグッとくるし、万朝の落語につい笑ってしまうおりんが「おもしろいか」と孝蔵に訊かれ「そうでもないよ」と気を使う苦さも。誰もが、うまくいかないことに、のたうち苦しんでいる。神社の縁結びのお守りをちぎって飲みこむ女子水泳選手たち。彼女たちは国際親善のためにつれてこられたようなもので、期待されてない。女子だって活躍したい、その鬱憤と、誰が好きかという恋バナが同居する女子部屋。その頃、男子選手も女子選手の誰が好みか、ひとりに絞れない果てしない欲望を持て余している。練習中、どこを見ていいかわからない。女子のせいで全然調子がでないと悶える小池(前田旺志郎)に、スポーツで発散するんだと鍛えた腕の筋肉を見せつける鶴田(大東)。ぐるぐるぐるぐる、お腹も頭も心も混乱し、虫に腹をつきあげられるがごとく、気分が上下したすえ、大横田の400メートル決勝の日がやってくる。

ここで田畑は自分の「一種目も失うな」というスローガンの呪い返しを受けることになる。大横田に400メートルに専念させるため、代わりの800メートルリレー選手として、情を出して高石を起用しようと言い出したところ、これまで高石を出したがっていた松澤が拒む。そのとき田畑は「たとえ負けても」と口を滑らせ、高石を無用に傷つけてしまう。このときの斎藤工のしょんぼり顔。出たいけどでも…という謙虚さとすこしの期待がすぐに破られる落胆、胸のうちが痛いほど伝わってきた。

結局、痛恨の作戦ミスに。代わりに出た横山は、2種目参加となり、400メートルでは疲れが出た。そして肝心の大横田も途中で失速する。

この試合の実感放送は、より臨場感を出すために、河西たちの前で、田畑や選手が水しぶきをあげたり、泳いだりして見せる。阿部サダヲと林遣都の必死な顔。負け試合を再現する苦しみはいかばかりか。大横田は泣く。「すいません。試合に出られない者のあるなかで自分は恵まれていました。それなのに肝心なときに 期待に応えられずすみませんでした」と号泣する大横田を、高石が「もういい、もういい、しゃべるな」と後ろから抱きしめる。その姿に、バックハグ(あすなろ抱き)と不謹慎なことを思って申し訳ない。…気を取り直して、このときの大横田や高石の感情の爆発は、彼らの個人的な苦悩にとどまらないであろう。時空を越えた多くの人たちの悲しみ、苦しみがそこにあるように思えた。震災で焼け出された人々の、前畑の憧れた人見絹枝の、何度も何度もオリンピックに挑んだ金栗の、夫と子どもを残して逝ったシマの……。

言葉にならない生きる苦しみと、それでも生きたいという希求と、理屈じゃないもっとプリミティブな力が疾風怒濤のごとく暴れている。

日本の新聞社では、酒井菊枝(麻生久美子)が、田畑があらかじめ書いていた原稿の「金」を「銅」に直す。「金」と「同じ」と書いて「銅」なんだなとそのとき思った。金でも銅でもいいじゃん、という気がした。

そして、堂々たる背中で、前畑の出番が来る! ガンバレ!

この回の演出家・津田温子さんに聞いた

演出の津田温子さんは、土曜ドラマのなかでも快作「トットちゃんねる」にも参加していた。大河ドラマでは「西郷どん」で西郷と月照の深い愛情を描いたエピソードを担当している。

「宮藤さんのドラマを見て育った世代なので、とても緊張しました」という津田さん。

「30回は、まーちゃんが迷い、しくじってしまう回なので、オリンピック代表選手という、選ばれし者を描いていますが、できるだけ親近感が湧くにはどのようにしたら良いか、考えながら取り組みました」

 

特にこだわった演出シーンは「水泳シーンはもちろんですが、あえてあげるとすれば、万朝の落語疝気の虫~孝蔵とおりんが、万朝の楽屋を訪ねるシーンです」とのこと。

「30回は、登場人物皆、ちょっとずつ力んでしまっています。おりんさんの力みに孝蔵への想いが溢れるように、力いっぱいのおりんさんをイメージして取り組みました。おりんさん役の夏帆さんが、池波志乃さんに見えました」

高石と大横田のやりとりの演出のポイントについても教えてもらった。

「このシーンを読んだときにロンドン五輪の松田選手の「康介さんを手ぶらで返すわけないはいかない」という言葉を思い出したのを覚えています。大横田選手も高石キャプテンの思いを背負い、金メダルをとらないといけない、いつもより力んでしまったのかもしれません。それが今回は裏目に出た。一生懸命だからこそ、ちょっとしくじってしまう瞬間って誰しもあって、その瞬間は、人間臭くて愛おしい瞬間だなと思っています。このシーンのあとに、菊枝さんが金のとなりに同を書き足しますが、高石も大横田に対しては、金メダルをあげたかったし、責任も感じていると思います」

実況放送では水音にも力を入れた。

「田畑さんの水を手で弾く音を大事にしました。大横田への田畑さんの気持ちが水の音に表れると良いなと思いました」

第二部 第三十一回「トップ・オブ・ザ・ワールド」 演出:西村武五郎 8月18日(日)放送

31回は、国際情勢に暗雲が立ちこめるなか、田畑たちがスポーツの持つ明るい力を実感する回。大きな見どころは、前畑と鶴田のレース。田畑やカクさんもエキシビションで泳ぎを披露する。田畑のさざなみのようなクロールが見られるのか! 

大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」

NHK 総合 日曜よる8時~

脚本:宮藤官九郎

音楽:大友良英

題字:横尾忠則

噺(はなし):ビートたけし

演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁ほか

制作統括:訓覇 圭、清水拓哉

出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか 麻生久美子 桐谷健太/森山未來 神木隆之介/

薬師丸ひろ子 役所広司 ほか 

「いだてん」各話レビューは、講談社ミモレエンタメ番長揃い踏み「それ、気になってた!」で連載していましたが、

編集方針の変更により「いだてん」第一部の記事で終了となったため、こちらで第二部を継続してお届けします。

第一部の記事はコチラhttps://mi-mollet.com/search?mode=aa&keyword%5B%5D=%E3%81%84%E3%81%A0%E3%81%A6%E3%82%93%E3%80%9C%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E5%99%BA%EF%BC%88%E3%81%B0%E3%81%AA%E3%81%97%EF%BC%89%E3%80%9C