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朝ドラ「なつぞら」、北海道・十勝の菓子店「雪月」と「おバタ餡サンド」の源は「柳月」「あんバタサン」か

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「おバタ餡サンド」に似ている「あんバタサン」  写真提供:柳月

安定した人気を誇る朝ドラこと連続テレビ小説「なつぞら」(NHK 月〜土 あさ8時〜)も残り2ヶ月を切って、主人公なつ(広瀬すず)がいよいよ結婚と盛り上がっている。

戦災孤児だったなつは北海道の十勝の酪農一家のもとで育ったという設定のため、十勝ロケも多く、視聴者は広大な自然に癒やされている。「なつぞら」の感動を求めて北海道に思いを馳せる人に向けて地元では様々な企画が行われている。先日は、なつの心の友・天陽(吉沢亮)のアトリエをはじめとしたロケセットの公開がはじまったところだ。「なつぞら」の人気者・天陽くんのアトリエほか続々公開開始 朝ドラの舞台を残したいロケ地の取り組み

「おバタ餡サンド」は「あんバタサン」なのか

そんなとき8月8、9日放送の回で、なつの幼馴染・雪次郎(山田裕貴)が考案した菓子「おバタ餡サンド」に似たお菓子が北海道にあるという。その名も「あんバタサン」

小豆はふっくらとしたつぶ餡。柳月では創業時から受け継がれている職人の技術で組み合わせる素材によって餡を炊き分ける。少し酸味のある発酵バターを使うことで、上品な餡の甘みがより引き立ちマイルドな味わいに
小豆はふっくらとしたつぶ餡。柳月では創業時から受け継がれている職人の技術で組み合わせる素材によって餡を炊き分ける。少し酸味のある発酵バターを使うことで、上品な餡の甘みがより引き立ちマイルドな味わいに

十勝を代表する「小豆(あん)」と「バター」を組み合わせたあんバタークリームを、しっとりとしたサブレでサンドしたお菓子で、なんだかドラマの「おバタ餡サンド」のコンセプトに似ているが、このお菓子が販売されたのは2018年夏。こっちのほうが早かった。では、ドラマは「あんバタサン」を参考にしたのだろうか。十勝の菓子メーカー、昭和22年創業の柳月の企画開発室・阿部さんに取材を試みた。

柳月がNHKの取材で答えたこと

柳月は雪次郎の実家の菓子屋「雪月」と名前も似ていて、視聴者の間ではモデルじゃないか説もあがっている。聞けば、「なつぞら」制作にあたり、ドラマのプロデューサー、脚本家、演出家など複数名から取材を受けたという。ただし、そのときはどんなドラマになるかは伏せられていたそうだ。

「NHKさんは昭和20年以降の十勝や菓子屋の話をお聞きしたいとのことでした。弊社は昭和22年創業の菓子屋ですが、その当時から働いている職人がいます。創業当時に販売していたアイスキャンディーや、その後直営店舗にできた喫茶室で人気だったパフェやかき氷などのお菓子の話や、戦後まだ甘いものが珍しく、貴重だった時代に、当時の職人たちが試行錯誤して菓子作りに励んできたエピソードや想いなどを話しておりました」

取材を受けたのは、職人から店舗の店長まで務めた経験があり、いまも現役の重鎮。そこで話されたおおまかな内容は以下。取材がドラマに生かされているように感じる。

「創業当時(昭和22年)の戦後まもない頃、菓子作りをするのにも、原料そのものがなかなか手に入らなかったそうです。それでも何とか材料を集めて菓子を作り、駅前のマーケットで販売していました。劇中にもマーケットのシーンが描かれていましたが、私個人的としては、その時職人が話していた当時のマーケットの賑わいの様子や、空気感がドラマの中でも感じられたような気がしました。弊社の創業当時、帯広には70件以上の菓子屋があったそうで、その中でいかに生き残るか試行錯誤したお話をしておりました。具体的にしていたことは、全国から腕のいい職人を招いて菓子作りの技術を身に着けたり、当時はまだ和洋折衷が珍しく邪道だと言われていた時代に、和菓子と洋菓子を組み合わせてみたり色々と実験、試作を繰り返していたそうです。例えば、夏の暑い日にかき氷を出していたお店は沢山あったそうです。しかしその中で他ではやっていないことがしたいという考えで生まれたのがピンク色のかき氷でした。薄ピンク色のシロップの正体は、りんご味でした。さらに、パイナップルもトッピングしてカラフルな見た目と味わいは当時とても珍しく、大変人気が出たという話をしていました」

ドラマでも雪次郎の父・雪之助(安田顕)がパイナップルの入ったかき氷「雪月の夏」を作っていた(28話)

バタークリームケーキがドラマに出てきて嬉しかった

「地元の美味しい食材を使った菓子作りを続けてきました。お話させていただいたひとつに”バタークリームケーキ”があります。当時は現在の生クリームよりも、バタークリームケーキが主流でした。十勝の新鮮なバターを使って作られたバタークリームは格別で当時から現在でも、十勝では生クリームと同じくらいバタークリームケーキも人気があります。劇中の大切なシーンでバタークリームケーキが登場したのを見て、とても嬉しかったです」

雪次郎が演劇をやることを父に許してもらうため、バタークリームを使ったケーキをつくる回も感動的だった(77回)。

十勝の柳月本店 何種類もの菓子が並び、目移りしてしまう 本店限定品などもある 撮影筆者
十勝の柳月本店 何種類もの菓子が並び、目移りしてしまう 本店限定品などもある 撮影筆者

こうして聞くと、ドラマの雪月と柳月とはかなり近い気がする。ただ、NHKは公共放送のため、特定の企業や商品名を出すことができない。そのため、実在の人物や企業に取材したうえでドラマを作る場合でも、モチーフやヒントにしたフィクションとなることが多い。

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「なつぞら」も、特定の企業や商品名、人物名をほぼ使用していないが、取材をされた側として、ドラマを見て共感することもあるそうだ。

「ドラマのテーマのひとつに“開拓者精神”があるように感じられますが、本当に当時の弊社の職人を始め、十勝の人のそういった熱い想いが今の十勝に繋がっているのだと、ドラマを見て改めて感じています。ドラマに登場する職人さんもそうですが、他の登場人物の方々にもそうした生きることへの熱意を感じられ、毎日勇気をもらっています。雪月と柳月は、地元食材にこだわっている点と、常に新しいことにチャレンジする職人の姿勢が似ている様な気がします。十勝は、ミルクやバターなどの酪農や、小豆や砂糖などの農業も盛んです。全国的に美味しく、質の高い十勝の食材で作ったお菓子通して、十勝の魅力をお伝えしたいという創業時からの想いを元に、できるだけ地元産の食材を使って菓子作りに日々励んでいます。ドラマで描かれていたバターを使ったお菓子作りのエピソードも、そういう点で共感しました」

「やさしいあん子」「なつドラ」とドラマを思わせる商品も 

柳月は地元に愛されている菓子店。誕生日やお祝いなど特別な日はもちろん、日常から楽しんでもらえる菓子作りを目指し、年間で約300種類の菓子を販売している。柳月を代表する「三方六」だけでも新作が次々出て飽きることがない。

「今年は例年とは少し違うサイクルで新商品を出しています。ドラマの放送スタートの4月に合わせて発売した商品がたくさんあります。十勝に注目が集まる時期に、より十勝らしい新商品のお菓子でお客様をお迎えしたいと思い時期を調整しました」ということで、「空ジュレ」「なつどらクリム」「夏三郎」という名前のお菓子や、「あんバタサン」「やさしいあん子」特別バージョンパッケージなどが販売されている。また、「夏結び」というアソート商品(夏と冬にオリジナルデザインの風呂敷で包んだ二段重の菓子折りを毎年発売している)を包む風呂敷のデザインも「なつぞら」を意識しているようだ。

「例えば、『空ジュレ』は、“十勝晴れ”という言葉もあるように、青空の多い十勝の魅力をお菓子にしたものですし、あんバタサンは、十勝の美味しさをぎゅっと凝縮したお菓子です。十勝を代表する食材である小豆とバターの美味しい組合せです。地元のお客様を始め、道内外の観光客のお客様から北海道・十勝らしいお菓子として興味を持ってもらえることがありがたいです」

風呂敷のデザインがかわいい 菓子折り夏結び ここにもあんバタサンが入っている 写真提供:柳月
風呂敷のデザインがかわいい 菓子折り夏結び ここにもあんバタサンが入っている 写真提供:柳月

あんバタサンは長年の研究の成果

あんバタサンは、季節の菓子折り「冬結び」「夏結び」に入れる菓子として開発されたものだが、あんバタサンらしき菓子の試作はかなり昔から行っていたそうだ。

「当時まだ餡などの和菓子が主流だった時代に、柳月の職人は何か新しいものができないか日々研究をしていました。そんなある日、職人が和菓子の『あん』と、洋菓子の『バター』をふと組みあわせてみました。当時はまだ和洋折衷が珍しく、邪道とさえ言われていたのですが、これが大変美味しく、その後も試作が重ねられてきました。そして、去年の夏、十勝らしいお菓子が検討されている中で、『あん』と『バター』はどちらも十勝を代表する食材で、その魅力を詰まったこの『あんバタサン』がちょうどいいこのタイミングで発売する流れになりました」

地域ドラマは地元と訪問者をつなぐ

ドラマの影響もあってどの商品も反響が大きいという柳月・阿部さん。「なつぞら」を通して「弊社としても改めて十勝を見つめなおす良いきっかけを与えていただいたと思っております」と語る。地域を舞台にしたドラマが制作されることによって、制作者の取材に応じたり、ドラマに合わせた地域活性企画を考えたりすることで、地元の住民が改めて地元の良さに気づく。これはご当地ドラマの良さのひとつだろう。

筆者が地域ドラマを見て、現地に取材や観光に行って思うのも、訪問者が土地の良さをどんなに叫ぼうと、地元の人の地元愛と活動に敵うものがないということだ。風景も食べ物が魅力的でも一回の旅行で意外と満足してしまいがちだが、合わせて地元の人たちが魅力的だと、その人たちに会いたくてまた来たくなる。地域ドラマの魅力は、ドラマを通して、地元の人たちと訪問者をつなぐことだと思うのだ。

夏休みも後半、ドラマはあと一ヶ月半、帯広に興味をもった方たちに柳月さんからメッセージをもらった。

「ぜひ一度「十勝」にお越しいただきたいです。ドラマの中でも十勝の広い風景が沢山描かれていますが、本物はもっと広いです。私自身も十勝出身ではないのですが、初めて十勝に来た時の想像以上のスケールに驚いたのを覚えています。さらにお菓子だけではなく、食べ物がとても美味しいです。1日3食では食べきれないほど、ぜひ食べていただきたいものがたくさんあります! 北海道の中でも本当に北海道らしい風景と、本物の”夏空”、そして、ドラマにも描かれている気さくで親切な十勝の人々とぜひ触れ合っていただけると、きっと元気をもらえると思います」

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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