Yahoo!ニュース

『チコちゃんに叱られる!』に見られるNHKらしくなさ。ではNHKらしさとは何なのか責任者に聞いてみた

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

5歳児チコちゃんが「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と日本人をぶった斬る番組『チコちゃんに叱られる!』が幅広い層に大人気。家族で見られる番組として愛されている。

人気の理由を5つ挙げてみよう。

1. チコちゃんがかわいい。

2. 扱われる題材がユニーク。

3. 「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と叫べる爽快感。

4. 誰もが5歳児の自由な発想に戻って柔軟に考える楽しさ

などが挙げられるが、なんといってもこれ。

5.NHKらしくない。

民放のバラエティーのノウハウを取り入れた構成が人気につながっている。

では、そもそも「NHKらしさ」って何? と『チコちゃんに叱られる!』の制作統括・水高満さんに教えてもらいに伺いました。

セットの小道具も凝っている チコちゃんの絵が 写真提供:NHK
セットの小道具も凝っている チコちゃんの絵が 写真提供:NHK

NHKという先入観を逆手に

ーー水高さんが著者のひとりである『「英語でしゃべらナイト」の発想術 異化力!』(NHK出版)を読みました。面白かったです。ここに載った水高さんのプロフィールに、永井豪さんのインタビュー集『世界の終わりと始まりに〜漫画家永井豪 創作の秘密』も出されていると書いてあり、それも読んでみたいと思ったのですが……。

水高:永井豪さんと番組をやっていたことがありまして。それで永井さんが聞き手に指名してくださって1冊分インタビュー本を作りましたが、今はもう廃版になっています。

ーー英語から漫画までいろいろなジャンルの番組を担当されてきた水高さんは、今、大人気の雑学バラエティー番組『チコちゃんに叱られる!』の制作統括をされています。人気でたくさんの記事が出ています。

水高:もともとの企画は共同テレビの小松純也プロデューサー、シリーズの総合演出の河井二郎さんたちによるものです。

ーーおふたりは、その前に『魅惑のソノタ』(16年)という番組を一緒に作っていらして(「多数派」に対する「その他」という少数派の魅力を探る番組)。

水高:お仕事としては、あれが最初の出会いです。『魅惑のソノタ』もコンセプトがはじけていて、制作していて楽しかった。その当時から『チコちゃん〜』の企画もすでにありました。

ーー水高さんが共テレさんと仕事するきっかけは何だったんですか。

水高:小松さんはフジテレビの方ですが、現在は共同テレビに在籍し、いろんなメディアでお仕事をされています。小松さんが、NHKに企画を持ち込んでくださって、それがどれも新鮮だったので一緒にやることにしました。

ーー2年以上前に企画提案された『チコちゃん〜』は現在の原型をとどめたものでしたか。

水高:チコちゃんの仕掛けまでは決まっていませんでしたが、5歳の女の子が「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と叱るアイデアと、改めて問われると答えられないような質問を出すという大筋はすでにありました。実際、放送した内容でいえば、「いってらっしゃい」のとき手を振ることを大人は疑問にさえ思わない。だけど5歳の子どもなら、なんでだろうと思ってもおかしくない。調べていくと、その仕草には意味があって日本人の歴史に根差していたというように、取材して堀ってみたら深い世界が見つかるという番組はNHKでやっても面白い、いやむしろ親和性が高いとすら思いました。

ーーNHKさんはすごく取材力が高いですものね。

水高:『チコちゃん〜』はNHKの取材力と民放の面白さが融合しているとよく評されますが、実際、制作しているディレクターはほとんど外部の方で、NHKの取材力とも言えないんです。ただ、もしかしたらNHKの番組だから、ディレクター側に、徹底的に調べ尽くさないと、というような意識はあるかもしれませんね。

ーー“NHKだから”というプレッシャー(笑)。そういう先入観は、視聴者にもあります。“NHKっぽさ”とは何だとNHKの方は思って番組を作っていらっしゃいますか。

水高:NHKの代表ではない僕には何とも言えませんが、『チコちゃん』に限って言えば、NHKのイメージーーNHKだから確かなことを伝えてくれるに違いない、情報は真摯に真面目に伝える、とかいうようなことをすごくいい具合に利用している番組だとは思います。それともうひとつ、NHKの番組でよく言われるのは「笑えない」ってことですね。笑いが少ないと。そういったNHKのイメージのすべての逆を行っているのが『チコちゃん』だと思います。

ーー逆張りの魅力。

水高:その一方で、「NHKは真摯に取材し伝える」という線は崩したくないから、疑問に関しての取材と、その回答のVTRを作るときは、それはもう芯のしっかり通ったものを作り、そのうえで崩します。森田美由紀アナウンサーという、数々のニュース番組の顔もやり、『NHKスペシャル』のナレーションもたくさんやってらっしゃる「ザ・NHK」という感じの方が『NHKスペシャル』調にちょっとふざけたナレーションを言うことも、多分NHKのイメージを利用したギャップの面白さです。「〜〜な日本人のなんと多いことか」などとちょっと上目線で言ってみたりして。

セットの小道具は少しずつ変更されてるそうだ 写真提供:NHK
セットの小道具は少しずつ変更されてるそうだ 写真提供:NHK

とぼけた内容も綿密に打ち合わせ

ーーNHKはちょっと上目線というのも大方のイメージなんですね。笑いの不足分はどうやってフォローしていますか。

水高:『笑う犬』(98〜2003年)などを手がけた小松プロデューサーをはじめとして、民放の最前線でバラエティ番組をやっていらっしゃる複数の制作会社の演出陣、作家の方々が自由にたくらみを持って制作しています。NHKのイメージって「予定調和」のイメージもあると思うのですが、それもできるだけ排しています。

ーー確かに事前の打ち合わせが長くあらかじめしっかり作り込んでおくみたいなことは私も経験があります。

水高:ありますよね。この番組に限って言えば、もちろんチコちゃんっていうか、声を演じている木村祐一さんとは事前に打ち合わせをします。チコちゃんが答えを知っているという番組なので、そのための打ち合わせはしますが、岡村隆史さんほか、ゲストの方々は打ち合わせなしで何も知らずにスタジオに入ってきて、いきなり問題を出されます。

ーー先日、その道の識者の方がテーマのカレーについて語るはずが、いつの間にかその人の人生の話になってしまいましたというようなことは、たまたまそうなっちゃったからの苦肉の策ではないのでしょうね。

水高:半分狙いですね。通り一遍の解説を聞いて「はい、分かりました」という番組にはしたくないと思っているから、撮影に行く前、番組の構成を立てる段階で「ここは面白そうに膨らませるポイントだね」ということは全員で認識してやっています。似たようなケースで言うと、「電車の中で人はなぜ眠くなるの?」という問いで、終電で、寝過ごしてしまった方にインタビューすることにしました。答えとしてはお母さんのおなかの中を思い出すからなんですね。電車の中の振動が、体内にいたときと音環境がすごく似ているから安心して眠くなるんじゃないかという説を答えにしました。そこからが番組としての遊びで、寝過ごした人も、今、電車という母の体内から出てきた人だから、お母さんについての思いをついでに聞いちゃおうというのは初めから狙って撮りました。

ーーそれはやっぱりNHKクオリティー。

水高:いや、NHKクオリティーというか、チコちゃんクオリティーですかね。NHKでも民放でもきちんとしてるところはしているのです。

ーークレジットにものすごい数のスタッフ名が入っています。

水高:あれでも一部なんですよ。各VTRごとにディレクターがいるから。NHKでは全員表記ができないので、代表者だけ出しています。

ーー1問につき1チームみたいなことも何かの記事で読みました。

水高:はい、基本的に1問につき1ディレクターのチームです。

ーーその人たちは全員、会議で集まってディレクター会議みたいなことをしますか。

水高:基本的には、自分の担当回でやりたいネタを探すために集まりますが、全員揃うかは別として、みんなで集まってネタを出し合って割り振りを決めます。あとは、ロケの構成検討など、担当回ごとに個別に会議をやります。

ーーそれぞれの班の個性は違いますか。

水高:『チコちゃん〜』は、当たり前に思っていて知らなかったことを「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と叱られ、その後、回答するというスタイルが決まっているだけで、その回答VTRの演出スタイルは自由なので、ディレクターの作家性が出ますよ。

岡村隆史さんの似顔絵だった 写真提供:NHK
岡村隆史さんの似顔絵だった 写真提供:NHK

『カリキュラマシーン』をリスペクト

ーー音楽の付け方、編集の仕方もテンポがよい気がします。タイトルバックの音楽と絵と「ボーッと生きてんじゃねえよ!」って声の入り方のタイミングも最高で心を掴まれます。

水高:笑えたり、はっとさせたりするツボは、やはりスタッフの力が大きいですね。民放の一線級の番組で番を張ってきた人たちが、みんなでアイデアを出してやっているので、崩し方にも長けています。この間だからこそ笑えるという編集のつなぎ目など、体に染み付いているような感じです。それはもしかしたらこれまでのNHKカルチャーにはあんまりないことかもしれません。

ーー民放さんはCMの間にチャンネルを切り替えさせてはならない使命もありますし、ものすごい気迫でもって番組を牽引していきますね。CMの入れる場所も計算しているし。

水高:もちろんNHKでも、ドキュメンタリーなどで、このカットをあと数秒伸ばすだけで余韻が変わるとか、そういう工夫はしていますが、いわゆるバラエティーでの攻めの編集や構成の訓練をしているか、といえば、まだ足りない。その点では僕らも勉強になっています。やっぱりすごいですよ。ここでもう1秒の半分、半秒だけ詰めるだけで、もっと笑いが起きるよとか、そういうのはすごく勉強になります。

ーー水高さんは爆笑問題さんと番組をやられていますけれども、そのときもそこまでは攻めてはなかったですか。

水高:爆笑問題さんとの番組ではやってきました。個人的にはやってきたつもりです。NHK全体でいうとノウハウが蓄積されている途中かなと思います。

ーースタッフは若い方が多いんですか。

水高: 20代からベテランまで。プロデューサー陣は40~50代です。

ーー『チコちゃん〜』の主題曲は70年代の名作子ども番組『カリキュラマシーン』(日本テレビ)の主題曲です。なぜこの曲を使われたのですか。

水高:開発番組のとき、まず、あれを当ててみたら、それはもう番組のイメージに合っていたんです。レギュラー化する時には新たに主題曲を作り直すことも考えましたが、『カリキュラマシーン』はすごくアバンギャルドな子ども向け番組で、クリエーションもしっかりした素晴らしい番組だったので、その精神的なリスペクトもあってそのまま使わしてもらっています。チコちゃんが昭和の女の子というか、今どきじゃない女の子というイメージなので、それにも合っていましたね。

ーー水高さんも子どものとき、見ていました?

水高:見てました、見てました。僕も小松さんもみんな見てましたよ。

ーーこの音楽に合わせたタイトルバック映像もすごくいいですよね。

水高:あれもどこかレトロ感覚がありますね。

ここにもチコちゃん  写真提供:NHK
ここにもチコちゃん  写真提供:NHK

家族視聴を狙う 家族誰でも5歳

ーーチコちゃんに関して詳細は秘密であることは記事で読んでわかっていますが、着ぐるみがスタジオで動いて、どこか別のお部屋でボイスチェンジャーを通して木村祐一さんがしゃべっているというところまではOKですか。

水高:今、ネットとかでチコちゃんの仕掛けはどうなっているかが話題になっているので、ぼかすところはぼかして言える範囲で言いますと、スタジオには、着ぐるみがいます。それに合わせてリアルタイムで木村さんがしゃべり、ボイスチェンジャーで変えたチコちゃんの声が、そのままスタジオのゲストにも聞こえます。主にチコちゃんの顔(表情)は、収録後にCGで組み替え、というかメイクをしています。

ーーCGの出来は極めて高度ながら、別の場所から声を同時に当てているところはアナログというか演劇みたいで、そのギャップもまた面白いです。

水高:あまりに声と身振り手振りが合っているから、木村さんが中に入っている説もありますが、番組としては「そうかもね」っていう答えをしているっていう状態です。番組の公式見解としては「中の人なんかいません」としています。

ーーこれもまた記事でよく読みますが、若い視聴者を最初から狙っていたのですか。

水高:放送時間帯もまだ定まらず開発番組としてやっていたときは、ちょっとエッヂの効いた番組で、今のような「家族視聴」というよりは、40代以下の層に見てもらえるといいなと思っていました。今、放送時間帯が金曜のゴールデンと、土曜日の朝ドラの後なので、3世代の家族視聴できる番組を目指しています。子どもと、小さなお子さんとか小学生ぐらいまでと、その親世代と、そのまた親世代が『チコちゃん』を見てみんなでワイワイガヤガヤするっていうのが理想です。

ーー『半分、青い。』で若い視聴者(二十代から四十代)が増えたと木田幸紀放送総局長が9月19日の定例会見でおっしゃられていました。小さいお子さんのいるような若い世代の方たちが、NHKを見るようになってきたことをどう思われますか。

水高:民放しか見ず、NHKを見ない層が、一定数、確実にいると思いますが、NHKの番組が多様化し間口が広がったことで、1回見ると、NHKもこういうものをやっているんだと興味をもって付いてきてくださっているように感じます。

ーー今ちょうど過渡期なんでしょうか。

水高:いい具合にシャッフルされる時期だといいなと思います。

ーー最初に“NHKっぽさ”のお話を聞きましたが、そうやって「NHKはちょっとお硬い」と思っていた人たちにそうではないと言いたいとか、もうちょっと視聴者を増やしたいとか、見る世代も変えていきたいという意識を持っていますか。

水高:そうですね。ただ、あまりマーケティングや計算で制作するのではなく、肌感覚で新鮮なものを提供していきたい、という感じですね。

ーー若い人に見てほしいという話になると高齢者には寂しい話になりそうなところ、『チコちゃん』が素晴らしいと思ったのが、最後のお便りコーナーなんです。どんなお年寄りでも5歳って書きますよね。それによってお年寄りも入ってこられるというボーダレス感があって。

水高:あれ、発明ですよね。会議で、全員5歳って書く決まりをつくろうというアイデアが出ました。どんな内容が来ても「5歳」っていうのは、全部をチャーミングに見せる魔法の言葉ですし、僕ら的には「チコちゃんワールドへようこそ」という入り口なんですよ。「5歳」と書いてくれたら、チコちゃんの世界を面白がってくれていることが伝わってきます。ほんとにどんな人でも面白くチャーミングになりますよね。警察署長「5歳」でも。

ーーNHKの一番偉い人「5歳」。安倍首相「5歳」でもいい。

水高:そうですね。たとえ、お便りコーナーに番組に対して物申す的なクレームを書くにしても、決まりなんでやっぱり「5歳」って書いてほしいかな……。

ーー私も、何かに対して批評的なことを書くとき「5歳」って書けばいいんだと思いました。

水高:みんなでチコちゃんの世界観で遊んでほしいですね。

◯取材を終えて

NHKらしくないらしい、ユーモアをふんだんに盛り込んだ『チコちゃんに叱られる!』は、誰でも5歳を設定することで、誰でも参加できる真の公共性というNHKらしさを獲得しているという極めておもしろい番組であることがわかりました。

自由や多様性を求めることはとてもむずかしいことで、でも、ほんのちょっとの冴えたルールを思いつくことでみんなが楽しめる。いま、求められているのはそういう世界なのではないか、水高さんとお話していてそう感じました。

profile

水高満 mitsuru mizutaka

1968年生まれ。91年入局。ディレクターとして『夢の美術館〜20世紀アート100選』『私が噂のダリである~サルバドール・ダリ 天才の秘密』(2006年国際エミー賞ノミネート)など。プロデューサーとして『英語でしゃべらナイト』『爆問学問(爆笑問題のニッポンの教養)』『仕事ハッケン伝』『探検バクモン』『ニッポン戦後サブカルチャー史』ほか。志村けん主演のドラマスタイルのコメディ『となりのシムラ』も担当した。

現在は、『ネーミング・バラエティー 日本人のおなまえっ!』『チコちゃんに叱られる!』を担当。

美術番組で1枚の絵をどんな角度から番組に仕立てるか、思いをめぐらした経験から、ものをいろいろな角度から見る癖が付いたと思っていると言う。

NHKの美術スタッフの作品も並ぶ 写真提供:NHK
NHKの美術スタッフの作品も並ぶ 写真提供:NHK

チコちゃんに叱られる!

NHK総合 毎週金曜 午後7時57分 (一部地域を除く)

再放送 毎週土曜 午前8時15分

MC 岡村隆史(ナインティナイン)、チコ、塚原愛

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事