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藤ヶ谷太輔、前田敦子が『そして僕は途方に暮れる』で見せたもの

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『そして僕は途方にくれる』 撮影:細野晋司

藤ヶ谷太輔、前田敦子を演出する三浦大輔とは

ジャニーズとAKB、2大アイドルの共演作といえば、2012年に『私立バカレア高校』(日本テレビ)という深夜ドラマがあった。ジャニーズJr.とAKB48の共演という、一組だけの紅白歌合戦のような晴れがましさで、劇場版も製作された。

そのときオープニングテーマを歌ったKis-My-Ft2のメンバーのひとり藤ヶ谷太輔と、エンディングテーマを歌った前田敦子が、渋谷のシアターコクーンで、『そして僕は途方に暮れる』という大沢誉志幸のヒットソングを思い出させるタイトルの舞台で共演している。

 

脚本と演出を手がけるのは、演劇や映画で活躍する奇才・三浦大輔。4月に公開を控える映画『娼年』(原作:石田衣良 主演:松坂桃李)は、娼婦の男性版のような、女性にカラダを売る青年の姿を描いた、R-18+指定の過激なそれも注目されている。

『娼年』は以前、舞台にもなっていて、よくぞ生でこの題材をやったと評判を呼んだ。そもそも三浦が注目されたのは、彼が主宰する劇団ポツドールが、舞台上で生々しいセクシャルな表現を行い続けてきたことがきっかけで、まさか藤ヶ谷と前田が、そんなことを……と一瞬頭をよぎったが、それはない。

舞台という空間を、予定調和にしないで、起こっていることが真に迫り、まさか、と観客が息を呑む瞬間をつくりだすことが三浦の才能であり、『そして僕は途方に暮れる』でも、性的な描写がなくても、その、まさか、の臨場感を作り出した。

藤ヶ谷太輔は、ダメ人間役

物語をかんたんに説明すると、菅原裕一(藤ヶ谷太輔)は己のだらしなさにより、同棲中の恋人(前田敦子)を怒らせ、家を飛び出す。まずは親友(中尾明慶)、それから、バイト先の先輩(米村亮太郎)、学生時代の後輩(三村和敬)、姉(江口のりこ)……と次々と頼って行くも、誰に対しても甘え過ぎて、その都度、相手を怒らせてしまう。だが、彼は問題から向き合うことなく逃げ続け、ついには実家に戻る。当然、母(筒井真理子)ともうまくいかず、逃げ場がなくなったとき、家を出て何年も経つ父親(板尾創路)と再会する。ここまでが1幕。2幕構成で、2幕目は、裕一が逃げて逃げて、逃げた末路のような父……ようするにどん詰まりになってからどうなるかが描かれる。

以前、私がマイナビで書いた観劇コラムで、藤ヶ谷が誰に対しても“ちゃんと向き合わない”という、ある意味苦行の総当り戦をみごとにやりきったと書いたが、藤ヶ谷が演じるのは、人間関係を真摯に構築することなく、うやむやにして、シフトしていく人物。三浦がこれまで描いてきた、一対一の究極のコミュニケーションである性的なことに(浮気にしても本気にしても)のめりこむことすらしないのだから、末期的な役だと思う。そんな生命体の最終形態(悪い意味で)のような覇気のない人間を、大きな商業劇場で成立させる牽引力も見せた。

では、相手役の前田敦子はどうだったか。

前田敦子の真骨頂とは

彼女が演じる主人公の恋人は、逃げる主人公の未練であり、ほかの人を着信拒否にしても、彼女だけは連絡がとれるようになっている。

とはいえ、主人公の自分探しの旅のようなお話なので、途中、途中、彼を心配する身内や友人知人が彼について話すときに出てくるくらいで、前田敦子がこんな扱いでいいのか、と思ったり、でも、筒井真理子、江口のりこという演技派と同じ扱いと思うと、助演もしっかりやって、俳優としてひとつ飛躍したともいえると思い直したり。こうして最後まで舞台を凝視していると、ある瞬間、これこそが前田敦子らしさであると、膝を打つシーンが。

三浦大輔が性的な描写を封印することで改めて彼の才能の本質を見せたことと同じように、前田敦子も、どんなときでも、彼女のゲームメーカーとしての輝きは失われることはない。

LINEのコミュニケーションを舞台や映画でどう描くか

藤ヶ谷太輔と前田敦子ほか、演技派ばかり集めて描かれた人間悲喜劇『そして僕は途方に暮れる』は、チェーホフのような、言葉に出さない微妙な心理劇のような趣もあって、楽しめたが、そういう古典と違うのは、コミュニーケーションの手段である。

登場人物は、スマホで連絡を取り合う。しかも、LINEで。言葉を直接かけるのではなく、LINEの文字でやりとりすることの増えた現代、リアルを描こうとすると、LINEのやりとりは欠かせない。最近は映画やテレビドラマでも登場人物たちがなにかとLINEで会話する描写が増えている。『そして僕は途方に暮れる』も、LINEの画面をステージに出した。

それと、主人公が転々とした、恋人、友人、姉、母の住居を、ドールハウスのようにして一気に見せるという、三浦が昔から使っていた手法があり、それは、映像でいったら画面の複数分割である。そこで俳優たちが、ほかの俳優のしゃべりに引っ張られないように、同時に、個々に電話でしゃべるという、なかなか難易度の高い場面がある。

まるでネットに一斉に人々が書き込んでいるところが可視化されるニコ動の画面のようなことを、生身でどう表現するかが、性的な描写よりも昨今の課題なのかもしれないと思わせた。

これまで長らく性行為を舞台で描いてきた三浦が、それを描かず、身体が接触しないネットによる、のめりこまないコミュニケーションを描いたことと、とはいえ、結果、それだけではなく、やっぱり人間って…というのめりこむ部分も残されていたこと、それが興味深かった。

公演は、4月1日まで渋谷で、4月9日から大阪で上演される。

そして僕は途方に暮れる

作・演出:三浦大輔

出演:藤ヶ谷太輔、前田敦子、中尾明慶 、江口のりこ、三村和敬 、米村亮太朗 、筒井真理子 、板尾創路

3月6日(火) ~4月1日(日) 東京 Bunkamuraシアターコクーン

4月9日(月)〜4月15日(日) 大阪 森ノ宮ピロティホール

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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