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小泉今日子の”毒女”っぷりにヤラれる。下北沢、老舗劇場での主演作『毒おんな』のおもしろさ。

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
椿組2018年春公演『毒おんな』より 小泉今日子と椿組主宰の外波山文明 

男を騙す毒女を演じる小泉今日子

小泉今日子が妻子ある豊原功補と恋愛していると公表し、「自分の罪は自分で背負っていきます」と名台詞的なことを言ってから1ヶ月と少し。当初は賛否両論がマスメディアやSNS で盛り上がっていたが、後をひくこともあまりなく、小泉今日子は現在、下北沢のザ・スズナリで主演作『毒おんな』(脚本:青木豪 演出:高橋正徳)の舞台に立っている。

小泉の役は、真面目なお年寄りや恋人のいる男性を手玉にとって破滅させていく、タイトルどおりの”毒女”。

舞台では、過日の報道によって、かすかに想像した小泉今日子にあるかもしれない闇の部分を、巧みに刺激する、まさに虚実皮膜の世界が広がる。

スズナリは収容人数200人ほどの小さな小屋であるが、演劇界では老舗の劇場。小泉をゲストに招いた劇団・椿組のファンと、小泉今日子見たさの客で、前売り券は売り切れ、連日、当日券が出て、補助席に座る人もいて、劇場は満杯だ。

舞台は北海道。同居人のDVから逃れ、ふらりと農村にやってきた秋野楓(小泉今日子)に男たちはたちまち見とれてしまう。だが、彼女は、意外としたたかで、手練手管で、輸入食材会社の会長(外波山文明)にお金の援助をしてもらうことに成功する。それだけならともかく、いつの間にか、恋人のいる獣医(津村知与支)にも接近、穏やかな農村の人間関係を破壊して、ターゲットを破滅へと容赦なく追い込んでいく。

 

相手によって言動を変えて、うまいこと立ち回っていく主人公にすっかり騙された男たちが、なにもかもを失っていく様子を見ていると、実際にもこんな事件があったなと思う。首都圏連続不審死事件の木嶋佳苗がモチーフになっているらしいが、舞台を北海道の農村という狭い空間に絞ったことで、いっそう主人公の毒が、関わった人たちに感染していく恐怖が色濃くなった。

粘り気のある声が魅力

小泉今日子、ぬけぬけとして(役の上です念のため)、底知れぬ魔性を舞台いっぱいに漂わせる。舞台女優としては、顔も小さく華奢な彼女が、一般女性がふだん着ているようなごくふつうの衣裳を着ると、そのへんにいる小柄な主婦にも見えかねないが、なぜか、その小ささがちっともマイナスにならない。いわゆるオーラなのか、彼女の一挙一動に目が釘付けになるし、文学的な台詞を言わせると、やたらと粘り気のある声とトーンで、圧倒的に聞かせる。

 

小泉今日子は、お菓子のスニッカーズみたいな女優だと思う。ねとーっとして、食べるとお腹いっぱいになるエネルギーがある。庶民的だから、つい手を出すけれど、結局、こちらでは歯が立たない(たくさん食べられない)。そんな感じの小泉今日子。やはり、”毒女”の素質があるのかもしれない。大方のひとが知っているとおり、毒というのは、処方によっては薬にもなる。とり過ぎによって身を破滅させてしまうのだ。

小泉にはミステリアスな役がハマる

小泉今日子の舞台歴は長く、97年、岸谷五朗と寺脇康文の率いる地球ゴージャス『紙のドレスを燃やす女』で初舞台を踏み、その後、岩松了や蜷川幸雄演出作に出演し、演劇賞も受賞、最近では、プロデュースや演出も手がけているほどだ。

小泉が舞台で独特の才能と魅力を発揮するきっかけになったのは、とりわけ、岩松了の描くミステリアスな女であった。16年の岩松作品『家庭内失踪』では、風間杜夫と倦怠期の夫婦を演じて、岩松はそれを「小泉今日子さんには、今までは、象徴的なミステリアスな存在を演じてもらうことが多かったのですが、今回、フツーの世話物の人妻を演じてもらって、けっこういいじゃんと思ったんですね。アイドルのキョンキョンではなく、女優・小泉今日子としてワンステップ上がってもらえた気がしています」(ぴあ『月刊スカパー!』2016年8月号より)と言っていた。

 

虚構に生きるミステリアスな女と、日常にいそうな世話物の女が融合したところに、いまの小泉今日子の強さはあって、『毒おんな』は、いなそうで、いそうな、日常に潜んでいるやばい女性が形作られた。

主人公の過去と現在が交錯する場面などもテクニカルに見せる。

 

主人公の毒にあてられて、隠していた心のうちを表出させていく素朴な田舎の人たちがいい。主人公に対する好意や不審などそれぞれの感情や、主人公のいない間に、彼女の話や自分たちの生活の話をする場面などがしっかり描かれているからこそ、小泉今日子が輝いた。

小泉がほかの俳優たちの魅力も引き上げているところもあるし、お互いがお互いを引き立てあっていいバランスが形成されていた気がする。

 

小泉には”北”も似合う

それにしても、小泉今日子には、なぜか、北が似合う。

朝ドラ『あまちゃん』(2013年)では、「北へ帰るの」(潮騒のメモリー)と歌っていたし、小泉今日子の代表作である映画『風花』(2001年 相米慎二監督)も彼女が演じる主人公は故郷北海道に帰る。小泉がはじめて岩松作品に出た『隠れる女』(2000年)は、北かどうかわからないが、吹雪の山荘が舞台だった。

『毒おんな』でも、小泉今日子と北伝説がアップデートされたといっていい。

公演は3月14日まで。

前売り券は売り切れだが、連日当日券が出ている。

歌舞伎などの脚本も手がける青木豪と、文学座の演出家・高橋正徳という実力派のタッグによる安心感と、

前説の担当者がライトを当ててもらってしゃべるユーモアや、無料で配布されたパンフレットの俳優やスタッフの似顔絵などの手作り感など、

小劇場の楽しさを感じる舞台だ。

椿組2018年春公演

2018年3月2日〜14日

下北沢ザ・スズナリ

作:青木豪 

演出:高橋正徳(文学座)

出演:外波山文明

   井上カオリ 岡村多加江 浜野まどか 今井夢子 瀬山英里子 山中淳恵

   田淵正博 木下藤次郎 鳥越勇作  趙徳安 佐久間淳也

   福本伸一(ラッパ屋) 津村知与支(モダンスイマーズ)

   小泉今日子

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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