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気になる18歳選挙権と衆院選 削除された映画『希望の党☆』で真に問題視したのは若者の政治参加だった

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
選挙を前に削除された映画『希望の党☆』の台本 写真:脚本家・松枝佳紀提供

希望の党の現況は、映画とは無関係とは思うが…

 間近に迫る10月22日(日)の第48回衆議院議員総選挙。小池百合子が新たに立ち上げた政党〈希望の党〉と同じ政党名が登場する短編映画が12年も前に制作されていたことが話題になったことは、それが注目されるやいなや、削除されたできごと(10月5日)と合わせて、記憶に新しい。

 選挙啓発映画『希望の党☆』(金子修介監督)の配信元である公共財団法人明るい選挙推進委員会では削除理由について“作成当時は架空の名称であった「希望の党」が現実のものとなり、この動画により、協会及び総務省が特定の政党を支持または不支持であるという誤解を招く恐れがあります。” と公式サイトで説明している。

 もともと協会による配信は既に終了していて、金子修介監督のYouTubeアカウントで独自配信を続けていたものだった。それが、現実に希望の党が発足したことでにわかに注目され、混乱を招くと判断されてしまった。

アニメやお笑い、ドキュメンタリー 選挙推進動画はたくさんある

 明るい選挙推進員会の公式サイトには[ http://www.akaruisenkyo.or.jp/100movie/ 動画コーナー]があり、国民に選挙に興味をもたせるような動画を見られるようになっている。

 

 現在見られる動画は10本。川栄李奈による啓発CMをはじめとして、鷹の爪団のアニメと、エグスプロージョンのネタものと、河瀬直美のドキュメンタリーなど、硬軟取り混ぜて多彩だ。

 アニメーション動画『鷹の爪団・選挙のススメ!』篇は、古代ギリシャにはじまって、明治時代の日本、戦後の日本と、タイムスリップしながら選挙の歴史を学ぶコメディ。『選挙はマナーだ!』篇もある。

 大流行したエグスプロージョンの踊る授業シリーズ『本能寺の変』の選挙バージョン「『選挙権の変』踊る授業シリーズ【踊ってみたんすけれども】 」は、2016年から18歳以上が選挙権をもったことを、例のフレーズで強力にアピールしている。

 世界的な映画監督・河瀬直美(瀬は旧字)のドキュメンタリー『主人公は君だ!』(全3話)は、生徒会選挙をテーマに、実在する小学校で、俳優の北村一輝と子どもたちが、ガチで討論するもの。北村一輝と少年の白熱対話は見ものだ。

 いずれも、若い世代が興味をもつようなものになっている。

 残念ながらいまはもう観ることがかなわない金子修介監督の『希望の党☆』は、政治に熱心な女子高生と父親の物語。河瀬監督作と同時期(05年)に制作された、SFショートショートのような趣のある映画になっている。

 

 近未来、選挙で選ばれた〈希望の党〉が、選挙に行かなかった者の選挙権を剥奪し、徴兵制を導入する。選挙に行かなかった主人公(木下ほうか)は娘(渋谷飛鳥)が戦争に行くことを止めることができず苦悩するというブラックな内容。漫画家の楳図かずおが神様役で出演し、選挙に行かなかったことを後悔し、時間を戻してほしいという主人公の願いを叶えるが、神の采配はかなり皮肉だ。

京大、日銀、異色の経歴の脚本家が書いた『希望の党☆』

 2005年当時、選挙推進とはいえ、この内容が、総務庁の許可のもと配信されていたと思うと、日本もまだ余裕があったのだなと思う。12年後に削除依頼出されてしまうことになった皮肉な内容の映画の脚本を、金子監督に依頼されて書いたのは、松枝佳紀さん。内容は金子監督のアイデアも入っているが、「希望の党」のネーミングは松枝さんの発案だった。

 松枝さんは、彼が主宰する劇団アロッタファジャイナで、満島ひかりの初舞台作を手がける(06年)という先見の明の持ち主。近年は、映画監督によるワークショップを主宰しているが、もとは京大経済学部卒業後、日本銀行に勤務していただけに、政治への関心は強い。

「政治家になりたいわけではなく、映画や演劇作品を作ることで、政治的な環境だったり生活的なことだったり、個人的な人間の在り方をより良い方向に変化させることが出来たならと願っています。恋愛ものであろうと歴史ものであろうと、それは変わりません」と言う松枝さんが、12年も前に、〈希望〉という名の政党がディストピアを作り出す可能性を思い描いたのは、偶然ではなく、極めて理にかなっていた。

「〈希望〉と言う言葉は、希望のないときにこそ刺さる言葉です。元来、政党の名前は、“自由民主”“共産”“立憲民主”など、政策内容が端的にわかるものが多かった。対して、“希望”というのは漠然としている。人によって捉え方が違っていて、それぞれの“希望”を託すことができるから便利です。ずるいとも言える。そういう意味で、希望のない世の中に灯りをともしますよという姿勢を示した政党が、結果的にみんなの希望をふみにじることをするという物語を書いたら面白いんじゃないかと思った。そういう意味で “希望の党”って絶妙なネーミングだと自分では思っていたのですが、いま、それが本当に使われるとは(笑)。〈期待〉の党でもよかったんです。期待は“気体”というふわふわした言葉にもとれるから。みどり色も、誰もに心地よい印象を与える最適な色で、それも重なりましたね。緑が政党のカラーになるのは金子監督のアイディアですけど」

問題は、有権者の若年化にある

 “希望”、“みどり”、堅苦しくなく、なんとなくいいイメージの言葉を使うことで、これまで選挙に行かなかった層を選挙に導きやすいと、松枝さんは考える。結局、現実の世界では、国民もそこまでふわふわしていなかったようで、現在、希望の党の支持率は芳しくないが、選挙への関心に一役買ったことは確かだ。

「ぼくが作家として、映画『希望の党☆』で描きたかったのは、“政治なんて誰がやっても一緒だからと思っていると、大変なことになる”ということも勿論そうですが、“選挙権をもてる年齢を下げることは必ずしも良いことではない”ということでした。その後、安倍政権によって、実際、選挙権は18歳からもてるようになりました。しかし、これをぼくは良いことではないと思っています。まず考えてほしいのですが、“若い”ということは“経験が不足している”ということです。つまり、物事の判断や決定が“理論的”になりやすいということです。しかし、人間は大人になる過程で妥協していく、すなわち“汚れ”ていきます。理論で“割り切れないこと”の事例をたくさん経験していきます。明確に正誤が判定できない、明確に白黒がつけられない状態の中で、失敗の可能性も含みながら、臆病に判断していくしかないのが“現実”だということを知っていきます。しかし、空想主義的な“理論”側から言うと、その“現実”は生ぬるく映ります。そして、その生ぬるく映る“汚れた現実”が恐るべき数の先人たちが悩みながらも判断してきた結果であることを想像できない者…理論的に正しいなら正しいはずだと思う者…歴史を軽んずる者、すなわち若者は“現実”を否定し“改革”しようとする。そしてその“改革”は先人たちが悩みながら作ってきたものに含まれている非論理的なストッパーを外してしまうことになり、閉じ込めていたはずの妖怪を蘇らせてしまう。たとえばそれは、ここから海側には家を作ってはいけないという言い伝えを軽んじて家を作った者の家が数百年ぶりの津波によって流されてしまうようなことです」

 熱く語る松枝さん。彼は「歴史はそういうことの繰り返しだ」と認識しているという。前回選挙の時にも、若年者に選挙権を渡すことの危険を言いたいと「『希望の党☆』を見てください」とネットなどで言って回ったところ、友人を含め、右派左派を問わず、若年者選挙の施行について反対する意見には賛成をしてもらえなかったそうだ。

 

 高校生に選挙権が与えられた映画ができてから11年後の2016年、18歳から選挙ができるようになり、今回の初の全国規模の衆院選だ。選挙権を持つ18、19歳は、約240万人で、若者の選挙は注目されている。

 毎日新聞では、東京都板橋区の都立高島高校で行われた、「ぼくらの政党をつくろう。」と題した「政治・経済」の授業の様子を伝えている。若者の支持を得た案は

“30歳以上が対象の独身税の導入を掲げた「未来の党」と、「Mommy Help」と名付けた母親支援策として企業内外での保育園の設置を掲げた「4っ党(ふぉっとう)」の2党だった。

出典:毎日新聞10月15日 

”という。

 おおむね、若者の選挙には、それこそ“希望”的な論調が多い。

 松枝さんは、この若者に選挙権を渡すというのは良い政策のように思われることに関してこう考える。

「若年者というか現実的な経験の不足している空想主義者が判断者に増えることによって、下される判断は理論的になり、ギスギスしたものになり、一見正しく見える政策の熱狂的な施行の流列が、いつか、取り除いてはいけなかったはずの封印を外してしまう。ということになる。ナチスはなにより禁煙運動を世界で一番最初に推進し、当時のドイツ国民に支持された政党なのです。その危険を思い出してほしい。そのことを何よりも映画『希望の党☆』には込めたつもりです」

 選挙のたびに、投票率の低さが話題になり、とりわけ20代が低いと懸念される。18、19歳はどれくらいが投票し、何を思ってどの党を支持するか、それによって日本に変化が起こるのか、気になるところ。

 なにはともあれ、選挙は、10月22日(日)。

松枝佳紀

 Yoshinori MATSUGAE

1969年、東京亀戸生まれ、劇団アロッタファジャイナ主宰、劇作家、演出家

金子修介監督の『デスノート』シリーズに監督補や脚本協力で参加している。

俳優教育にも力を入れており、映画監督によるワークショップ「アクターズ・ヴィジョン」を主宰している。

プロデュース舞台

◯10月25日〜29日 『朝鮮総連幹部の息子』@新宿ゴールデン街劇場

◯12月21日〜24日 『杏仁豆腐のココロ』@ウッディーシアター中目黒

〇初プロデュースとなる映画『空の瞳とカタツムリ』の公開を来年に控えている。

松枝佳紀さん 写真:本人提供
松枝佳紀さん 写真:本人提供
フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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