Yahoo!ニュース

ドラマ最前線 制作者インタビュー5 フジテレビ『いつ恋』村瀬健  ラブストーリーは求められている

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
月9『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』主要出演者オフショット

'''ドラマの人気ブランド、フジテレビの「月9」(月曜9時から放送されるためこの名で呼ばれる)。……だったはずが、昨今、視聴率が低迷気味。月9の売りであったラブストーリーがもはや求められなくなっているのではないか、という見方もあり、脱ラブストーリー作品も作られている。

とはいえ、やはり月9といえばラブストーリーとばかりに、今期(16年1月〜3月)も『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(いつ恋)という恋愛ドラマが放送された。脚本は、月9の名を知らしめた人気ドラマ『東京ラブストーリー』(1991年)の脚本を書いた坂元裕二。彼が21世紀の恋愛の形を描く『いつ恋』は、地方都市から東京に出て来た男女たちの群像ラブストーリーで、それぞれ悲しい思いを抱えている登場人物たちが心を通わせていく。

視聴率は一桁代のこともあり、苦戦といえば苦戦。3月21日(月)夜9時、いよいよ最終回を迎える『いつ恋』。どのように決着するのか。このドラマにどのような思いを託したのか、プロデューサー村瀬健に聞いた。'''

画像

ラストは最初から決めていた

村瀬これ、いつ載るんでしたっけ?

ー最終回の直前に。

村瀬じゃあ、一番言えないことから言うと……。

ーええっ。

村瀬ハッピーエンドかバッドエンドか最初に決めていたんですよ。最近の坂元裕二さんのドラマは、ハッピーエンドではないものが多くて.ラブストーリー的なものを書かれるとだいたい別れているんです。ご自分でも笑いながら「なんか幸せにできないんですよねえ」とおっしゃっていて。で、このドラマはどうするかと。いつものパターンでいくか、そうではないほうにするか。どのような終わり方が、音(有村架純)と練(高良健吾)のふたりにふさわしいか考えに考え抜いてたどりついたラストです。

ーハッピーかアンハッピーかは最終回のお楽しみということですね。

村瀬困ったのは、6人の若い役者ー有村架純、高良健吾、西島隆弘、高畑充希、森川葵、坂口健太郎……全員が僕に「ちゃんと幸せにしてください」と言うんです(笑)。そりゃあ、みんなを幸せにしてあげたいけれど、恋愛というのは、誰かが幸せになったら誰かが幸せじゃなくなることもあるわけで。三角関係をいくつか作ってきたこのドラマで、6人とも幸せになるのは非常に難しいんですよね。でも、「優しさ」をテーマにしてきたドラマなので、なんとか6人を各々いい形に決着させたいとは思っていたのですが。

ー優しさをテーマにしてきたんですね。確かに、登場人物がなんだかんだ言って優しかったですね。

村瀬優しさとは何かって定義づけることは簡単ではないのはわかっているんです。優しくないエピソードも描いていますし。例えば、4話で、バスの中に音の下着が散らばった時の乗客の態度を見た方々に、こんなに東京、ひどくねーよってさんざんネットに書かれましたし。確かにちょっと誇張している部分はあるけれど、実際にみんなが暮らしていて気づく東京の冷たさってあるじゃないですか。その反面、時々感じるあったかさともあると思っていて、このドラマでは、日常で忘れがちな優しさをもって生きている子たちを描きたいなあと思っていたんです。とくに音と練の設定がそれです。他者のために生きて、そのせいで苦労ばかりしているふたりがどうなっていくか、それを描きたかったんです。「人生は厳しい。でも恋をしているときは忘れられる」というテーマで、今、東京の片隅で苦労しながらがんばっている若い人たちが、それでも恋はをするわけで、恋するその一瞬の煌めきがあるからこそ頑張れるっていうことを描きたかったんです。

ー練と音の、引っ越し屋さんと介護福祉士というのは、そういう他人のために生きている人物というところから出てきた職業設定ですか?

村瀬人のために生きる職業ってことではないですが、そういう生き方をしてきたふたりが選ぶべくして選んだ仕事だとは言えますよね。とくに、音の場合は、子供の時、養子にもらわれていった家で、家政婦のような扱いを受けた。そういうふうに養父母の世話をしてきた彼女にとって、介護は身に付いた唯一の手に職だったわけで、やっぱり介護福祉士になるべくしてなったということですよね。

ー登場人物に職業選択の根拠があるんですね。

村瀬練の引っ越し屋さんはなんだろう? 気づいたら、坂元さんが引っ越し屋さんとして書いていましたね。

ー第1話で、トラックで音と練が移動しないといけないから?

村瀬いや、あの話が先にあったわけではないんですよ。

恋愛ドラマをやりたかった

ー引っ越し屋さんになったことで、トラックに乗って移動するっていう話になったんですか。なにはともあれ「引っ越し屋さん」って響きがいいですよね。

村瀬この間、TwitterのHOTワードに「引っ越し屋さん」が入っていて、ちょっと嬉しかったです(笑)。ちなみに、3話のときは「アルプス一万尺」が入りました。

ーHOTワードに上がってくるってことは注目されているってことですね。

村瀬されていますね。これ言い切りますけど、世帯視聴率以上に注目されていますね。毎週、若い子たちはTwitterですごく反応してくれています。

ー『恋仲』(15年7月期の月9)もそういう感じで、10代の反響が大きかったそうですね。

村瀬それと近いと思います。若い子たちは熱狂して見てくれている手応えがあります。ちょっと前にTwitterでネタにしましたが、自分たちでドラマを再現した映像を送ってくれるんですよ。5話で、みんなで芋煮会をしている最中、小夏(森川葵)が「みんなドロドロだ」と暴露して、関係性が崩壊するシーンがありますよね。あれを高校生たちが真似した動画をTwitterやLINEにあげていて、そういった盛り上がりは『恋仲』に近いです。違うのは、僕が、そのムーブメントに対して、公式Twitterで送ってくださいと煽ったら、こんな泣ける真面目なドラマなのに、公式さんがそんなこと言うなんて残念ですって怒られたことですね(笑)。コアなファンの方々は、茶化さないでと思ったみたいです。でも、ドラマを遊べる人たちと、真面目に見ている人たちと両方いて、それぞれは盛り上がっているのだと思うと、本当に嬉しいです。

ー賛否両論もあって話題にはなっていたということで、作り手としては視聴率が低くても気にならなかったんですか。

村瀬僕は、視聴率がとれなくても、いい作品を作っているならいいとは1%も思ってないんですよ。やっぱり視聴率はとりたいです。『いつ恋』に関しては、確かに視聴率は決して高くはないかもしれない。でも、こういうラブストーリーを今、この時代に投げ込むことに意味があると思って作ったし、見てくれている人には深く刺さっていることを強く感じているので、そのこと自体は良かったと思っています。このドラマが広く受け止められにくかったのは、キツ過ぎるとか重過ぎるとか暗過ぎると捉えた人が、思った以上にいたのかなあと感じます。

ー恋愛ドラマをやりたいと思っていらしたのですか。

村瀬思っていましたね。坂元裕二さんと恋愛ドラマがやりたかったんです。坂元さんの最近の作品、「Mother」「それでも、生きてゆく」「Woman」などの、ちょっとピリッとした、社会をちゃんとえぐった深い世界観の中で、ラブストーリーをやってみたかったんです。

ー坂元さんはその提案にすぐ乗られたんですか。

村瀬乗ってくださいました。坂元さんもずいぶん久しぶりになる月9で、若い人たちに向けたラブストーリーをやりたいと考えていたそうです。かつて、坂元さんが『東京ラブストーリー』の脚本を書いた時は、バブルで、お金があった時代でしたが、今は違う。貧困が蔓延している今の東京に生きる若い人のラブストーリーを作ろうと坂元さんは思っていたそうです。それも、地方から東京に出て来た人たちを描こうと思いました。というのは、僕は名古屋から出て来て、坂元さんは大阪から出て来た、地方出身者なんです。

ーふたりとも西の方なんですね。

村瀬そうなんです。

ー坂元さんが大阪だから、音は関西弁なんですか。

村瀬坂元裕二が、ネイティブな関西弁のセリフを書き、兵庫県出身の有村さんがネイティブにしゃべるので、関西弁に関しては完璧です。

ー坂元さんって、勝手に東京のイメージでした。

村瀬違うんです。ただ、坂元さんは、19歳で、フジテレビヤングシナリオ大賞をとって東京に出て来ているから、その後はずっと東京なんですよ。

ー大阪のどのへんで生まれ育ったのでしょう。

村瀬奈良と大阪にいらしたそうです。

ー奈良にもいらしたということは、大阪の都会っ子というわけではなさそうですね。そうでないと、こういう地方都市出身の人の感覚は書けないでしょうし。

村瀬坂元さんは、実際に、地方から来て東京に暮らす若い人たちのことを取材しています。介護施設の取材もかなりしていて、いま話題の介護の現実を僕らはかなり調べて知っています。

ーちょうど介護施設で事件が起きて、ドラマが先取りしていたと話題になりましたね。

村瀬坂元さんは脚本を書くために常に綿密な取材をしています。いや、取材というか、人とちゃんと触れ合うことを大切にしています。東京で暮らして苦労している若い子や、介護施設で働く人など、いろいろな人と、会って話をしながら感じたことを、キャラクターに落とし込んでいったんです。

画像

連続ドラマのダイナミズム

ー中盤から、5年が経過し、登場人物の置かれている状況がガラッと変わったことも、最初から決めていたことですか。

村瀬決めていました。ひと冬の物語ではなく、2010年から2016年までの長い年月を描こうと考えていました。その5、6年をつぶさに描くのではなく、ある時、ポーンと時間を飛ばして、1部と2部に分けようというところまで最初に構想していたんです。人間って何年か経ったら変わるところあるじゃないですか。その部分を恋愛ストーリーに入れこんで、時間が経って変わってしまった環境の中で人はどうなるかっていうのを描く2部構成にしようと決めていました。しかも、もう、オンエアになったので言いますと、その間に東日本大震災が起きるということも決めていました。

ーなぜ長いスパンのドラマを作ろうと思ったんですか。

村瀬これは僕の考えですが、連ドラって、1時間ものが10ないし11本あって、10、11時間かけて物語を描ける、ちょっとほかにはないメディアです。映画は基本2時間、3部作にしたって6時間しかない。演劇もごくたまに8時間の大作もありますが、通常は2、3時間。だからこそ、10、11時間かけて何かを描けることを、僕は連続テレビドラマの最大の武器だと思っています。それを生かして、長い時間のドラマを書こうと思ったのと、単純に、恋愛が年とともに変わって行くところも描きたかったんです。時間が経って、久しぶりに会ったら、相手ががらっと変わってしまっていて衝撃を受けることがあるじゃないですか。プラスにしてもマイナスにしても。しまった損した! と思うほど昔振った人がすごくかっこよくなっていたり、逆に、うわ、この人のどこが好きだったんだろうとがっかりしたり。その感じをリアルに描きたかったんです。その最たるものが6話の練の変化ですね。

ー深いところを描こうとされているのはわかりました。それと同時にテレビドラマのどんどん変わっていく面白さも残していて、飽きさせない。次々に出来事を起こす発想はさすがです。

村瀬おっしゃる通りで、坂元さんは台詞とキャラクターが素晴らしく、世界観がしっかり作れる脚本家ですが、連ドラのもっているダイナミズムを誰よりもわかっている脚本家でもあるんですよね。8年前、僕がはじめて作った月9『太陽と海の教室』が、坂元さんとのはじめての仕事だったのですが、その時、坂元さんが冗談半分で、「村瀬さん、連ドラってみんな、次回予告を見るために見ているんですよ」とおっしゃったことが記憶に残っています。連ドラで面白いのは次回予告だっていうことに、僕は目から鱗でしたね。確かに、連ドラって来週、どうなるんだろうってことが気になりますよね。そういうのは、映画にはないことです。ちょっと似た感じは、週刊の連載漫画ですよね。漫画は、来週どうなる?ってその週の最終ページの隅に編集者の煽りが書いてあったりしてて、あれを見て期待する感じと似たものが連ドラにはあります。5話の最後に付いた6話の予告はその最たるものでした。

ーなんか急に別のドラマみたいになって気持ちがざわつきました。9話の引きもすごいですよね。音が病院に担ぎこまれてしまうっていう。突如として、 死ぬのか? どうなるのか? っていうのは少々強引な気もしましたが。

村瀬突然、登場人物に何かが起こるっていう展開としては、もっとも坂元さんらしい展開だと思いますよ。というのは、事故が起った理由が、さっき言った「優しさ」をテーマにしたことに即しているんです。東京では、自分が悪だと思ってない人間が他者に悪を及ぼしているということを一貫して描いてきたドラマで、ついにその無意識の悪意が主人公の音に及ぶということなので。

ーちゃんと理由を説明していただいて、ありがとうございます。

村瀬今回、坂元さんと僕の間では「想像力」もテーマにしているんです。このドラマの裏テーマですね。みんな、生きることが大変になってくると、想像力をなくしてしまうんですよね。6話で、練が、人身事故と聞いて舌打ちする場面があります。決して、誰が死のうが構わないと思っているわけではなくて、単純に、事故があった時に、その向こう側にどんなことがあるか思いを馳せられないほど、余裕がなくなっていることの表れです。そんな練が、他者のことを考える余裕を取り戻せたのが、音の想像力によってでしたよね。レシートを見て、その人の生活を想像した。また、車いすに乗った人が渋滞の先頭にいるエピソードは、坂元さんの実話だそうです。渋滞に苛立ってクラクションを鳴らし、前に行ってみたら、車いすの人がいて、ものすごいショックだったとおしゃっていました。そうやって、僕らは想像力のなさでいろんな人を傷つけているのではないかって。

震災について書くこと書かないこと

ーそれだけ言ってもらえたら大丈夫です。音のレシートのエピソードと関係してくるのは、震災です。練のおじいさんが、震災を境に、畑仕事ができなくなってしまいます。震災については、このドラマで書かないとならないと思ったのでしょうか。

村瀬震災以降、ドラマには、大きく分けてふたつの物語があると思うんです。ひとつは震災が起ったことを前提にして世界が存在するドラマと、震災があったことをなかったことにして描くドラマです。坂元さんは常に、震災があった前提で世界を描いています。ただそれだけのことだと思います。あのことをなかったことのように描いているドラマが悪いわけではないけれど、単純に考えたら、僕ら日本人は全員、あの時を境に何かが変わりましたよね。ということは、僕らが2016年を舞台にドラマを描いたら、そこにはきっと震災が、大なり小なりなんらかの影響を人々に与えているはずだと思うんですよね。

ーちょうど震災から5年経って、しかも3月放送のドラマですしね。この3月は、振り返るテレビ番組がいくつもありました。こうして振り返させる番組もある中、5年経って、徐々に語られなくなっていることもあります。だから、やっぱり、なんらかの形で、思い出させる描写があると、忘れないで済むような気がしました。しかも、それが、災害や事故そのものではなく、その後に続く、人間のたわいない生活を描くことで、自分とは遠くにいる人達の生活を想像してみようという問いかけになっていると感じました。

村瀬ありがとうございます。これ、気づいていただいたかわからないですが、6話で震災があったと説明されるものの、基本的に直接的には描いていないんです。とくに5話では、練が会津に帰ってきた日が、3月11 日の前日だってことを、「確定申告」の話題と小道具のカレンダーで3月だということを知らせた以外は、坂上二郎さんが亡くなったという台詞しか言っておらず、分かる人にしか分からないしかしていない。ただ、ひとつ、7話で、静恵(八千草薫)さんが練に伝える「生きている自分を責めちゃだめよ。私たち、死んだ人ともこれから生まれてくる人とも一緒に生きていくのね。精一杯生きなさい」という台詞に、坂元さんは、震災に対するメッセージをこめたと思っています。

ー響く台詞でしたね。

村瀬あれは実は、もともとの台本にはなかったんですよ。もう少しあっさりした場面だったのですが、あそこで本当の意味で第1部が終わるという意味合いもあったのでもう少し印象的な場面にしたいと坂元さんに言ったら、ああいう台詞を書き足してくれたんです。でも実は、今回、僕が作家・坂元さんにいちばん感動したのは、何を書くかということ以上に、何を書かないかということでした。ドラマで、実際あった出来事を書く時……例えば今回で言えば、震災ですが、それによって亡くなる架空の人物を作ったら絶対にいけないと坂元さんは言ったんですよね。

ーそれはすごい意識ですね。

村瀬本当にすごいと思いました。

恋愛映画がヒットしている中、恋愛ドラマはどうする

ーこちらも、「震災」という言葉を使わず、ドラマを読み解くべきなのかもしれません。そういう意味では、震災に限らず、『いつ恋』を見ると、恋して心が震えるとか、大切な人がいなくなって悲しいとか、日常で蓋をしている感情を開かせてくれるところがあって、そういうドラマも必要だと思うんですね。

村瀬そのとおりだと思うんですよ。僕は感情を動かされるドラマがつくりたいと思っているんですが、最近は、それがなかなか受け入れられないのが残念です。ただ、『いつ恋』がたまらなくいいと言ってくれている人達もいるので、それは希望です。先ほども言いましたが、若い視聴者は減っていない。若い子が離れるのはテストの時だけです。彼らが、僕が十代の時、『北の国から』や『ふぞろいの林檎たち』を見て感じたような、痛かったり苦かったりする思いを、若い視聴者が感じてくれていたらいいなと思います。

ー昔は、あったんですよね。簡単に割り切れない微妙な感情を描いたドラマが。

村瀬あったんですよ。

ー若い人が、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』を見て、こういうドラマが作りたいと思って仕事をはじめるといいですね。それにしても、なんでこんなに長いタイトルなんですか。

村瀬こだわりですよ(笑)。いつも、キャッチーで覚えやすいタイトルにしがちですが、今回は、ほんとうにいいと思うタイトルにしようと、それがたとえ長過ぎて、新聞のテレビ欄の文字数を埋めてしまったとしても構わないと思ったんです。そして思いついたのは、坂元さんの魅力であるいい台詞をタイトルにしようと。このフレーズを5話で音が言いました。

ーさきほど、宣伝部の方に「わすれな草」という案もあったと聞きました。

村瀬坂元さんは、プロットの時点で、仮タイトルをつけてくださるんですが、そのひとつですね。ほかのタイトルもありました。「好きになってくれる人を好きになれたらいいのに」って言う小夏の台詞もタイトル案だったこともありました。晴太(坂口健太郎)が「それはこの世で一番難しい問題だね」って応えるんですけど、これはもうあまりに、芯を食いすぎているのでやめました。「わかるー」って言って終わってしまうので(笑)。『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』は、いろいろなことを想像してもらえるすごくいいタイトルだと思っています。

ーさて、若い方の支持が高いそうですが、今の若者は恋愛に意欲的でなく、ラブストーリーが受けないと言われますが、実は、ラブストーリー離れではないということでしょうか。

村瀬これは、ぜひ書いてほしいのですが、今、ラブストーリーの映画が当たっていますよね。

ー最近、調子がいいみたいですね。直近だと、『orange ーオレンジー』はとくにいいみたいです。興収が30億突破したとか。

村瀬ほかにも『ストロボエッヂ』とか『アオハライド』とか『ヒロイン失格』とか少女マンガ系のラブストーリーが元気です。映画で興収30億というのは、見ている人数だけで言ったら、「恋仲」とそうは変わらない。むしろ、人数だけで言ったら、おそらく『恋仲』の方が多いんじゃないでしょうか。視聴率を相対的に見て低いと言われますけど、実際にはラブストーリー映画と同じだけの人数は、連ドラのラブストーリーを見ているんです。実際、知り合いの映画プロデューサーが「おまえらがドラマでラブストーリーをやらなくなったから、おれたちがやってる。頼むから、ドラマでやらないでくれ」と言ってました(笑)。断言します、ラブストーリー離れはしてない。少なくとも、若い子たちはしてないです。

ーとすると、月9は今後もラブストーリーを続けていくってことになりますか。

村瀬そうですね、次も『ラヴソング』ですからね。月9はラブストーリーを見たいという声はよく聞きますよ。月9で戦国時代のドラマを見たいと言われたことは一度もないですけど(笑)。まぁ、だからこそ確信犯でやったんですけどね。

ー月9のドラマから映画化された『信長協奏曲』(戦国時代、織田信長の物語)が当たったのも、ラブの要素が入っていたせいだと思います。現時点で興収43億突破の大ヒットです。

村瀬あれは意地でも当てるための要素を盛り込みました。ドラマをやる時、映画もやることが決まっていたから、映画までどうやって盛り上げるか、考えに考えて。そのひとつが、主人公のサブロー(小栗旬)と帰蝶(柴咲コウ)との恋でした。唯一できなかったのは、ボーイズラブの要素ですかね(笑)。Twitterで木俣さんはやってほしいと言っていましたよね。

ーいやいや、それをいれたらダメになった危険性もありますよ(苦笑)。

村瀬若干、サブローと光秀(小栗二役)のボーイズラブ感はあったでしょう。

ーああ、そうですね。小栗旬さんが、ひとり二役でボーイズラブ風味って演技面でも画期的だとTwitterで書きました。若干そうなっていてよかったですよ(笑)。村瀬さんは恋のフレーバーを作品にうまく振りまくんですね。

村瀬みんなが一番わかる感情じゃないですか。人が人を好きになる感情はどんなものよりも共感できますから、テレビドラマには絶対必要だと思います。

画像

若い子たちに向けたドラマを

ー先ほど、辛いことをちゃんと感じさせるドラマと言いましたが、それも結局、坂元さんや村瀬さんの作戦で、どん底の気持ちにさせることで、恋の光が一層明るく思えますよね。

村瀬端的なのが3話ですよね。音と練がものすごくつらい思いをした後、観覧車もやってなくて、ライブハウスの裏という冴えない場所にもかかわらず、東京に来て一番嬉しいって瞬間が生まれるという場面はかなり狙いました。黒いところに白いものを置くと目立つじゃないですか。真っ暗な世界に恋愛という白さを際立たせるために、あえて世界を黒くしているんです。

ー人生の苦しみが恋を際立たせるためのギミックであることが癪とはいえ、そこを疎かにしないで丁寧に書いているのが坂元さんのすばらしさですよね。うっかりしちゃうとギミックでしかなくなりますからね。

村瀬そういう恋愛ドラマの作り方的な話だと、「当て馬」ってあるじゃないですか。朝陽(西島隆弘)って、一歩間違うと単なる「当て馬」に見えてしまう恐れがある役なんですけどだけど、そういう感じがしないでしょう。なぜかと言うと、彼の人生をちゃんと描いているからです。どうしてドラマで「当て馬」が生まれるかというと、恋愛の相手役としての役割しか与えないからで、今回はそうならないために、小夏も朝陽も、彼らの人生にちゃんと向き合って、何に喜び、何に苦労しているかちゃんと描いている。そもそも、ポスターが、音と練のツーショットで、どう見たってふたりのドラマにもかかわらず、朝陽を応援してくれる人がいっぱいいて、むしろ朝陽と結ばれるべきだという人もたくさんいるくらいです。ふたり以外のドラマをちゃんと描いたことで、すべて登場人物たちが、主人公たちと同じくらい生き生きしていたんです。

ー脚本家を目指す方はぜひ、注意してほしいですね。そして、フジテレビの脚本家大賞に応募しましょう。

村瀬坂元さんは第1回の受賞者ですからね。

ー本当に、坂元さんは、月9、最後なんですか?

村瀬本人はそのつもりらしいですが、それに関して我々フジテレビは全力で引き止めています。

ー最後に、村瀬さんは日本テレビからフジテレビに移られていますが、日テレ時代と考えていることは変わりましたか。

村瀬いや、日テレにいた時と今もそんなに変わってないです。『北の国から』『ふぞろいの林檎たち』で育った世代ですから、人間の心の機微を丁寧に描くオリジナルをやりたくて日本テレビに入ったんです。それができないということはまったくなかったのですが、当時の日テレには、ローティーンを含めた若い世代子に向けた土曜9時、働く女性と主婦向けの水曜10時、というふたつの枠しかなかったので、それ以外の層に向けたドラマも作りたいという思いがありまして、フジテレビに来ました。そして月9や木10に携わったんです。ターゲットにしている層が違うんですよね。特に月9は、はっきりと。

ーあらゆる枠を体験してきた中で、今、目指しているものは。

村瀬やっぱり、テレビである以上、若い世代が見るものを作らなきゃという使命感がありますね。

ー月9は以前、OLのものでしたが、昨今は年齢層を下げているんですね。

村瀬平日の9時台にドラマを見る人が減っていて、唯一残っているのが月9枠です。実は今、年配層をターゲットにしているミステリーもの以外、平日9時台のドラマはなくなっています。そういう意味では、年配層を目指さないのであれば若い子に向けて作るしかないというのもあります。月9をやっていて、はっきりわかるのですが、リアルタイムに反応があるのは、やっぱり10代で、20代30代の女性は、少し後の11時くらいからネットに感想が続々と上がってきます。12時くらいが一番盛り上がっています。

ー皆さん、帰宅して録画したものを見ているのですね。では、村瀬さんの次回作は?

村瀬『いつ恋』が遺作ですね。というのは冗談ですが、こういうタイプのオリジナルドラマが難しくなっているので、そこをどう突破するかが今後の課題だと思っています。さっきも言いましたけど、いいものさえ作っていれば視聴率は取れなくていいとは、いっさい思ってませんので。そこを越えられる企画を考えなければ、と思っています。いま考えている企画があるのですが、それは今のドラマではあまりやらないような題材を意外な座組みでやろうとしているものでして、まだ企画が通ってないんですけどね。その話をしたとある大物俳優の方が、「こういうことをしようとしている人たちがいるならば、ドラマは大丈夫だ」と言って下さって。それが心の支えになっています。その企画が通ったら、またドラマ好きな方にも喜んでいただけるんじゃないかと思います。

台本の裏にストーリーがある。

毎回、台本の装丁に凝るという村瀬さん。『いつ恋』では台本の裏に、花のストーリーを描いている。

「最初は花がポツンとあって、寂しそうだから、音が絵を描いていくわけですよ。そして、5話でいっぱいになりますが、6話で消えてしまう。みんなの関係が崩壊し、震災も起って、人生がガラッと変わってしまった表れです。で、もう1回、絵を描いていって、最後は……っていうストーリー仕立てになっています」

ドラマ版の『信長協奏曲』の時は、家紋をヴィトンのモノグラムみたいにデザインしていた。

「現代のデザイナーが戦国時代にタイムスリップしたら、どんなふうにするだろうというアイデアで作ったんです。そのデザインのイメージは、実は映画本編の中でも生きていて、安土城の襖や天井のデザインに使用されています」

画像

PROFILE

むらせ・けん

1973年、愛知県生まれ。フジテレビ編成制作局ドラマ制作センタープロデューサー。早稲田大学社会学部卒業後、97年、日本テレビ入社。ドラマ制作部に配属され、2006年、『14才の母』をプロデュース。2008年フジテレビ入社。月9『太陽と海の教室』『月の恋人〜Moon Lovers〜』『幸せになろうよ』『PRICELESS〜あるわけねぇだろ、んなもん!〜』『SUMMER NUDE』『信長協奏曲』ほか、『BOSS』『女信長』など数々の話題作を手掛る。

『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』

毎週月曜日夜9時〜 フジテレビ

脚本:坂元裕二

プロデュース:村瀬健

演出: 並木道子、石井佑介、高野舞(高ははしごだか)

出演:有村架純 高良健吾 高畑充希 西島隆弘 森川葵 坂口健太郎 ほか

最終回は、3月21日(月)夜9時から

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事