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前ヤクルト中尾輝が“第2の野球人生”をスタート! 「これからはクラブチームと野球塾の二刀流で」

菊田康彦フリーランスライター
クラブチームで活動するかたわら、野球塾の設立を目指す前ヤクルト中尾(本人提供)

 2018年には左の中継ぎとして54試合に登板するなど、東京ヤクルトスワローズの2位躍進に貢献しながら、昨シーズン限りで自由契約となった中尾輝が、“第2の野球人生”をスタートさせた。

トライアウトでは「出し切れた。あれでオファーがないならしょうがない」

「先週から名古屋のTJクラブっていうクラブチームに入って、一緒に練習してます。コーチ兼選手で、『ピッチャーも見てくれ』みたいな感じで言われてます」

 名古屋出身の中尾は昨年10月の戦力外通告後、NPBでの現役続行を希望して12月8日に行われた12球団合同トライアウトに参加。ストレートは最速147キロを計測するなど、打者3人から2つの三振を奪い、ノーヒットに抑えた。

「めちゃめちゃ緊張しましたね。緊張しすぎて、マウンドに立ったら寒さも感じなかったです。でも、ホントに(力を)出し切れたかなと思ってます。正直、どこかしら(獲得の打診が)あるんじゃないかと思ったんですけど……」

 だが、現実は厳しかった。中尾の獲得に名乗りを上げるNPB球団はなく、独立リーグや社会人チームなどから誘いを受ける中で選んだのは、JABA愛知県野球連盟に所属する地元・名古屋のクラブチームだった。

「(トライアウトは)やって後悔はなかったです。何もやらずにやめるより、やってよかったなと思います。逆にあれで(NPBからのオファーが)何もなかったら、もうしょうがないというか、そこで次のステージに向けてスタートするっていう気持ちになりました」

ヤクルトからの戦力外通告後に芽生えた“夢”

 実は中尾には“夢”があった。それはヤクルトを戦力外になって今後の人生を考える中で芽生え、しだいに大きくなっていったものだという。

「子供たちに野球を教えたかったんです。自分でやってきたことを伝えられたらなって。それも地元でやりたいっていう気持ちが強くて……」

 2016年に鳥開ベースボールクラブとして創立され、昨年2月に現在の名称に変更されたばかりのTJクラブならば、兼任コーチとしてプレーするかたわら、地元で野球塾を始めることもできる──。夢は一気にふくらんだ。

「TJクラブで普段、利用させてもらってるダイヤパークっていう室内練習場があって、そこで練習した時に『ここを使ってみませんか』って声をかけてもらったんです。それで、そのダイヤパークを借りて、期間限定で無料体験会をやろうと思ってます」

 無料体験会用に、期間を決めてダイヤパークのブルペンを確保。自身は中学時代に所属していたボーイズリーグのチームで臨時コーチを務めるなど、現在はクラブチームで活動する一方で、指導者としての準備も進めている。

「難しいですね。プロ同士なら口頭でだいたいわかるじゃないですか? でも、小さい子になればなるほど『こういうふうにやるんだよ』って言っても『うーん』みたいな(苦笑)。だからまずはどういうふうに伝えていくのかを、ずっと勉強してる感じですね」

野球塾設立に向け、小中学生を対象に3月に無料体験会

 3月にダイヤパークで開催する予定の体験会では、小中学生のピッチャーを対象に無料で指導を行う。それは自身の経験をもとにした、即効性のあるものになるという。

「実際に投げてもらって、その子の良くない癖みたいなものがあれば、それを僕が大げさにやってみせてわかりやすく伝えようと思ってます。その場で(悪い癖を)修正できて、改善できるのを見せて、『この数時間でも変えれるんだ』っていうふうに思ってもらえたらと考えてます」

 無料体験会で“生徒”がある程度、集まれば、早ければ3月中にも本格的な野球塾をスタートさせる。対象はやはり小中学生。まずは身体能力の向上という観点から、プロ野球界の知人やトレーナーとのコネクションを有効活用して自身の知識も高めながら、子供たち1人ひとりに合ったメニューの作成を考えていく。

「狙いは、小学生は中学校で、中学生は高校で活躍できる基礎づくりですね。その中でピッチングの指導もするっていう形になると思います。まだ自分が現役バリバリで投げてるんで、間近で元プロの球も見せていけたらって思ってます」

 その言葉どおり、自身もまだ現役のピッチャー。NPBへの復帰は考えていないというものの「(全日本)クラブ野球選手権もありますし、都市対抗(出場)の可能性もないわけじゃないんで。やっぱり、やるからには上を目指したいですね」と意気込みを見せる。

区切りになった「PERSOL THE LAST GAME」

“第2の野球人生”を歩み始めようと決めたばかりの今月8日。中尾はプロの、いや正確には元プロの選手たちとグラウンドの上で相まみえる機会があった。2020、2021年シーズンにNPBで引退セレモニー等を行うことができなかった選手を中心に“最後”の試合を行う「PERSOL THE LAST GAME」だ。

「ホントにみんな楽しんでて、『最後ぐらい楽しむぞ!』っていう感じの雰囲気でできてたんで。ベンチでもテレビ局の人が撮りながらやってたんですけど、誰かが『こんなに笑って野球やったのは初めてです』って言ってたのを聞きながら、間違いないなと思いました」

 出場メンバーの多くが投手だったこともあり、中尾はまずは「小学4年生ぶり」という外野手で出場。3回から“本職”のピッチャーとして2イニングを無失点に抑えただけでなく、プロとしては「ネクスト(バッターズサークル)まで」だった打席に入って、ヒットも打った。

「あれで完全に区切りがつきました。もうあとは、これからのことだけを考えていこうって。クラブチームと野球塾の二刀流ですね(笑)。不安もありますけど(野球を)教える場もつくれそうですし、今はワクワクのほうが多いです」

 まだ27歳。「生徒が多くなってくれば、野手の元プロにも入ってもらって、少しずつ大きくしていけたらなと思ってます。ベースボールアカデミー? そうですね、ゆくゆくはそういう形にできたらいいですね」という大きな夢に向かって、一歩ずつ進んでいく。

無料体験会や野球塾の詳細については、SNSで発信していくという(自身のインスタグラムより。画像は一部加工済)
無料体験会や野球塾の詳細については、SNSで発信していくという(自身のインスタグラムより。画像は一部加工済)

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フリーランスライター

静岡県出身。小学4年生の時にTVで観たヤクルト対巨人戦がきっかけで、ほとんど興味のなかった野球にハマり、翌年秋にワールドシリーズをTV観戦したのを機にメジャーリーグの虜に。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身した。07年からスポーツナビに不定期でMLBなどのコラムを寄稿。04~08年は『スカパーMLBライブ』、16~17年は『スポナビライブMLB』に出演した。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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