山田哲人が日本人ではヤクルト初の4億円超え! トリプルスリー「有言実行」3度のスゴさ

契約更改後の記者会見でのヤクルト山田(筆者撮影)

 東京ヤクルトスワローズの山田哲人(26歳)が12月21日に都内の球団事務所で契約更改を行い、今季年俸から1億5000万円増の4億3000万円プラス出来高払いの単年契約でサインした。日本人選手の年俸が4億円を超えるのは、ヤクルトでは球団史上初となる。

 山田は2年連続のトリプルスリーを達成した2016年オフに、日本人選手では球団史上最高の年俸3億5000万円で契約を更改。ところが昨年は打率.247、24本塁打、14盗塁の成績で3年連続の大記録を逃し、今季の年俸は2億8000万円にダウンしていた。

 しかし、再びトリプルスリーを目標に掲げた今シーズンは、打率.315、34本塁打、33盗塁で、見事にこれを達成。年俸の大幅アップを勝ち取り、契約更改後の会見でも「チームとしても去年の(シーズン96敗という)歴史的大敗からの2位ということで成長したっていうのを感じますし、個人としてはトリプルスリーを達成できたので、すごく良いシーズンだったなって思います」と満足感を口にした。

トリプルスリー2度以上は山田だけ

 1950年に岩本義行(松竹)と別当薫(毎日)、1953年には中西太(西鉄)と、1950年代に3人の選手が達成した打率3割・30本塁打・30盗塁も、当時は注目されることもなく「トリプルスリー」という言葉自体なかったといわれている。

 1983年に阪急ブレーブスの簑田浩二が、30年ぶりにこの大記録を達成。その頃には「トリプルスリー」というフレーズが使われ始め、1989年に秋山幸二(西武)、1995年に野村謙二郎(広島)、2000年に金本知憲(広島)、2002年には松井稼頭央(西武、現西武二軍監督)と続くと認知度もグッと高まり、多くの選手がこれを目標に掲げるようになった。だが、松井の後は2015年に山田と柳田悠岐(福岡ソフトバンク)が達成するまで、12年もの間、誰もそれを実行することはできなかった。

 現役の柳田も含め、山田以外にトリプルスリーを達成した9人にしても、誰1人としてこれを再現することはできていない。だから、山田のスゴさは1度でも達成困難なトリプルスリーを、3度にわたって「有言実行」してきたことにある。

トリプルスリー「公言」の翌年に初の達成

「(打率)3割、(本塁打)30本、30盗塁もしたい」

 山田が初めてそう公言したのは、2014年オフだったと記憶している。この年、プロ4年目にして初めて開幕からレギュラーとして出場し、打率.324、29本塁打、89打点、15盗塁をマーク。シーズン193安打という日本人右打者の最多記録を樹立して初のベストナインに輝き、年俸が1200万円から8000万円にアップした契約更改後の会見でのことだった。

 だから、翌2015年に山田が本当にこの記録を達成した時は驚いた。それだけではない。2016年もトリプルスリーを目標に掲げ、2年連続で達成。過去に誰もやったことのない2度目の大記録を、連続で成し遂げたのである。そして、今年はなんと3度目……。

 繰り返すが、85年に及ぶプロ野球の歴史の中でも、山田を除けばわずか9人しか達成していない偉業であり、これを目標としながら実現できなかった選手は数限りない。それを「有言実行」で3度も達成してしまったのだ。

 山田は会見で来年の目標を問われると、「今年の(自分の)成績をすべて上回ること」と答えた。どんな偉大な記録でも、回数を重ねてくるとそのスゴさも薄れてしまいそうだが、今年の成績をすべて上回るとなれば4度目のトリプルスリーはもちろんのこと、日本プロ野球初の「40-40(40本塁打・40盗塁)」への期待も膨らむ。

 来年7月でやっと27歳。この先も、その活躍を目に焼き付けていきたい──そう思わせてくれる選手である。

※文中の年俸額はすべて推定