「早く投げたい」10年前は所在なさげに話していた若者が、レッドソックス“世界一”の立役者に

自身初のワールドシリーズ制覇に、息子と喜びを分かち合うプライス(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 メジャーリーグのワールドシリーズは、ボストン・レッドソックスがロサンゼルス・ドジャースを4勝1敗で下し、5年ぶりの王者に輝いた。第5戦に先発してシリーズ2勝目を挙げ、“世界一”に大きく貢献したのが、2012年のサイ・ヤング賞左腕、デービッド・プライス(33歳)である。

10年前、最終年の旧ヤンキー・スタジアムで…

 今から10年前の2008年9月、その年限りでの取り壊しが決まっていた旧ヤンキー・スタジアムを取材で訪れたことある。当時、松井秀喜(現ヤンキースGM特別アドバイザー)が在籍していたニューヨーク・ヤンキースは、ア・リーグ東地区4位。ワイルドカード争いでも後れを取り、14年連続のプレーオフ出場に赤信号がともっていた(最終的には地区3位でプレーオフ出場ならず)。

 筆者が訪れた9月14日の対戦相手は、球団創設11年目にして初のア・リーグ東地区優勝に向け、首位をひた走っていたタンパベイ・レイズ。試合前に、そのクラブハウスを訪れた。ベンチ入り選手枠が25人から40人に拡大される9月ともなれば、選手の数も必然的に多くなる。ただでさえ手狭なビジタークラブハウスには臨時のパイプいすが並べられ、選手や関係者、記者などでごった返していた。

 残念ながら、その中にお目当ての岩村明憲(現BCリーグ福島ホープス監督兼球団代表)の姿を見つけることはできなかったのだが、代わりに所在なさげに佇む長身痩躯の若者に声をかけた。その若者が前年のドラフトでレイズから全米ナンバーワン指名を受け、前の日に初めてマイナーのトリプルAからコールアップを受けたばかりのプライスだと知っていたからだ。

「調子はどう?」。郷に入れば…でそんなふうに話しかけると、当時23歳の若者は渡りに船とばかりに、気さくにこちらの話に付き合ってくれた。その3年前の日米大学野球選手権で来日し、全日本の四番・武内晋一(早稲田大、当時東京ヤクルト)に適時二塁打を打たれた時の話を出しても「彼はいいバッターだったね」などと、屈託なくニコニコと話していたのが印象的だった。

ヤンキースを相手に、圧巻のメジャーデビュー

「早く試合で投げたいよ」。メジャーに昇格したばかりで、その頃はまだブルペン待機だった彼の言葉は、すぐに現実となる。その日の試合でレイズ先発のエドウィン・ジャクソン(現アスレティックス)が2回までに6点を失うと、3回からマウンドに上がったのがプライスだったのだ。

 そこからのピッチングは圧巻だった。3、4回と1人の走者も許さず、5回先頭のデレック・ジーター(現マーリンズCEO)には「メジャーの洗礼」とばかりに、ファウルで粘られた挙句9球目をホームランにされたものの、これに気落ちすることなく後続をピシャリと抑えた。

 7回には無死一塁で再びジーターを打席に迎えると、今度は三塁ゴロで併殺に打ち取ってキッチリお返し。8回1死三塁でマウンドを降り、代わったジェイソン・ハメル(現ロイヤルズ)が適時打を打たれて失点、自責点とも2となったが、無四球、4奪三振という堂々たるメジャーリーグデビューだった。

ワールドシリーズでは先発→中1日救援→中1日先発

 プライスは翌2009年に初の2ケタ勝利を挙げ、2010年には19勝、2012年は初の20勝でサイ・ヤング賞獲得と、スターへの階段を駆け上がっていく。2014年途中にデトロイト・タイガース、2015年途中からトロント・ブルージェイズと渡り歩き、同年オフには7年総額2億1700万ドルという大型契約でレッドソックスに移籍した。

 昨年はケガに泣かされ9年連続の2ケタ勝利を逃したものの、今季は16勝7敗、防御率3.58と復活。メジャーデビューの2008年以来、10年ぶりに上がったワールドシリーズの舞台でも第2戦に先発して勝利投手になると、延長18回にもつれ込んだ第3戦では中1日で救援登板。そこから中1日で先発した第5戦で再び勝利投手と、ワールドシリーズ制覇の立役者の1人となった。

 あれから10年。まだ初々しさが感じられたプライスも、当時はなかった立派なヒゲをたくわえるなど、今では貫禄十分に見える。それはそうだろう。前述のとおり2012年にはサイ・ヤング賞に輝き、今や年俸3000万ドル(約33億円)である。

 一方、日米大学野球で彼から二塁打を打った武内は13年間の現役生活に別れを告げ、今季限りでバットを置いた。10年前のあの日、話題にした「いいバッター」のことを、プライスは覚えているだろうか?