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青木宣親と山田哲人──「燕の至宝」の“共演”ふたたび。

菊田康彦フリーランスライター

2017年3月7日。第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)1次ラウンドプールBが東京で幕を開けるその日が来るのを、東京ヤクルトスワローズのファンは今から心待ちにしていることだろう。ヤクルトにとっての「至宝」ともいうべき2人の選手が、野球の世界一を争う舞台でおよそ5年半ぶりに“共演”することになるからだ。

青木はおよそ5年半ぶりに“共演”する山田に「スゴさを見せてほしい」とエール
青木はおよそ5年半ぶりに“共演”する山田に「スゴさを見せてほしい」とエール

これまでの“共演”は2011年CSが最初で最後

一番ショート・山田哲人、四番センター・青木宣親──。

2人が初めてラインナップに名を連ねたのは2011年11月3日、セ・リーグクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ第2戦でのことだった。

当時はヤクルトでチームメイトの2人だが、それまで一緒に試合に出場する機会は皆無だった。山田はまだ高卒1年目のルーキー。この年はファームの正遊撃手として全試合に出場し、打率.259、5本塁打、39打点、17盗塁の成績を残したものの、シーズン中に一軍からお呼びがかかることはなかった。

一方の青木はプロ8年目の29歳。既に首位打者を3度獲得し、前年の2010年から「ミスター・スワローズ」の象徴といわれる背番号1を背負う、チームの看板スター。この年は新たに導入された統一球の影響もあってか、レギュラー定着後では初めて打率3割を切ったが、それでもリーグ2位の170安打をマークしていた。

ヤクルトがCSファーストステージで読売ジャイアンツを下し、中日ドラゴンズの本拠地・ナゴヤドームに乗り込んだファイナルステージ。正遊撃手の川端慎吾をケガで欠くというチーム事情もあったとはいえ、宮崎のフェニックス・リーグでプレーしていた山田が第2戦を前に急きょ一軍に招集されたのは、初戦を落として「何か手を打たなければ」という小川淳司監督(現シニアディレクター)の思いの表れでもあった。

その小川監督に対し、まだ19歳のルーキーだった山田がコーチを通じてスタメン出場を直訴。「一番・遊撃」で初めて一軍の試合に出場したこの試合はノーヒットに終わったものの、続く第3戦では5回に四球で出塁し、前日の四番から三番に回った青木の適時打でプロ“初得点”を記録。第4戦では“初安打”を含む2安打、“初打点”もマークした。

青木「間近で山田のスゴさを見せてほしい」

「今思えば高卒1年目でね、ケガ人が出てチャンスが巡ってきたとはいえ、普通はCSにスタメンで出られないですから。だから、その時から何かあったんでしょうね、(才能の)片りんみたいなものが」

当時の山田について、青木はそう話したことがある。初めて一軍でプレーする新人の緊張を少しでも和らげようと、このCSの間は毎晩、山田を食事に連れ出していたというが、その後は2人が揃ってスタメンに名を連ねることはなかった。CS敗退の直後に球団からポスティングによるメジャー移籍を容認された青木は、翌シーズンから海を渡ってメジャーリーガーになったからだ。

それから5年。青木がミルウォーキー・ブルワーズを振り出しにカンザスシティ・ロイヤルズ、サンフランシスコ・ジャイアンツ、シアトル・マリナーズ、そして今オフはヒューストン・アストロズとメジャー5球団を渡り歩く間に、山田はヤクルトの新たな看板スターに成長。背番号1を継承し、NPB史上初の2年連続トリプルスリーを達成した今オフの契約更改では、日本人選手としては球団史上最高額だった青木の3億3000万円を超え、年俸3億5000万円にまで跳ね上がった。

ヤクルト入団会見で、まだあどけない表情で「青木選手や宮本(慎也)選手のように、日の丸を背負える選手になりたいと思います」と目標を語っていた山田だが、今や日本を代表する選手の1人として、来春に開催されるWBCでプレーすることも決まっている。

さらに山田の契約更改が行われた12月21日、青木のWBC参戦も正式に決定。直後の会見では「山田とプレーしたのも(2011年CSの)一度だけ。それからすれば数段成長してるんで、間近でプレーして自分にそのスゴさを実際に見せてほしいなっていう思いがありますね」と、エールを送った。

WBC開幕前には「侍ジャパン」の練習試合や強化試合も組まれており、そこで一足早く青木と山田が揃ってラインナップに名を連ねる可能性もある。いずれにしても2人が世界一を目指して“再共演”を果たすその日が、本当に待ち遠しい。

(文中の年俸はすべて推定)

フリーランスライター

静岡県出身。小学4年生の時にTVで観たヤクルト対巨人戦がきっかけで、ほとんど興味のなかった野球にハマり、翌年秋にワールドシリーズをTV観戦したのを機にメジャーリーグの虜に。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身した。07年からスポーツナビに不定期でMLBなどのコラムを寄稿。04~08年は『スカパーMLBライブ』、16~17年は『スポナビライブMLB』に出演した。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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