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侍ジャパンに新たな戦術と野球を楽しむ姿勢を持ち込んだ栗山英樹監督を引き継げる人物は存在するのか?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
侍ジャパンに大変革をもたらした栗山英樹監督(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【侍ジャパンに大変革をもたらした栗山監督の功績】

 第5回WBCで全勝優勝を達成した侍ジャパンが3月23日に凱旋帰国し、日本は今も優勝の余韻に浸っている状態ではないだろうか。

 ただ優勝達成後に栗山英樹監督が「これが自分にとって最後のユニフォーム」と発言したことで、メディアの間でにわかに退任報道が沸き上がる事態になり、同監督の去就を心配する人もおられたことだろう。

 だが帰国後に出演したTV中継番組で、発言は契約満了を意味するものであり、今後も契約次第でユニフォームを着る考えがあることを明らかにしている。

 いずれにせよ第6回WBCは2026年に開催することが決定しており、誰かが侍ジャパンを指揮しなければならない。

 今後NPBと栗山監督との話し合いで、続投もしくは退任が決まることになるわけだが、仮に別の監督に引き継がれる場合、相当に難しい指揮が求められると予想している。

 それほど今回の栗山監督は、侍ジャパンに大変革をもたらすほどの大きな功績を残しているからだ。

【送りバントを最小限に減らし過去に例のない戦術】

 端的なところでいえば、日系人選手のラーズ・ヌートバー選手を侍ジャパンとして史上初めて招集したことが挙げられるが、個人的には栗山監督の功績は大きく2つに分けられると考えている。

 まず1つ目は、大幅な戦術変更だ。これまでの侍ジャパンは、国際舞台になればなるほど緻密な戦術を採用し、いわゆるスモール・ベースボールを日本のお家芸にしてきた。その代表的な戦術が送りバントだった。

 そこで下記にある3つの表に注目して欲しい。今大会を含めた侍ジャパンの大会別送りバント数、三振数、総得点数をまとめたものだ。順位は全代表チーム中のランキングで、±の数字は2位、もしくは1位チームとの差を示したものだ(資料元:MLB公式サイト)。

(筆者作成)
(筆者作成)

 如何だろう。今大会の栗山監督は送りバントを多用せず、基本的に打者に打たせる戦術をとっていたのが理解できる。また三振数が初めて大会最多を記録していることで、選手たちにミート中心の打撃を求めることなく、自分本来のスイングをさせていたことが窺える。

(筆者作成)
(筆者作成)

 これは間違いなく、過去の侍ジャパンでは考えられなかった戦術ではないだろうか。にもかかわらず大会トップの得点を生み出すことができたのだ。

 大会前には各チームの4番打者ばかりを集める人選を危惧する声が挙がっていたが、栗山監督が集めた選手たちは、しっかり期待に応える活躍をしてくれたわけだ。

【介入することなく選手たちに委ねた現場の雰囲気づくり】

 栗山監督が残した功績のもう1つが、やはりこれまでの侍ジャパンでは考えられなかったことだが、国際試合に臨む姿勢を一変した和やかな雰囲気づくりだと考えている。

 栗山監督は前述した通り、帰国後TV番組に出演していた際に、現場の雰囲気づくりについて監督、コーチ陣はほとんど介入せず、選手たちに任せていたことを打ち明けている。

 この放任主義ともいえる姿勢が、最後まで選手たちが笑顔を絶やさずプレーできた要因だったと想像している。そしてそれを実現できたのは、ダルビッシュ有投手の献身的な滅私奉公があったことを絶対に忘れてはいけない。

【ダルビッシュ投手に自らの意思で滅私奉公させた人間力】

 WBC参戦が決まってからダルビッシュ投手は、メディアの取材に応じる度に「選手たちは気負いすぎ」や「戦争に行くわけではない」という発言を繰り返し、プレッシャーを受け続ける選手たちにアドバイスを送り続けた。

 いざ宮崎合宿に参加しても、自ら率先して選手たちと対話を重ね、とにかく野球を楽しむことを第一にしてWBCに臨む姿勢を話し続け、確実に選手たちの気持ちを和らげていった。

 そこに心から野球を楽しむことを体現できる大谷翔平選手とヌートバー選手がチームに合流したことで、選手たちはダルビッシュ投手の言葉を現実のものとして理解し、彼らも一緒になって試合、野球を楽しむ姿勢を決勝戦まで貫き通せたのだと考えている。

 時にはダルビッシュ投手の言動は、侍ジャパンの士気を緩ませるとの指摘を受けることもあったが、それでも栗山監督はダルビッシュ投手を信頼し続けた。そうした絶大な信頼を受けていたからこそ、ダルビッシュ投手は自分の調整を犠牲にしてまで、侍ジャパンのために献身し続けたのだろう。

【新しい野球の魅力を知ってしまった侍ジャパン選手たち】

 今回栗山監督は、実績あるベテラン選手以上にまだプロ経験が浅いスター候補生たちを多く招集している。彼らは第6回大会でも、主力選手になることが期待されることになる。

 そんな彼らの多くが大会を通じ「楽しい」という言葉を繰り返しているほど、栗山監督の下で新たな野球の魅力を知ってしまった。仮に次期監督が、過去の侍ジャパンの伝統に立ち返るようならば、彼らは今大会のようにWBCを楽しむことができるのか一抹の不安を感じてしまう。

 果たして栗山監督の功績を引き継いでいける人物が他に存在するのか。まずはNPBとの話し合いを待つしかない。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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