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日本ハム新球場問題で浮き彫りになったNPBの形式主義に抱かざるを得ない閉塞感

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
MLBは新球場建設ラッシュを確実に成長に繋げることに成功している(筆者撮影)

【“謝罪”と“改修”で決着した日本ハムの新球場問題】

 来年3月の開業を控え突如として降って湧いた日本ハムの新球場問題だが、11月14日に行われた12球団代表者会議で日本ハム側の“謝罪”と2年かけての“改修”というかたちで決着したようだ。

 結果を見れば明らかなように、NPBが採用している「公認野球規則」に定められた規定に違反した日本ハムに100%非があり、規定違反への謝罪とともに規定通りの球場改修を義務づけるというのが今回の裁定だったわけだ。

 だがこれが本当に最善の解決策だったのだろうか。

 確かに規定違反をおかした日本ハムに非があるのは理解できる。ただ各所で指摘されているように、なぜこの時期になって規定違反が発覚し、問題になったのかという経緯については、今後検討されるべきところだろう。

 それ以上に疑問なのが、なぜこの時点で改修を決定してしまったのかという点だ。なぜNPBは今回の一件を、有効活用しようと考えないのだろうか。

【同じ規則を用いながらMLBとNPBで異なる解釈】

 すでに各所で論じられているように、NPBが金科玉条のように扱う公認野球規則は、MLBが運用している「Official Baseball Rules」を翻訳したものらしい。

 早速2021年版(2022年版のPDFファイルが見つからなかった)をチェックしてみると、確かに「The Playing Field」の項目に、本塁ベースからバックネットまでの距離が「60フィート以上」と定められている。

 またその解釈について問題点で指摘されているように、この文章の冒頭部分が「It is recommended」で始まっているのも確認できた(別掲写真を参照)。

「Official Baseball Rules」2021年版より抜粋(赤丸は筆者が記入)
「Official Baseball Rules」2021年版より抜粋(赤丸は筆者が記入)

 ただ解釈がどうであろうとこの規則を厳格に守るならば、やはりMLBでも60フィートが定められた距離であることに変わりはないし、日本語と英語の違いはあるものの、NPBとMLBが同じ規則を利用していることに違いはない。

 ならば複数メディアがMLBのすべての球場で60フィート規則が守られていないと指摘しているのならば、NPBでも本家本元のMLBでの規則の運用状況を多少は参考にすべきだろう。

 その点において今回の日本ハムの新球場は、NPBにとって格好のモデルケースになったはずだ。

 とりあえず来シーズンは現状のままの状態で使用されるのだから、NPBや日本ハムがファンの反応や選手の反応などをモニタリングし、その上で改修すべきか、もしくは規則そのものを改正すべきかを決定すれば良かった話だと思う。まず改修ありきでは、検討を挟む余地すら奪われてしまう。

 仮に選手やファンが日本ハムの新球場を好意的に受け入れられるのならば、むしろ改修工事はすべきではないし、今回12球団代表者会議においてファン目線からの議論がなされていたのか疑問が残るところだ。

 規則は絶対ではないし、時代にそぐわないのであれば改正すればいい。今回はそれが試せる絶好の機会だったように思う。

【1990年代以降の新球場建設ラッシュで大成功したMLB】

 そもそも日本ハムの新球場は、日本初の開閉式屋根付き天然芝球場として構想段階からファンを含め各所から注目を集めていた(ちなみにMLBで最初に開閉式屋根付き天然芝球場が登場したのは1998年のことだ)。MLB流ボールパークを標榜し、MLBの球場を手がけた米企業が設計を担当していた。

 観客席からグラウンドが間近に見えるというのも、ある意味新球場のセールスポイントでもあったはずだ。

 MLBで60フィート規則が厳格ではなくなった経緯がどうだったのかは定かではないが、自分が野茂英雄投手のドジャース入りでMLB取材をスタートさせた1995年は、まさにMLBは新球場の建設ラッシュの真っ只中だった。

追加資料でも明確に「60フィート」と明記されている(赤丸は筆者が記入)
追加資料でも明確に「60フィート」と明記されている(赤丸は筆者が記入)

 1992年に登場したオリオールズの新球場が古き良き時代を彷彿させるボールパーク型の設計で大成功を収めると、その流れに追随するように他チームも争って新球場を建設していった。

 新球場が完成するとファンも喜んで球場に足を運び、どの球場の観客席もグラウンドに寄り添うような位置に置かれ、ファンと選手の距離は確実に縮まっていったように思う。1994年シーズン途中に始まった選手会によるストライキの影響で一時は人気低迷が心配されたが、新球場建設の波に乗り、順調に人気を回復させていった。

 そうした状況を現場で目撃し、MLBの成長ぶりを間近で実感することができた。

【新球場建設がチームの命運を握る時代に】

 伝統ある球場を有するレッドソックスやカブスは、景観を壊さずに大幅な改装工事を実施し、現代仕様の球場に変貌させているし、ドジャースやロイヤルズ、ブルージェイズ(来年以降も改修工事を予定している)も、新球場こそ建設していないが大幅な改装工事で対応している。

 さらにブレーブスとレンジャーズに至っては、新球場建設から30年も経っていないのに、すでに新たな新球場を建設しそちらに本拠地を移している。

 一方で、新球場建設が遅々として進まないアスレチックス、レイズはチーム移転問題がますます深刻化し、今年球場の買収に失敗したエンジェルスもチームの売却問題にまで発展している。

 まさに新球場は、チームの命運を握る存在になっているのだ。

【新球場建設ラッシュ後に広がったMLBとNPBの格差】

 海の向こうでMLBが成功しているのを目の当たりにしながら、NPBで新球場建設ブームが起こることはなかった。

 1995年以降もドーム球場が主流で、屋外球場も人工芝が当たり前。現在も天然芝球場を使用しているのは楽天、広島、阪神(内野は土)の3チームしかない(オリックスは一部でほっともっとフィールド神戸を使用)。

 広島が2009年にMLB流ボールパーク型のマツダスタジアムを開業し、大幅な観客動員増に成功しながら、それに追随するチームは今回の日本ハム以外現れていない(楽天やDeNAなどは改装工事を行っているが…)。

 ちなみに1995年当時と現在では、MLBとNPBの格差は確実に広がっているように感じている。

 例えば1995年当時の選手の最高年俸額は、MLBがセシル・フィールダー選手の923万7500ドルに対し、NPBが落合博満選手の3億8000万円だった。それが2022年になると、MLBがマックス・シャーザー投手の4333万3333ドルに対し、NPBが田中将大投手の9億円だ。

 この間の両リーグの年俸額の伸び率は、MLBが4.69倍に対し、NPPは約半分の2.37倍でしかない。

 もちろん新球場の建設ラッシュだけが、MLBが成長を続ける要因だとは思わないし、MLBが旧習に囚われず組織改革、ルール変更を断行してきたのは事実だし、常に成長を求め変革を恐れずに前進し続けている。

 すでにご存知の方も多いと思うが、来シーズンもベースサイズの拡大、ピッチクロックの導入、シフト守備の禁止など、様々な変革を導入することが決まっている。

 繰り返すが、規則というものは運用者の考え方次第でいくらでも解釈を変えることができるし、それでもそぐわないとなれば規則そのものを変更すればいいだけのことだ。

 規則に厳格になることで、それまでの慣習を守ることはできるだろう。でもそれが将来の発展、成長に繋がるかは些か疑問が残るところだ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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