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ドジャース一筋18年の日本人メディカルスタッフが明かす32年ぶり王座奪取の裏側

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
ワールドシリーズの優勝トロフィーを手にする中島陽介氏(本人提供)

【メジャー昇格6年目で味わった安堵感】

 ドジャースが32年ぶり7度目のワールドシリーズ制覇を決めてから、およそ1ヶ月半が経過した。MLBは現在ストーブリーグ真っ只中だが、この冬は充実感と安堵感の両方を感じながら過ごしている日本人がいる。

 その人物こそ、中島陽介氏だ。2003年にインターンとして迎えられてからドジャース一筋18年。2015年からは念願のメジャー昇格を果たし、現在はアシスタント・アスレティック・トレーナーを務める、チームただ1人の日本人メディカルスタッフだ。

 「やっとという感じですし、なんだかホッとした感じがありますね。

 過去2回ああいうかたちになっているじゃないですか(2017、2018年に連続出場し、いずれもアストロズ、レッドソックスに敗れる)。去年もそうですし(まさかの地区シリーズ敗退)、やっぱり負けるというのは、いつだって同じ(気持ち)ですからね」

 中島氏がメジャー昇格した時点で、ドジャースは地区優勝連覇を果たしており、いよいよ黄金期を迎えようとしていた。以来2019年まで地区優勝7連覇、ワールドシリーズ出場2回、リーグ優勝決定シリーズ出場6回と輝かしい戦績を残しながらも、なかなか頂点に辿り着くことができなかった。

 中島氏にとっても、ドジャースにとっても、ワールドシリーズ制覇はまさに悲願だった。現在の中島氏の感情こそ、チームの思いを代弁するものだ。

【コロナ対策でキャンプ前は徹夜の作業】

 これまでメディカルスタッフの1人としてコンディション面でチームを支えてきた中島氏だったが、2020年はそれに加え、新型コロナウイルス対策の最前線に立ち、チームを管理していくという責任重大な任務を背負わされた。

 その戦いは、シーズン開幕が決まったサマーキャンプ前から始まっていた。

 「サマーキャンプの前に(MLBから)マニュアルが送られてきて、それを読み込んでいくと、自分たちのカウンティ(の対策マニュアル)と一致しないんですよ。

 そこから各チームのヘッドトレーナーに連絡し確認したんですけど、ほとんどのトレーナーがその事実を知らなかったんです。唯一カージナルスだけセントルイス市と協議して、マニュアルを調整したということでした。

 でも濃厚接触者の定義や措置の仕方がカウンティや市によって違うので、MLBのマニュアル通りにいかないのは明白でした」

 そのため中島氏らメディカルスタッフは、カウンティと協議を重ねながらMLBのマニュアルに沿ったチーム独自のマニュアルを作成する作業を続けた。徹夜も珍しくなかった。

 いざサマーキャンプが始まってみると、MLBの不手際(PCR検査結果が予定通り届かない)もあり、ゴタゴタの日々が続いた。それでもチーム内に感染者を出さないように最善の注意を払っていくしかなかった。

【助けになったNPBトレーナーとのオンライン会議】

 実は新型コロナウイルス対策に当たる前に、中島氏個人として貴重な情報を得る機会を得ていた。

 MLBとNPBの日本人メディカルスタッフ約70名が参加し、4月下旬にオンライン会議が実施されていた。当時はMLBが活動を完全に休止している一方で、NPBではまだシーズン開幕に望みを繋ぎ、各チームが準備を続けている段階だった。

 そうしたNPBチームが実施している新型コロナウイルス対策について情報交換できたことが、中島氏にとって非常に有益だったという。

 「アプリを使って球場入り前に選手をチェックしているシステムを知ることができ、MLBが導入前から自分たちは使い出していました。それと練習をグループ分けして時差で実施していたというのも、すごく役立ちましたね。

 また彼らはMLBよりも韓国や台湾の事情にも精通していて、そうした情報も参考になりました」

【WSまで感染者を出さずにシーズンを乗り切る】

 最終的にドジャースは、ワールドシリーズ第6戦途中で、ジャスティン・ターナー選手に陽性反応が確認されるまで、1人の感染者を出さずにシーズンを過ごすことに成功した。

 その裏では中島氏らメディカルスタッフたちの絶え間ない努力があったからだ。

 「自分たちはラッキーな面もあったと思いますが、とにかく選手やコーチたちに『感染したらシーズンがなくなってしまうぞ』と言い続けましたね。

 マーリンズも(クラスター発生後は)ほぼ全員がマイナー選手になってしまったじゃないですか。みんな必死でした。

 選手たちも息抜きしたいのは理解していたので、それだけに口うるさいくらい言いました」

 それでも体調を崩す選手が現れることもあった。そういった際は即座に医者を呼び、検査を受けさせながら対処していく日々だった。

【けが人続出のポストシーズン】

 もちろん新型コロナウイルスに対処するだけではない。メディカルスタッフとして選手のコンディションを管理する本来の仕事もこなす日々だった。

 短縮シーズンだったとはいえ、短期間で実施されたサマーキャンプでは準備不足は明らかで、その分選手たちが負傷するリスクも高まっていた。

 しかもMLBのマニュアルにより選手のケアも例年通りに行えず、気苦労が絶えることはなかった。

 それでもドジャースはシーズン開幕から圧倒的な強さをみせ、両リーグ最多の43勝を挙げ、地区優勝8連覇を達成。万全の状態でポストシーズンに臨み、堂々のワールドシリーズ制覇のように見えた。だが実際はポストシーズンではケガ人続出で、ギリギリの戦いが続いていたという。

 「ポストシーズンではケガ人が続きました。足首の捻挫で歩けない選手がいましたし、本塁打を打った後ハイタッチで肩を脱臼した選手もいましたから。もうみんなボロボロでした。

 ワールドシリーズの時は、トレーナー室にベッドが3台あったんですが、すぐに埋まってしまいました。みんな歩けない状態でしたからね。今思い返してもよく勝てたなと思います(笑)」

【個人で担当したビューラー投手のマメ治療】

 選手のケアの中でも、中島氏が深く携わったのがウォーカー・ビューラー投手だった。

 すでに広く知られていることだが、ビューラー投手は右手人差し指にマメができ、9月は満足に投げられない状態が続いていた。その治療を担当していたのが、中島氏だった。時には遠征に参加せず、ビューラー投手の治療に専念したこともあった。

 「ポストシーズンのどの試合で、何イニング投げるかを想定しながら、上からデータも出してもらい、カレンダーをチェックしながらそれに向けて何をやっていくかを考えいきました。

 例えばワールドシリーズの第1戦に投げるとすれば、その時にある程度のイニングを投げられるようにするためには、どのチーム相手に何イニング投げさせて、どのくらいの間隔を空けさせるべきだとか、10個くらいのオプションを想定しながら調整していきました。

 マメの状態を確認するため、毎日たくさん撮影もしましたね。温度や湿気などを考慮した上で回復具合を撮影していきましたし、1イニング投げ終わった後でマメがどんな状態になるのかも撮影して確認していきました。お陰で自分のスマホはマメの画像で埋め尽くされてます(笑)」

 時には早期降板が続く日々にビューラー投手が欲求不満を爆発させることもあったが、中島氏がなだめながら説得したという。そうした献身的なケアが実を結び、ビューラー投手はポストシーズンで5試合に先発し、2勝を挙げる好投を演じている。

 ワールドシリーズを制覇した瞬間は、現地に呼び寄せていた家族も立ち会うことができた。これまで苦労をかけてきた分、最高の家族孝行になったことだろう。

 悲願の頂点を極めた今、ファンの人たちは来年以降もドジャースに連覇を期待し、黄金期が永遠に続くことを願っているはずだ。

 「あと何年やれるかは分からないですけど、とりあえず僕が現場でいる間は続いて欲しいですね」

 中島氏はこれからもドジャースを支えていく覚悟だ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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